102:冒険は終わった
虚無に最後の一撃が叩き込まれ、そして……
102:冒険は終わった
長く苦しい戦いが終わった。
日本中…… いや、世界中のゲーマーが見守る中、ゲーム史上稀に見る怪異、「虚無」が、遂に完全に消滅した。
総勢2千人近くにもなる協力者達が駆けつけ、思い思いの言葉をロビーチャットに書き込んで行く。
間違いなく、今この瞬間が、ゲームの歴史として残るだろう。
記念碑に刻み込むように、それぞれが、熱い想いを言葉に残し、去って……
去って、行かない。
用の無い者はログインを控えろと言ったのに。
ああ、祭とは厄介なものだ。
あれだけ言ったのに……
ついにマジホリRSのサーバーは、負荷に耐えきれずダウン。
ゲーム史に残る「オチ」であった……
「やれやれ、こっちに残って張り付いていて正解だったな……」
『ありがとう…… ほんっと、助かりましたサイバラさん!』
サイバラはカノザキ宅でその瞬間を待っていた。
虚無を撃破した状態で、即座にバックアップを取るためだ。
幸い、激しく稼働中のサーバーに強引に実行したコピー作業は問題なく完了。
全データを外部コンピューターに保存する事が出来た。
その数分後にサーバーが落ちた。
実際、相当危ない所だったのだ。
サーバーが落ちた後、自動的に再起動が試みられ、恐れていた最悪の事態が発生。
設定変更で停止していたメンテナンス後の起動処理が発生してしまったのだ。
これにより、全プレイヤーのセーブデータがサーバー内のバックアップ領域に保存されるのだが、破損ファイルの影響でこの作業は失敗。
ついに全てのプレイヤーデータ領域が破損ファイルで汚染され、マジホリRSは完全に復旧不能の状態に陥る。
復旧予定の無いまま超長期メンテナンスが告知され、十数年間続いたRSの歴史は、ここで一度途絶える事となった。
『後は、まあ、僕らでゆっくり復旧していけばいいでしょう』
「そうだな。ゆっくり、ゆっくりでいいさ……
もう、疲れた……」
『おつかれさま…… はー……』
バックアップのバックアップを取り終え、問題が無い事を確認し終えると、山田マンとサイバラは画面を挟んで同時に倒れ、そのまま泥のように眠った。
『さて、今日は話題のゲーマー小学校に来ています! 早速話を聞いてみましょう!』
テレビの画面上に、コウヤのクラスが映っている。
校門の前で美人の女性キャスターにマイクを向けられ、ドヤ顔全開のみっともない笑顔でコウヤがVサインを決めている。
「やれやれ、こりゃ当分職場でイジられるな」
「育て方を間違ったかしら……」
「恥ずかしい……」
父、母、姉の冷たい視線が痛い。
「なんだよ! ちょっとくらい目立ってもいいじゃんか!
ヒーローなんだぜ! ヒーロー! 有名人!」
「悪い意味で有名になってもらっちゃ困るのよ」
マヤの声は、容赦なく冷酷だ。
実際、コウヤは今悪い意味で話題の人になりつつあった。
虚無祭が最高潮に達していた時、人々はどうやってマジホリRSに参加していたのか……
かなりの数の人間が、コウヤの家にあったゲームディスクからのコピーを使い、同一のシリアルナンバーを使ってプレイしていたのだ。
当初は「非業の死を遂げたゲーム開発者の遺族のため、力を合わせて頑張る子供達」という美談が話題となり、学校側にも好意的に受け止められていたこの事件も、そんなこんなで風向きが変わり始めていたのだ。
いかにとっくにサービス終了しているゲームとは言え、違法コピーをバラ撒いてプレイヤーを増やしていた、となると……
もちろん、事の始めから何度も確認したように、現在マジホリの権利を持っているバジリオン社はコピー利用を認めてはいるのだが、それにも限度がある。
公式サイトに記されているのは、常識の範囲内、家庭内でのコピー程度なら認める、という内容の文言であり、今回の事は完全にその範囲を逸脱していた。
コウヤが直接コピーを手渡したのは、ユウリ、ユウイ、カナリの三人だけではあるのだが……
カナリからソノカとハナミへ、二人から別の友人へ、と、拡散の起点となり、意図しない規模でコピーが蔓延する結果となってしまっていた。
担任教師と両親との面談まで行われ、違法行為を行う意図が無かった事を説明する羽目にもなり、各方面に随分と迷惑を掛けてしまった。
クラスメイトから英雄扱いされ、有頂天になっていたコウヤには青天の霹靂であり、教師からも「調子に乗るな」とクギを刺される始末。
急転直下で夢から醒めさせられたような状態であった。
「くっそー、テレビまで来てあんだけチヤホヤしといて、なんなんだよ……ったく!」
テレビの収録は、コピーが問題視されるよりも前の事だ。
今になってようやく放送日となり、このドヤ顔ピースも虚しさが倍増する絵面となってしまった。
『このゲーム、サービス終了したんですけどね。
なんと、ファンの手でゲームがまるごと再現され、つい先日まで続いていたと言うんですよ』
『へぇ~ そんな事もあるもんなんですねぇ!』
画面に映るスタジオでは、司会がゲストと会話している。
そう、続いていたのはつい先日まで……
もう、このゲームは……
マジカルホーリーストレングス・ライジングサンは……
終了、してしまったのだ。
「なーんか、やる気出ないんだよなぁ……」
「そんなだらしないコウヤくんじゃ、女の子に嫌われるわよ?」
「ぐっ…… 別に、そんなの、気にしてねーし……」
マヤのからかいがひどく堪える。
マジホリが遊べなくなってからというもの、女子との接点は少なくなり、カナリと会話する事も随分減ってしまった。
土日に集まってプレイする事も無くなり、ユウイと会う機会も少なくなった。
ユウリはと言えば、マジホリの復旧作業で忙しそうにしている上、もうじき六年生になるという事で中学受験の準備も始め、以前のように一緒に遊ぶ時間もなかなか取れないでいた。
「くそーっ!! つまんねぇー!! 早く復旧しろ! マジホリィーーーー!!」
その思いは、コウヤ以上にトップランカー達が激しく募らせていた。
毎日、日課として、習慣として、空気のように摂取し続けていたマジホリ。
それが、突然失われた。
虚無との戦いという、最後の火花を散らし、盛大に燃え尽きた。
後には、燃え尽き症候群を発症した廃人達が、死屍累々。
やり場のない空虚さを抱え、wiki掲示板をさまよっていた。
wikiを更新する事が何も無くなった今、管理人であるマジメイジもまた、そんな虚しい気持ちを抱えている一人だった。
やり場のない気持ちを、思い出を反芻するように動画を見返す事で紛らわせる。
もう何度見たかも分からない、虚無撃破の瞬間。
二度とも、自分は現場に居合わせる事が出来なかった。その無念。
その悲しみの反芻すら、今は愛おしい。
そうして、再生を繰り返すうち、気付く。
消滅の瞬間、虚無の画像にブレのような物が存在する事を
「これは…… 数字、か……?」
「で、彼の持っている圧縮前の動画なら、読み取れるんじゃないかな、と」
「なるほどな…… 確かに、数字に見える」
虚無の姿は、巨大な白い四角に「!」マークが描かれたもの。
これは、ボスモンスターが未鑑定状態の場合や、画像が用意されていない場合にエラーとして表示される、全モンスター共通のシンボルだ。
虚無に画像は存在しないのだから、どのような変化も起きるはずがない。
その虚無が、コウヤに倒される一瞬、真っ白な四角の上に重なるようにして、何か文字のような物を浮かび上がらせていた。
ムラマサが倒した方の虚無では、この現象は確認できていない。
一層の決戦時、虚無の近くに光源が無いため、僅かに虚無の姿が暗くなり、白い文字が判読しやすくなったのかもしれない。
「録画をしていたのは…… ウォリアーのBIG_ATLASか」
ハンドルネーム「大巨人」。
彼と直接連絡を取り、動画の映像が圧縮で劣化する前の画質で確認する必要がある。
が、ムラマサには心当たりの無い名前だった。
キツネなら何か知っているだろうか。
ゲームが動いていない今、プレイヤー名を指定して直接メッセージを送る事も出来ない。
メールアドレスなりと分かればいいのだが……
「と、言う訳で、復旧にはまだ時間が掛かりそうですが、実現の目処は立ちました。
サーバーは新しく僕らで用意するつもりですが……」
「ええ、ええ、ありがとうねぇ…… 本当に、あの子のためにここまで頑張ってくれて……」
山田マンはカノザキの母親に現状の報告をしに訪れていた。
全てが終わり、冥福を祈れる時がやっと来た、と、そういった心の区切りがようやく出来たようだった。
ひとしきり、互いに感謝の言葉を伝えあった後、母親はふと思い出したように話し始める。
「それでねぇ、出来れば、もう一つ解決してもらいたい問題があるんだけれどもねぇ」
申し訳なさそうに切り出した話とは、割とよくある、意外に厄介な話だった。
カノザキの遺品の一つであるノートパソコンが、パスワードが分からないために開けないと言うのだ。
「何か、それらしいメモとか残っていないんですか?」
「あると言えば、あるのだけれど……」
差し出されたメモには、幾つかの単語が並べられていた。
「これねぇ、色々な物のパスワードとか、IDを書いてたみたいなんだけど……
これだけ何か分かっていなくって、あのパソコンのパスワードじゃないかって……」
K:俺はここにいるよ
乱雑に鉛筆で書かれた文字は、そう読める。
Kとは、鍵、KEYの事なのかもしれない。
山田マンは、皆に相談する旨を伝え、その日はそのまま帰る事にした。
キツネから大巨人の連絡先を得て、ムラマサは動画の検証を終えていた。
と、言うか、そういった作業は得意らしく、彼の方から問題の場面の高精細な画像が送られて来た。
文字を読み取りやすいように画像の輝度やコントラストが調整され、ハッキリと読み取れるようになっている。
008552164
だから、山田マンの相談を受けた時、ムラマサは思い至る事が出来た。
008552164
と……
『で、結局パスワードは正解だったの?』
『それが、全然ダメでして。ノートPCのパスワードじゃ無かったんですよ』
数日後、キツネと山田マンはボイスチャットで報告会を行っていた。
『なぁんだ…… そのパソコンに色々秘密が隠されてるかと思って期待してたのになぁ』
『でも、ですね。もっと大きな成果が出ているんですよね……』
『なになに? 勿体ぶってないで教えてちょーだいよね!』
『僕達は、もうずっと9桁の数字に悩まされてたもんで、ピンと来ちゃいまして』
『あっ! もしかして!』
マジホリプレイヤーのセーブデータは、9桁のIDで管理されている。
その、008552164番、そこに鍵は隠されていた。
マジホリRSに施された様々な暗号化処理の解法が、そのファイル内にコメントとしてビッシリと書き込まれていたのだ。
『鍵さえ分かれば、後は自動化処理だって組めますからね』
『ふーん? 山田君に、そこまで出来るワケ?』
『いや、まあ、あの人が戻ってきてくれるって言うんで、早速チャット経由で色々とですね……?』
『だろうと思った。サイバラくんも喜ぶでしょうねぇ』
『何はともあれ、これで一気にRS再開の時期が早まりますよ!
期待しててください!』
虚無を倒してから、二ヶ月後。
暫定版と言う扱いでRSは試験運用を始めた。
「まったく、戻ってるんなら言ってくれればいいのに…… 性格悪いぞ」
「いやぁ、なんだか、一回引きこもった手前、言い出し辛くてね……」
結局、ムラマサは間に合わせ適当に作ったソーサラーでプレイを続け、一層50階の突破を目指していた。
その傍らには、虚無退治にも参戦していたパラディン、ハンドルネーム・大巨人。
やけに防御値ばかりを重視し、挑発スキルにポイントも注ぎ込む、そのプレイヤーの正体は……
「やっぱり、硬い壁があるからこそ、快適な狩りが出来るってモンだよな……
戻ってきてくれてありがとな、カベ」
「やめてくれよ…… そういう恥ずかしい事シラフで言うのは」
そんな二人とパーティーを組み、同行しているネクロとアサシン。
マヤとキツネの二人は、ボイスチャットの会話を共に聞き、同時に心の中で呟く。
(尊い……)
それから、更に数週間が過ぎた。
RSは一応の復旧を果たしたものの、あの時の賑わいはもう無い。
「祭」は終わったのだ。
果てしない苦行の道を再び繰り返し、ダンジョンを目指そうという者は、もう殆ど残っていなかった。
戻ったのは、50人にも満たない少人数。
いや、本来ならこれくらいが当たり前。
虚無が出現する前、コウヤ達がやってくる前は、大体がこんな程度だったではないか。
そして、この日彼らが集まったのは、RSの再開のためではなかった。
度重なるデタラメな運用と過剰な負荷が災いし、カノザキの遺したサーバーには限界が来ていた。
ディスクに物理的な問題が発生し、新たなサーバーマシンを用意しない限り、復旧の道は完全に断たれてしまったのだ。
日々予期せぬ強制終了が頻発し、ゲームを続けるのも難しい状態。
カノザキの両親は、これを期に全てを終わらせたいと考えていた。
二人は、自分達の思い出のために、若者達がこれ以上苦しめられるのは見ていて忍びないと、そう思っていた。
だから、ここで、終わる。
皆が安らいで、マジホリRSから巣立って行けるようにと……
『これで、本当に全部終わっちゃうんですか?』
コウヤは、暗い声で尋ねる。
せっかく、カナリの君主、ソノカの吸血鬼、ハナミの修行僧も揃って復旧されたと言うのに、ムラマサやキツネ達、トップランカーのキャラクター達も全て復旧が終わったと言うのに……
ようやく、これから、みんなで楽しくやっていけると思っていたのに……
『終わらせませんよ、僕がね』
力強く、ユウリが呟く。
『もう、僕も中学受験に備えなきゃいけないけれど……
それでも、絶対、いつか…… 僕が蘇らせてみせます』
『頼もしいな、相棒』
『ええ。虚無を倒した英雄に負けないよう、僕も救世主を目指してみせます。
それに……』
『それに?』
『僕らが中学生になって、離れ離れになったとしても、マジホリがあれば、君とユウイが……』
そこで、ユウリは一度言葉を切る。
いや、違う、そうじゃない。
自分がユウイとコウヤをくっつけたがっていたのは、離れ離れになって友情が途絶える事を恐れていたからではないか?
幸せな時間が、進学という転機を越えてもずっと続いて行くという、確かな保証が欲しかっただけではないか?
妹の彼氏がコウヤならいつだって会えるだろうし、マヤさんに会いに行く口実だって出来る。
そんな風に、妹を都合よく使おうとしていただけではないのか……?
『離れ離れになっても、僕たちが一緒に遊べる場所だから。
僕は、守りたいんだ』
『ああ、頼んだぜ。
でも、無理すんなよ。最近お前、滅茶苦茶疲れてるだろ』
『ですね……
とりあえずは、もっと先の事と思ってもらって、気長に待ってもらわないと、ですね……』
そう言って、二人は笑いあった。
そんなボイスチャットも、当然居合わせた面々には筒抜けである。
マヤはその尊さに震えだし、キツネは薄い本の制作を思案し始めるのであった……