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第7話 前途多難でも前進してます

 びっくりして降ろした手からは、すぐに火の玉は消えていた。

 そして声を上げていたギルバードさんも、そしてめんどくさそうにしていたランディさんも私を見ていた。


「……なんか、できました」


 できないと言ったそばからできたことに私自身も驚いている。いや、だってこんなので火の玉が出てくるなんて思わないじゃない!!


「なんだ、その詠唱は」

「いや、詠唱っていうか英語っていうかカタカナ英語なんですけど」


 とはいえ、文字が違っていても読めたりしている関係上、私が喋っているのがランディさんたちにも英語として聞こえているのかわからないんだけど!! 現に普通に喋っている言葉は聞こえていても、さっきランディさんが呟いていた言葉は私にも聞き取れなかったし!


「少なくともこれでただのメシ売りっていうのは消えたな」


 地を這うような声を出すランディさんとは対照的に、ギルバードさんは意識的に場の空気を軽くしようとしてくれているようだった。ありがとうギルバードさん、そうじゃないと私もさすがにこれ何言ってもダメなやつだってびびるよ。


「しかし今の様子じゃ本当にマヒルも知らなかったみたいだよな。知ってたとしたらあまりに悪手だ。自分から怪しまれに行く――なんて芸当をうまく使いこなすほど器用にも見えないし、他害できるほどの威力もなかったし」

「たしかに本気でやってたなら頭が残念だといえることだけは同意する」

「ちょっと二人とも、本人の目の前でやめてもらえます? そんなこと」


 何を言うんだと抗議するも信じてもらえるなら何よりだ。

 でも、それがわかってもらえたところで、これからまずはどうすればいいんだろうと考えていると、一つ初めて聞く声が部屋の中に響いた。


「そんなことより、私の昼食はいつ届くんだい?」


 そこに現れた人は上品そうな人だった。

 ギルバートさんもランディさんも決して下品じゃないよ。でも、なんていうか見えないオーラがキラキラしてるの。


「殿下」


へぇ、デンカさんっていうんだ……なんて思ったのはほんの一瞬。

違う、これは敬称だ。


アズトロクロアは王国。

つまり、殿下と呼ばれるのは王族で……。


「ダリウス殿下、お昼くらい自室で待っててくださいよ」

「いや、待ってたんだけど、遅いから様子を見にきたんだよ」

「ちょっと待ってください、なんで殿下がお弁当を食べてるんです!? コスパ重視だけど口に合ってるんですか……!?」


 専属の料理人もいるだろう!

 言っときますけど私の料理ってあくまで家庭料理の範疇ですからね!


「殿下は突然出かけたりするから昼食は作らないよう指示されてる」

「へー……って、それで納得していいの……かな……」


 だって七百円だよ七百円。いや、七百ジィタか。

 いや、庶民派って思えば親近感も湧く……かも?

 いやいやいや、そういうもので納得していいの……??


 というか、それ以前に……今の会話って全部外にだだもれしてたの!?

 悪い人もいるかもしれないっていってたけど、大丈夫なんだろうか……?


「大丈夫だよ。ここ、そもそもキーを解除できる人間しか入れないから。きみもギルバードが一緒じゃなければここにはこれていないからね」

「え!? 口に出てました?」

「口には出てないけど顔には出てたよ。ランディとは対照的で、わかりやすいね。人の表情を見抜くのは得意だけど、それがなくてもわかるかも」


 特に言われたことはなかったが、気を付けよう。

 だけどこのダリウス殿下、私とは対照的なほど表情がわからないな。

 にこにことしているだけで、なんていうか、品がいいけど得体がわからないというか。


「まあ、私のことはさておき。こっそり見てたんだけど……要約するとこの子は何者かの悪巧みに巻きこまれて呼ばれたかもしれない異世界の子。でも相手の正体はわからないし、元の世界に帰る方法もまだわからない……ってことだよね」

「そうですね」

「じゃあ、しばらくは護衛と共に生活したらどうかな? 護衛はランディに任せようかな」

「「はっ!?」」


 私とランディさんの声は揃った。

 私はそもそも護衛をつけてもらうとか全然今まで通りじゃないし、ランディさんが暇そうになんて全然見えない。

 でも、ダリウス殿下はにこにこと笑みを浮かべてらっしゃる。


「まぁ、二人の言いたいことはわかるよ。でも本当によくない考えの者が拐いにきたら、マヒルは抵抗する手段をもたないでしょ」

「そ、そうですが」

「きみ自体は悪い子じゃなくても、わざわざ召喚なんてものをやらかすくらいの相手なら、無理やり言うこときかすくらいわけないよね。私も君が異世界から来たなんて一見しただけではわからないけど、召喚なんて実現したならランディと同じか、それに近い実力者だ」


 『それ以上』という言葉がないってことは、ダリウス殿下はそれだけランディさんの実力を信頼してらっしゃるのだろう。

 でも、ランディさんはそれでも不服そうなお顔をなさっているけど……いや、これは『暇じゃない』っていってるだけか。どう見てもこの本の積み具合をみていたら、暇じゃないよね。それはダリウス殿下もご存じ……だと思うんだけど。


「ランディは今、城内の防御結界の新術を研究していたけど……いまでも大概、なにがどうなってるのか魔術師でもなかなか理解できていないから、しばらく保留でもいいよ。それよりも、本当にこの子が未知の詠唱で魔術を発動させているなら、それを調べたほうがいい。我が国の利益になることがわかるかもしれないし、相手の目的もわかるかもしれない」

「……わかりました」


 字面とは裏腹に、言葉はものすごく不本意だと言っていた。

 ダリウス殿下はそれを聞き、満足そうに頷いていらっしゃったが私としては申し訳ない。お手間をお掛けいたします。


「とりあえず、相手がマヒルを目的とするなら、今もマヒルを探しているかもしれない。もっとも、失敗だと思って別人を召喚しようとするかもしれないけど……手がかりがないからやれることからやるしかない。現にオベントウを売る少女の噂は私のところまで届いたのだから、召喚した者も珍しい話を確認しにくるかもしれない」

「はい」

「だから、今まで通りとりあえずオベントウの販売は継続してね。風変わりな食事販売はやっぱり耳に入るかもしれないし、なによりそれで街中にいても不自然じゃないし。悪いけど餌になってもらうよ」

「はい」

「軟禁して保護というのも選択肢なんだけど、それだと相手をひっぱることができないしね」


 さらっと怖い言葉が耳に入ったけど、その選択肢を選ばれなくてよかったと本気で思った。もっとも、今の私の状態も餌だけど……私だって帰るための手がかりを探さなければいけないのだ。むしろ一番気の毒なのはランディさんだ。……せめて、あまり邪魔をしないように注意をしないとだ。


「じゃあランディ、あとは任せるよ。どうしても手が離せないならギルバードを使ってもいいが、一人では外出をさせないように。家もランディの家に越したほうがいいだろう」

「え、あの、家!?」


 護衛がつくということや、それが殿下直々のご指示であることを考えればそれも不思議ではないかもしれない。でも、そこまで迷惑をかけるのもと思ってしまっていると、ギルバードさんは納得していた。


「ああ、ちょうどいいな。ランディはどうせ家に帰らないからどう使っても構わないだろうし、ここの防衛魔術実験で他人が家に侵入することはほぼ不可能だ。転送陣を張ってるからここからも一瞬で行き来できるし」

「え!? 一瞬って……瞬間移動ですか!?」

「ああ。ほんと信じられない魔術を使うよな」


 うん、本当に信じられない。

 信じられないんだけど――それって、元いた場所と違う場所に出るっていうことなら、召喚術もやっぱりあるんだって思ってしまう。


「まあ、不都合があれば随時考えよう。とりあえず私はオベントウを持って退散するとするよ。また、進展がないか聞きに来るね」

「……早急に片づけます」

「あはは、頼もしいよ」


 満足そうに部屋を後にした殿下とは対照的に、ランディさんの眉間の皺はより深く刻まれ、私は強く睨まれた。


「荷物」

「はい?」

「身の回りの物を纏めに行く。すぐに纏めろ。長時間は待たない」

「あ、はい!」


 そういわれて、すぐに立ち上がるランディさんに私は急いで一礼した。

 いやいやながらも、さっそく行動してくれているランディさんに極力ご迷惑をおかけしてはいけない。そう思うんだけど――でも、身の回りのものだけだと、困るんだよね。


「あの、ランディさん」

「なんだ」

「その……実は荷物以外に明日の食材も必要でして……」


 こんな時に申し出ることじゃないのはわかっているけど、お弁当作りの継続はダリウス殿下の命でもある。そもそも今の住まいに置いてる瓶詰の作り置きの品も、そこそこ量はあるんだけど……。

 すると間を置かずランディさんはギルバードさんを見た。


「お前、暇だな」

「なんで断定なんだよ。手伝うけどさ」

「重ね重ね、申し訳ありません」

「いや、マヒルは巻きこまれただけだろう」


 確かにそうだけど、逆に巻きこんだほうでもある。

 だけどギルバードさんに気にした様子はなかった。


「それに手伝わないと俺の明日の昼飯もなくなるからな。ランディもそのことまで考えたらめんどくさがるなんて普通できないだ……って、痛っ」

「ああ、手が滑った」

「嘘だろ、本がこんな滑り方するかっての!! だいたい振りかぶっておいて……!!」


 叫ぶギルバードさんに対してランディさんはむすっとしたまま謝罪をすることはなかった。やかましいなぁ、って顔に出ている。そしてそれはいつものことなのか、ギルバードさんは溜息をついた。


「まぁ、行くか」

「よろしくお願いします」


 前途多難なスタートな気もするけど、とりあえずなるようになるだろうと思えるのは、この二人に緊張感が見られなかったからかもしれない。張りつめるような内容だった気がするんだけど、それならやっぱり安心だ。





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