104:THANK YOU FOR YOUR PLAYING
そして……
104:THANK YOU FOR YOUR PLAYING
二年後。
一冊の本が、ひっそりと出版された。
題名は、「THANK YOU FOR YOUR PLAYING」。
作者の名前は、MAYA。
それは、虚無事件を振り返る回顧録であり、ゲーム業界の闇を抉るルポルタージュでもあった。
今ではオールドゲームと言っても差し支えない「オンラインゲーム黎明期」を鮮明に描いた本作を書いた当人が女子高生であるというのも驚きで、大ヒットこそしなかったものの、かなりの部数が出て、漫画家、ドラマ化も予定されている。
作者の意図に反し、恋愛要素がマシマシにされた漫画化にマヤは怒り狂って抗議したが、読者には好評らしく、アニメ化まで控えているらしい。
虚無事件がそうやって小さいながら一つのブームを生み出している最中、ある小さなインディーズゲームメーカーが産声を上げた。
かつて買収されたものの、中国の大不況によって手放された北米の小規模チーム「Ruin Games」が復活すると言うのだ。
旗揚げの開発タイトルは……
「マジカルホーリーストレングスⅡ」
サイバラ、キタガミ、山田マン……改め、ミホロ。
この三名も開発チームに加わっていた。
無理をしない地道な開発で、旧作の良い所を再現しつつ、近年のハクスラの良い部分も盛り込む。
堅実な作りに、マニアの期待もそこそこ高いようだ。
「このゲームを、我が友カノザキに捧ぐ」
制作発表第一報の紹介動画の最後に、小さく加えられたその一文は、あまり話題にはならなかったが、彼らはこの晴れの日に、大きな花束を持って墓参りに訪れていた。
感謝の言葉を何度も何度も繰り返しながら、誇らしさを胸に、カノザキの墓前で泣いていた。
新しい道を行く者がいる一方、変わらない者達もいる。
ムラマサは、相変わらずのマジホリRSプレイヤーである。
もうしばらくすれば、マジホリ歴も20年の大台に乗る。
ブッチー、マジメイジ達も相変わらずで、新たに加えられた「育てられる装備」に熱中していた。
管理者がいなくなった後、誰がRSを管理・運営しているのかと言うと……
暇を持て余しているキツネと、彼女の若い弟子達だった。
クラガは結局、母親と和解する事もなく、殆ど一人暮らしに近い状況を続けていたが、キツネが足繁く通ってくるようになってからは、次第に子供らしい明るさを取り戻していった。
そして、父親が他人を騙して合法的にせしめた莫大な資産の一部を、マジホリのために使いたいと言い出した。
ならば、と、遺産を管理する代理人や、カノザキ家とも相談した上で、キツネが間を取り持ってサーバーの復活を実現させた。
サーバーの管理はキツネ自身が受け持ち、クラガを含む数名の廃人プレイヤー達がゲームバランスの調整を担当。
肝心のシステム開発は…… 殆どユウリ一人が受け持っていた。
山田マン、サイバラ、キタガミ、そして自らの父親と、数多くの師匠に恵まれ、ユウリは驚くべき速度で知識と技術を身に着けていった。
いずれは自身のIT企業を継がせようと考えていた父親も、ユウリには別の道があるのではないかと悩み始めてもいた。
一方で、私生活の方は随分とだらしなくなった。
コンピューター関係に留まらず、様々な勉学に励んだ後、余暇は毎日部屋にこもってゲーム開発に没頭。
これでは女子からも見放されるというものだ。
当初は何かとちょっかいを出していたハナミにも飽きられ、男子生徒の友人もあまり多くはないようだ。
それでも、彼は実に幸せそうだ。
マヤと二人で入念な打ち合わせをした本もヒットして、実に満ち足りた日々を過ごしている。
例えそれが、未だに恋愛らしい関係になっていなかったとしても、ユウリは今、人生最高の日々を過ごしているのかもしれない。
コウヤは、モテる。
元気で可愛い少年だった頃の面影を残したまま、中1になった今、美少年と言っていいレベルに進化してしまっていた。
中身は残念な普通の子供のままだと言うのに。
例の本のリアル主人公として再び注目を浴びているコウヤは、ちょっとしたアイドルのような存在だった。
相変わらず誰にでも声を掛ける性格が災いし、天然ジゴロなどと噂される有様だ。
学校が別々になって距離感は離れてしまったものの、ユウリやカナリとも頻繁に顔を合わせ、友人関係を保っている。
特にカナリはこの状況に危機感を強くしており、マジホリRSの復活にかこつけ、なにかと理由を作って会う機会を増やそうとしていた。
一方、美少女に育ちつつあるユウイの方も、コウヤとの距離が離れてしまっている。
コウヤが中学に進学し、自分はまだ小学生。
これではアタックを掛けようにも、思うようには行かない。
カナリの押しかけに付き合わせるように兄の背中を押し、コウヤと会う機会を作ろうと頑張っていた。
が、しかし、結局頭の中がお子様のままの健全な男子のハートを掴むのは、胃袋からというのが正攻法。
同じクラスにいるソノカがお手製弁当など用意して、何やら最近コウヤといい雰囲気になっているらしい……
ユウイとカナリは、それぞれ歯噛みして次なる作戦を練っているようだ。
そして、彼らはマジホリに集う。
『さて、そろそろ出て来る時間だ』
『準備はいいですか?』
『ヘッ、いつでも来やがれってんだ』
虚無、出現。
一ヶ月に一度、最大ダメージチャレンジのイベントとして再現された、「無害な虚無」である。
ムラマサ、カベ、ブッチー、クラガ、コウヤ、ソノカ、ユウイ、カナリの八人がその前に立ち塞がる。
『さあ、今月の目標、118万…… 行こうぜ!』
ハクスラというゲームは厄介だ。
なにせ、エンディングが無いのだから。
四層、200階。
廃人達は飽きもせず、今日も元気に楽しくお宝を掘り続けている。
惰性?
生活習慣?
はたまた、呪い?
まあ、いいじゃないか。
人生なんて、楽しんだ者勝ち。
だから、マヤは心を込めて、本のタイトルを決めたのだ。
「一緒に遊んでくれて、ありがとね!」
<完>