01:マジカルホーリーストレングス
小学生コウヤは、父に勧められた古いPCゲームに次第にハマッていく
01:マジカルホーリーストレングス
「マジホリ?」
「あー、やっぱ知らないか、マジホリ」
今、コウヤ少年には小遣いが無かった。全く、スッカラカンだった。
こういう時は仕方ない。以前はかなりのゲーマーだったという父のコレクションが何よりの頼りだ。
ゲームの好みがかなり違っているので、父のオススメはアテにならなかったが、じっくりと末永くやり込めるRPGは無いかと尋ねて、返ってきた答えは、やはり聞いたことも無いタイトルだった。
「マジカルホーリーストレングス。ハクスラだよ。
パソコン用のオンラインRPGで、当時は一生遊べるって、世界中で大人気だったんだぞ」
「でも聞いた事ないよ……」
「あー、うん。シリーズ化されなかったパソコンゲームだからね……
今は知られて無くても仕方ないか。
ほら、パッケージ裏を見れば大体ジャンルは分かるだろ?」
(大きい……)
父から手渡されたゲームのパッケージはヤケに大きく、その割にかなり軽い。中身はスカスカなのではないか、と胡散臭さを感じる。
パッケージ裏のゲーム画面の写真を見ると、見下ろし型のアクションRPGのように見える。
ハクスラ…… ハック(切り刻み)&スラッシュ(叩き切る)。探検とモンスター退治を繰り返し、ランダムに出てくる戦利品によってジワジワとキャラを強化していくジャンルだ。
確かに、最近流行りのタイプともよく似ているし、グラフィックは古臭くても、すぐに馴染めそうな感じはする。
パッケージを表に返してみると、アメリカ製らしい濃いイラストで、おどろおどろしい不気味なモンスターの前に立つムキムキの戦士や全身ローブに身を包んだ魔法使いが描かれているのだが、キャラクターは背中しか見えないし、モンスターも不気味なだけでかっこよくないし、とても人気が出そうには見えなかった。
第一印象は、ただ、古臭い、と、その一言に尽きた。
「まあ、いっか…… やり方教えてよ」
「ええっと、確か、今ならノートやタブレットでも遊べたはずだよな……
まあ、それは後にして、まずはパソコンからいこうか」
父は、物置部屋の隅に設置された、色あせた古いパソコンの所にやってきて、電源を入れた。
コウヤも、このパソコンが動いている所を見るのは初めてで、そもそもこれが今も動くのだという事すらも知らなかった。
「へぇ……」
画面の解像度は低いようだが、意外と起動は速いし、画面構成も大して今のパソコンと変わっていない。
父は、ゲームアイコンをダブルクリックし、既にインストール済みのこのゲーム、マジカルホーリーストレングスを立ち上げる。
と、驚くほど速くタイトル画面に切り替わる。大体この手のゲームは長めの読み込みから入って、企業ロゴが何回か出て、カチカチと画面をスキップしてようやく始められるのが当たり前だと思っていたから、ここは好印象を受けるポイントだった。
「読み込み速いじゃん」
「父さん自分で色々設定変えてるからね。こういうゲームは結構好きに変更できるんだよ」
「チートとか違法改造とかじゃないの?それ?」
「メーカーも認めてて、プレイヤーの作った改造データを公式が後で採用したりする事もこの頃は結構あったんだよ」
「へぇ~~」
古き良き時代ってヤツか、と父の好きそうな話に相槌を打ちながら画面を見る。これは、キャラクター選択画面のようだ。
お前はモンスターか、と驚くようなゴテゴテした鎧の戦士と、半透明のローブを身にまとったきわどい衣装の女魔法使い、ピッチリしたレザースーツを着た女アーチャーが画面上に並んでいる。画面端には左右に矢印が出ているので、他にもキャラクターはいるようだった。
いかにも父が好きそうだなと、そのスレンダーでかっこよさげな女キャラを見て思ったりもした。
「まずは、ウォリアーから行くか」
ゴテゴテ戦士を選択。
レベル218と表示されている。相当やりこんでいたらしい。
「この墓場みたいな町がスタート地点だ。魔王に滅ぼされた勇者の故郷で、現在復興中って設定になってる」
拠点がボロボロってのも珍しいな、と思いつつ、父の説明を聞く。
「この門から、全MAPに飛んで行ける」
画面に、かなり長い行き先リストが現れる。
小さく細かい文字が三列に渡ってズラリと並び、MAPの多さが伺い知れる。
「この最初の一列だけが公式で、後はユーザーが作ったオリジナルMAPだよ。
えーと、そうだな、まずはこの辺りを見てみようか」
父が選んだ、なんたらかんたらの遺跡、というMAP名は速すぎてよく見えなかったが、赤い文字で目立つように記された、難易度:インフェルノの文字だけはよく見えた。
「余計な物語解説とかはあんまりなくて、基本的には戦ってお宝を拾って、チマチマ自分を強化したり、いい装備が出るまで狩りを続けたりするゲームだ」
「普通じゃん」
「まあな。今では普通になったけど、この頃はまだこういうのはほぼ無かった。ギアブロか、マジホリか、ってくらいでさ」
ギアブロ3っていうのは、どこかで聞いた覚えがある。
確か、マニア向けの大作RPGだった気がする。
「で、この戦闘がね、実にイイんだよ」
薄暗い遺跡を進んでいくと、暗がりの中に一際明るい広場が現れる。
いかにも敵が来そうなその場所に進むと、周囲の穴からワラワラと武装したゴブリンっぽいモンスターが現れる。
「はい、はい、はいっと!」
『ウォォォアァァァァアア!!』
父は、カチ、カチ、カチ、と三回スキルを使う。画面上の戦士が雄叫びを上げながら突進し、体当たりした所で両腕を大きく左右に突き出す。
と、突進で弾き飛ばされたモンスターは壁にぶつかってMAP上の奈落の底へと落ちていったり、砕け散ったり、様々なモーションで蹴散らされていく。
突進後にドスンと足を踏み鳴らして左右に突き出す攻撃が一際派手で、衝撃波と共にザコモンスターが円形に吹き飛んでいく。
「へーっ 無双系かー」
「この頃はまだ無双シリーズも出てないぞ」
父は自分が作ったゲームでもないのに自慢げにニヤつきながら、モンスターを蹴散らし続ける。
画面上では次々とモンスターの群れ……武装したゴブリン系の軍隊らしい……が隊列を組んで現れ、前衛と後衛に分かれて攻撃を仕掛けてくる。
「まずは敵の魔法に耐えて」
戦士が盾を構えると、敵の魔法攻撃が打ち消され、ダメージは一桁となる。
「反撃、と」
突進でザコが弾け飛び、奥まで進んだ所で衝撃波が炸裂。敵の魔法兵と弓兵がバラバラに吹き飛び、父の戦士はそれらを個別に撃破していく。
体力は殆ど減る事なく敵を全滅させたが、スキルを使うゲージの方はほぼゼロになってしまっていた。
「まだ最初の戦いなのに、青いゲージ使い切っちゃっていいの?」
「回復薬も沢山出るから心配はいらないが…… まあ見てなって」
「あー」
戦士が歩いていると、自動的にジワジワと青いゲージが回復していく。
青のポーションのアイコンには98と数字が付いていて、そう簡単に回復薬のストックが尽きる心配が無い事も表していた。
体力の方もほんの僅かずつ回復しているので、時間経過で回復する要素があるらしい。
「昔のゲームにしちゃ、快適なんだ」
「そうそう。まあ、二番煎じではあるけど、こういうのもこの頃はまだ珍しかったね」
父の勧める古いゲームは、大体シビアすぎるものが大半で、面倒くさくてやっていられなくなるのが殆どだったが、これなら割と楽しめそうだ。
「まず、このパソコンで1キャラ作って、ストーリーをクリアしてみるといいよ。
本格的な事はそこからでいい」
そこまでやり込むかどうか決めてもいないのに、まずクリアが前提なのか、と辟易しながらも、末永くプレイできるゲームを希望したのは自分の方ではあったし、コウヤはその言葉に従う事にした。
「それじゃあ……」
コウヤは聖騎士を選び、ステータスを筋力メインに、体力と敏捷性にも割り振り、KO-YAと名付けてゲームを開始した。
と、父親の時と同じ廃墟の町のスタート地点にキャラクターが出現し、村人から話しかけられる。
ゴブリンの襲撃を受け、町に結界を張るための魔法石が奪われたらしい。このままではモンスターが入ってきて滅びるから、敵の拠点から取り戻してきてほしい、と言う。
王道の展開にコウヤは満足しながらゲームを開始する。
のだが……
「なあ父ちゃん」
「ん?」
「これ、どうやって動かすの?」
「あーーーーーーー、そこからかぁ~~~~~」
そう。普通の小学生は、マウスでPCゲームを遊ばない。
ポイントクリックで移動するゲームは、コウヤにとって初めてだったのだ。
キャラクターの移動はキーボードで行うものと思っていたようで、キーボードのあちこちを押して回っている。
「移動はマウス、スキルは数字キーだけど…… よし、キーコンフィグしながら説明しようか」
「えぇーーー またそういう変な操作のヤツ? めんどくせぇ……」
「慣れれば快適だって! ダークエでもタッチペン移動のヤツあっただろ?」
「それ誰もペンで移動してなかったじゃん! 次回作でレバー操作だけに戻ったじゃん!」
何だかんだ言いながらも、物置部屋で父と子はパソコンゲームに興じ、夜遅く、母に叱られる時間になるまでコウヤはマジホリをプレイし続けたのであった。
本編スタートは6話辺りから……
あまりサクサク読めるタイプではないかもしれません。
しばらくの間、本作が「どういう作風なのか」というパートについて来て頂ければ、と思います。
また、本作には元ネタとなるゲームが存在しています。その辺りを楽しめる人向けかもしれません。
全く知らない人でも楽しめるよう、描写がクドくなっている部分もあるかと思いますが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。