15:熟練プレイヤー
「虚無」討伐失敗の翌日、隊を結成したムラマサは悩んでいた。
15:熟練プレイヤー
トップランカー。
誰が言い出したか、彼らはそう呼ばれていた。
サーバー内でレベルの高い上位100名のリストを見る事が出来ることから、レベリングを競う人間も昔は多かった。
だが、上限の999レベルに到達した者が一人もおらず、現役トップの人間が15年プレイしても未だに700台。
皆が皆、レベルを競う事に疲れ果て、マイペースなプレイに戻っていった。
現在レベル600越えの彼らにしても、それは単に、重度のハクスラ中毒者であるというだけの事であり、特にレベル上げに熱中していた訳ではない。
単に、費やした時間の長さを表しているだけの事だった。
ランキング一位、レベル892の天使、ZET_HYPERの最終ログインは三年ほど前。
これだけログインが無いとなると、サーバー上のキャラクターセーブデータももう消滅している頃だろう。
他のランカーも似たり寄ったりで、大半のプレイヤーが引退済み。もう殆ど順位が変動する事はない。
ランキング四位のMURAMASAMUNEが、実質上の一位と言っていい。
そんな現状だからこそ、そんなゲームだからこそ、彼は今困っていた。
「集まらねぇ……」
ハンドルネーム、ムラマサ。
実質一位のランカーの彼も、以前からこの問題に頭を悩ませていた。が、今回は特に困り果てていた。
8人共闘が絶対条件である150階・第三層ラスボス戦を乗り越えた後は、ソロプレイでもなんとかなるように作られている。
無論、レベルの高さは必要となるのだが、複数同時にスイッチを押す、と言ったような、多人数プレイが必須となるような仕掛けは存在しない。
トレジャーハンティングをしながら、一人でもマイペースにこつこつとレベルを上げ、ジワジワと進める範囲と進む速度を改善していけるのが第四層の醍醐味だった。
八人プレイで200階の大魔王を倒すなら500レベル前後でも何とかなるのだが、ソロでとなると最低700レベルは必要になる。
ムラマサのようにソロで200階のトレハンを回せるような廃人中の廃人は、討伐隊の中でも半分しかいなかった。
つまり、どういう事かと言うと……
討伐隊の募集に、誰も応じないのである。
「くっそ…… 暇人ばっかじゃないって事だよな…… ハァァァァ」
大きなため息が出る。
人生をマジホリで棒に振った自分のような人間がそうそういてたまるか、という話だ。
そもそも土曜の夜に八人そろっただけでも幸運だったのだ。明日は月曜……深夜にゲームしていられる方がおかしい。
と、言うか、行きたい人間の数はいたとして、応じられるだけの戦闘力を持ったプレイヤーがいないのだ。
「言い出しっぺなんだし、偵察くらいはやっとかねぇとな……」
キツネとカベは乗り気だし、今夜は三人での様子見になりそうだ。
何を試すか、何が出来るか、今から考えておかねば……
『やあ、また会ったね』
日曜夜、定時のマジホリ会で、コウヤ達四人は旅商人SOUKO1と再会した。
「ここまで来たのだから、キューブは持ってるね?
それでは今回も、新人諸君に応援の補給物資を授けよう」
そう言うと、倉庫さん(仮名)は地面に合成素材アイテムを四回に分けて設置。
『その素材を使ってクラフトの仕組みを学ぶといい。
じゃあの』
一方的にそれだけ言うと、倉庫さんはお礼を言う暇も与えず、画面からフッと消えてしまった。
『うーん……』
コウヤは、こうして他人からアイテムを受け取る事をよしとしていいものか、と少々悩んでいた。
これもズルではないか、という気持ちがどうして拭えなかった。
『これくらいなら、いいんじゃないか?』
ユウリは妥協を促すように、率先して地面の素材アイテムを拾う。
<磨かれた鉱石(4)>
緑装備を、青装備に変換するために必要な素材だ。
前回同様、玄人にすればゴミ同然だが、この時期のキャラクターにはかなり有り難いという、新人育成にはピッタリの贈り物だった。
キューブを使ったクラフトと違い、カルバーンのスキルでのクラフトでは要求される素材が軽減される。
各自サブキャラとしてカルバーンを作っておけば、素材の節約が可能となる。倉庫に入れたアイテムはキャラを変えてもアカウント毎に共有されているので、他人にトレード仲介を頼んだり、地面に置いて一人受け渡しする必要も無い。
これはwikiの豆知識の項目にも載っている有名な節約技なのだが、実際にそれをしている人間は少ない。
難易度インフェルノをプレイするようになる頃には、素材アイテムは余り気味になるので、ガッツリとマジホリプレイに没頭する人間には節約プレイする必要性が殆ど無いのだ。
NPC相手に店売りして所持金に変換した方が有意義、と言うプレイヤーも多いはずだ。
現状では、旅商人というキャラ自体、店売り資金UPのスキル目当てでしか使われていないのだ。
『本当に、親切心からなんだろうけど……』
『知らない人から物をもらっちゃいけませんって、よく言うよね』
マヤも、ユウイも、どことなく気持ち悪さを感じていた。
ユウイは分かっていないかもしれないが、マヤはちゃんと気付いていた。
熟練プレイヤーにとって、例え倉庫キャラであろうと、アクト3まで来る必要はほぼ無い、という事に。
倉庫キャラであれ、キューブは持っておきたいから、アクト2まで進むのは分かる。
だが、たまたま今日に限って倉庫キャラでもストーリーを攻略したくなった、というのでも無い限り、このアクトには用が無いはずだ。
レベルも28と、先日と変わっていない。28レベルなら普通はもうアクト3をクリアしている頃でもある。
『僕らを探してまでこうしてくれるのだから、善意ですよね 多分』
つまりは、わざわざプレゼントを贈るためにユウリ達を探していたという事だ。
しかも、あの設置の素早さからして、予め人数分に小分けして手荷物枠に用意してあったのだろう。
『あんまりしつこかったり 貴重品押し付けてくるようなら 断るわよ』
『分かった』
コウヤは、モヤモヤした思いが残ってはいたものの、マヤの言葉に同意する。
わざわざ手間を掛けて用意した贈り物が地面に捨てられたままでは、きっと気分を害するに違いない。
親切の押し売りではあるが、今は有り難く受け取っておく事にしよう。
実際、今あるとかなり嬉しい素材なのだから。
『それじゃ、クラフト強化したらボス狩りに行こうぜ!』
気分を切り替えて、出発だ。
とりあえず今日中にアクト3はクリアして、出来れば4の途中まで進めたい。
作者自身、廃人時代を思い出して辛くなるムラマサパートであった…