101:ラストバトル
そして、決戦当日……
101:ラストバトル
翌朝、学校で何があったのか、どんな授業を受けていたのか、コウヤは全く覚えていない。
コウヤの意識は完全にパラディンの肉体の中に飛ばされており、何もかもが上の空。
ユウリやカナリがフォローして、なんとか場を取り繕う有様だった。
その日は、クラガだけでなく、ウスデとモジヤも欠席していた。
クラスの全員が欠席理由を察していたが、皆、あえてその話題にはあまり触れずにいた。
皆が皆、クラスの問題児、乱暴者のクラガの事を疎ましく思ってはいた。
が、それでも……
今日は、彼の事を信じ、待ち続けていた。
そして、夕方。
コウヤは猛ダッシュで帰宅。
クラスメイト達もそれぞれ自身のPCを起動し、大慌てでマジホリRSのロビーに集合する。
各自、ログイン次第+10ポーションを持ち寄り、ロビーに集合。
管理役のキツネのアサシンに受け渡しに行く。
コウヤはギリギリまでBOTによるレベル上げを繰り返しているため、今はポーションを飲む事が出来ない。
昨夜から、24時間体制で、ランカーの面々が交代しながらポーションの受け取り役を務めていた。
そこに、帰宅したコウヤのパラディンが姿を現す。
『今、何個ですか!』
KOUYA_DXのレベルは、201になっていた。
これで必要なポーション数も幾らか軽減されるが……
『4097個よ。
残り時間的に、ちょっち、ヤバい』
キツネの告げる現実は、かなり厳しい物だった。
コウヤのレベルUP分を加算しても、まだあと500個は必要だった。
『あと、どれくらいあります?』
無論、残り時間の事だ。
『今も、足止め部隊が頑張ってくれてるけど……
そうね…… 一時間から、一時間半、かしら』
『俺、もう少し稼いで来ます!』
『ダメよ。肝心な時にあなたがいない、なんて事は絶対にダメ。
大人しくここで待ってなさい』
そう言って、キツネは4097個のポーションをコウヤに手渡す。
『そろそろ他の七人にも集まってもらって、計算をしたい所ね』
『ユウイもそろそろ来る頃ですよ。
後は、あいつも……』
それから一時間が経ち、114個のポーションが追加で集められた。
ここまで全力で集め続けたプレイヤーも、BOT周回を終え、届け終えている頃合いであり、その数の伸びは絶望的なまでに止まりつつあった。
だが、彼らは諦めていない。
揺るぎなく、勝利を信じている。
『遅いな…… 大丈夫か?』
ムラマサは不安を抑えきれずにいた。
『大丈夫。今のあの子なら』
キツネは、本心からそう答えた。
(変わるってーなら、今しかねぇぞ……)
コウヤは、祈るように目を閉じ、深呼吸をしながら、刻一刻と過ぎる時間に焦れていた。
コウヤも、信じていない訳ではない。
それでも、心のどこかで、あいつの悪い癖が出るのではないかと、疑う気持ちはあった。
あいつを見直したし、ああやって声も掛けた。
仲直りが、出来るかもしれないと思った。
何せ、俺はクラスのみんなを繋ぐ、正義の味方になるんだから。
あいつの心だって、救えるはずだ。
……そう、思っていた。
だが、そんな上辺の考えとは裏腹に、本心では過去の影がどうやっても拭えずにいた。
困ってるヤツは放っておけない「いいやつ」であろうとしてきた自分が、酷く浅ましい、みっともない人間に思えてくる。
本当に、どれだけ深刻に困っていただろうか……
どれだけ助けが必要だった事だろうか……
それなのに、だ。
なんだかんだ言って、自分の中にもまだ、怒りが、憎しみが、色濃く残っている。
それでも、今は、信じて待つ……
それしか無い。
10分が経過。
チャットが騒がしい。
虚無足止め部隊のメンバーが、一人死んだらしい。
残り時間は、もう10分も無い。
さらに、5分が経過。
「炎の精霊」を担当する予定だったドルイドが、自分を入れて出発すべきだと言い始める。
当然、却下だ。エンチャンター抜きでは100万ダメージには絶対に届かない。
さらに数分が過ぎ……
『待たせたな。大物は遅れてやってくるってモンだぜ』
八人目のメンバー、エンチャンターが到着する。
その名は、KURAGA_SUP4。
ウスデとモジヤがクラガを見放した後、一人で全てをこなそうとして作成したサブキャラクターのうち一体だった。
山田マン達がエンチャンター確保のためにセーブデータの復旧を試みた内の一体が、たまたま彼のキャラクターだった。
まさしく偶然。
だが、この天啓はクラガを奮起させるには充分な奇跡だった。
『さーて、ここで一つ残念なお知らせがある。
パラディン、一人抜けな!』
『はぁ?』
『サプライズゲストの登場だぜ!』
もう一名現れたのは、KURAGA_AG1。
エンチャンター同様、サポート用として育成途上にあったクラガのエンジェルである。
『なんか、すみません……』
中身は、結局クラガ宅で別PCを使って手伝う事になったウスデであった。
『天使!? なんで追加職が!?』
『ハッハッハ!! どうよ、俺、持ってる男だろぉ!?』
(まさか、あの時!? この子、確かに凄い強運!)
エンチャンター同様、復旧テストとして無作為に選ばれた凍結キャラの内一体が、これまたクラガのキャラクターだったのだ。
復旧に際して一層に挑む事が出来るレベル帯のキャラクターに的を絞ったとは言え、二体を引き当てる運は、天与のものか、はたまた、多くキャラを作ったが故の必然の結果か。
『パラディンの一番レベル低い子、交代よ!』
『え…… なんで?』
混乱する一同を他所に、キツネはいち早く状況を理解し、判断を下し始める。
パラディンの加護を多重発動させて人数を減らす事で、パーティーに天使の支援スキルを加える事が出来る。
『で、そっちの貴方なら加護スキルの同時展開、出来るわよね?
確か経験者でしょ?』
『ええ、出来ます』
『よーしよしよしよし、これなら…… 行けるかも!』
キツネは大急ぎでシミュレーターに数値を叩き込み、試算する。
『くあぁぁぁぁぁーーーーーー!!!』
奇声と、机を叩く音がボイスチャットをしていた面々の耳朶をつんざく。
キツネは発狂寸前のようだ。
『99万と、7233!!』
ロビーに集まった面々に、動揺が広がる。
ここまで来て、まだ2800足りない……!?
あと+10ポーションを280個。
もう虚無との戦いを先延ばしには出来ない。
この時間で、この数は、もう……
『で、出来る男は持ってるモンだよなぁ!』
クラガ、+10ポーションを床置き。
その数、514個。
『ハァ!?』
『514個ォ!?』
『マジかよ! これ一人で!?』
『ハハハハハ! どうよ! 俺様の実力、甘く見てんじゃねぇよ!』
ゴツッ
その時、ボイスチャットの面々だけは、その音を聴いた。
『いってぇ! テメェ!ウスデ! よくも!!』
『いえ、僕らみんなで集めました。
嘘はいけませんよ、クラガ君』
チャット入力に少し間があったのは、何やら揉めているせいか。
『僕達の分も合わせての500個超え、ですよ』
『まったく反省の色が見えない、困ったヤツだ……』
そこに、さらに2人の人物が現れる。
ユウリのアーチャーと、山田マンのアーチャーだ。
ギリギリまで解析作業を続けていた彼らも、最後の最後のもう一押しとして、僅かながらポーション回収に協力。
それらを一度集めて合算しての514個。それを、クラガに託した。
一度大失敗をやらかしたクラガに、せめてもの罪滅ぼし役を任せようというユウリの心遣いでもあった。
結果はご覧の有様だったが……
『こういうサプライズはやめてくれない? 心臓に悪いわ!』
『すみません、メールを打つ時間も惜しいってくらいギリギリまで粘ったので……
BOTに任せるより手動の方が速いですから……』
『貴方はいいのよ山田君…… 問題はそっち。
なんで計算狂わせるような事してるのよ…… 協力するならするでキッチリできないの?』
『わりーな、俺はクソガキ様なんで』
山田マン達の追加分を省いても、387個。
やはりクラガの努力が一番大きかった。
反省の色が見えないようでいて、面倒を見ていたキツネですら気付かない所で、これだけの努力をしてきた辺り、彼も真剣だったという事だ。
ロビーチャットでも、そんなクラガを称える者、罵る者、双方に分かれているようだ。
そうだ。これで帳消しになりはしない。
彼の贖罪はまだまだこれからだろう。
山田マンもそうして来たように、少しずつ、時間をかけて……
『しかし、ここのロビーも随分人が増えてきたな。大丈夫か? サーバーは』
ルーム2は過疎部屋のはずだが、気が付けば過去に例を見ないほど人が増えている。
ムラマサは、非力なRSのサーバーが耐えきれるのかどうか心配になってきていた。
『安心して。満員になったらログイン自体出来ないようになってるから、鯖落ちしたりはしないわよ』
人数超過を警戒し、この日、何も用の無い人間は極力ログインしないようにとの通達も出している。
ブッチーやマジメイジ達のような生き残りプレイヤーも、今日はサーバーの安定を優先し、動画配信で事態の推移を見守っている。
マヤも、カナリも、ソノカも、ハナミも、モジヤも、サイバラも、スミス、人形姫、大王子、キャバ、ゴリ、みみか、つらぬき丸達も……
それぞれが、思い思いの気持ちを胸に、配信を見守っていた。
「祭」は今、その最高潮の時を迎えている。
想いは溢れ、人々はロビーに集まり始めていた。
『これだけの人間が同時にマジホリにログインした事なんて、今まで無かったんじゃないかな』
山田マンが、感慨深げにロビーMAPを見渡し……そして、眉間に皺を寄せる
『過去に例の無い負荷…… あまり、ゆっくりしてもいられないかもしれないな』
『コウヤ君、そろそろ準備を』
ユウリが作戦開始を促す。
が、コウヤに動きは無い。
どうやらボイスチャット中のようだ。
『コウヤ君、万が一に備えておいてよかったな。
加護の同時発動が加わるが、出来るだろう?』
『はい! 一閃さんのお陰で、練習はバッチリです。
二種類同時くらいなら!』
加護の多重発動には、発動のタイムラグにより、効果が重ならない瞬間が存在する。
5種類もの多重掛けとなると、ベストのタイミングを捉えるのは少々難易度が高いと言わざるを得ないが、2種類だけならほぼ問題は無い。
一閃のアドバイスを受けながら、5重状態でベストタイミングを狙って近接攻撃を命中させる特訓も行っていたため、まずしくじらないという自信がコウヤにも備わっていた。
ボイスチャットを終え、深呼吸し、一度拳を強く握って、改めてマウスを掴む。
『……よし!』
画面上では、クラガの操るエンチャンターが接近して来ていた。
コウヤのパラディンと接触すると、トレード画面が開かれる。
『じゃあ、後は任せたからな、コウヤ』
どうして俺じゃないんだ、という気持ちは、未だに晴れていない。
『ああ。ありがとう』
心の底からの感謝の気持ちは、まだ持てない。
それでも……
それでも……
ロビーで、動画配信で、多くの人々が見守る中、コウヤに514個のポーションが受け渡される。
一気に飲み干し、コウヤは号令を掛ける。
『出発だ!!』
後は、語るまでもない。
8人は、それぞれがやるべき事を間違いなく実行し、予定通りの行動を行った。
5種の加護が色とりどりのオーラを放ち、雄叫びと精霊、そして「瞬間強化」が加わり、コウヤは虚無に向かって前進を開始する。
虚無を左クリックしたまま、指は押しっぱなし。
この距離なら、加護の切れ目は発生しない。
そして、近接攻撃の距離に届いた瞬間、「神罰の一閃」が発動し……