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第70話 かつての勇者の一つの願い(下)

「マヒル、その『声』はなんと言っているんだい?」

「クロード・アズトロクロアもしくはローラン・ラズガルベールだと名乗ってらっしゃいます」


 ローランの名前が出てきたのにも動揺したけれど、アズトロクロアの名前が出てきたのにも驚かされた。それはダリウス殿下にもランディさんにも言えることであったらしい。


「ランディ、結界を張ってくれるかい? もともと霊廟にも張られているけど、念のため」

「はい」

「呼んで、構わないのですか」


 呼べるものであるなら呼びたくはある。

 けれど念のために尋ねると、ダリウス殿下は優しく笑った。


「少々危ない賭けであることは理解しているよ。けれど、このまま放置することもできないでしょう。特にマヒルがなにか謀ることもないだろうし……なにより、本当にクロードを名乗る者であれば、問わなければいけないことがある」


 後半、いつになく厳しい声色になったダリウス殿下に私は少し戸惑ったけれど、許可が出たことを幸いだと思うことにし、深く尋ねることはしないことにした。


「フェニ、できる?」

「ピィ」


 自信満々なフェニの返答を聞き、ランディさんも準備を始めた。

 そしてその準備を行う様子を見ながら、私は少し不安を感じた。


「ランディさん、大丈夫ですか」

「なにがだ」

「ランディさんも本調子ではないですよね」


 まだ魔神の浄化から二日だけだ。

 ランディさんも魔力をかなり消費していた上で私にも魔力を分けてくれたことを考えれば、無茶はできない状況であると思う。しかし、ランディさんは鼻で笑った。


「それはお前もだろう。むしろお前の方がまずい」

「……では、お互い無問題ということで」

「二人とも、ゆっくり休んで……と言いたいところだけれど、これが終わったらにしてもらおうかな。負担をかけて申し訳ない」

「いえ、スイさんのことはむしろ私のためですから、お気になさらないでください」


 ダリウス殿下に瑕疵はないはずなのに、むしろそんな風に思わせて申し訳ない。


「終わったら、どこか旅行にでも行くといいよ。ランディもたまには休暇を取得しないとね」

「本当ですか?」


 旅行に行きたいわけではないけれど、以前ランディさんが倒れたときに、ランディさんが元気になったらおばあさんのお墓参りに行こうと約束をしてた。あの約束をまだ達成していないので、時間がもらえるというならランディさんにも料理をしてもらい、お供えしに行くのもいいだろう。


「……結界は、ひとまず張れました」

「ありがとう。では、フェニ。お願いできるかな」

「お願いね、フェニ」


 フェニは私のほうを向くと、ひときわ高い声を上げた。

 そして、天井に向かって飛び立ち、まばゆい光を撒き散らす。


 それからゆっくりと、再び地面に降り立った。

 そのときのフェニは、すでに幻獣の姿ではなく、人の形をしていた。

 背丈はランディさんと同じくらいで、青年のようだった。


「……私の願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」


 上品な声の青年は穏やかに笑い、そのまま深く頭を垂れた。


「まずはマヒル殿に心より御礼申し上げたい。私どもの千年前の不始末を、あなた方が解決してくれた。そして彼女を救ってくださったこと、深く感謝する」

「……あなたが、先ほどの声の方ですね?」

「私は、クロード・アズトロクロア。古くは、ローラン・ラズガルベールと名乗っておりました。魔神を、過去に封じた者の一人です」


 スイさんのことを知っている人だ。

 そう思った瞬間、しかし私が何かを尋ねるより早く、ダリウス殿下の声が響いた。


「マヒル、すまない。先に私にこの者と話をさせてほしい」

「え? はい、その、どうぞ」


 普段のダリウス殿下は、決して人より自分を優先するように考えるような人ではない。

 だからそう仰るなら相応の理由があると思う。現に、今の声はいつもの穏やかなものではなく、静かでありながらも非常に厳しく、私にも緊張が走った。


「初代アズトロクロア王の名を語る者よ。あなたが本物のアズトロクロア王であると言うのであれば、なぜこのような魔神のことを後世に伝えなかった。ほかにも民に危害が及ぶようなものが残っているのか」


 その堂々とした声を聞いた青年は、一瞬驚いたように目を見開いたものの、やがて穏やかに笑った。


「霊の類いを見ても怯まないところを見ると、我が養子の子孫は随分と肝が座っているようだね」

「あの……霊ということは……すでに、亡くなられているのですよ、ね」

「ああ。付け加えると、私が初代の王になったのは死後の話だ。生前、玉座につくことはなく、養子が即位するときに私を先代として奉ったらしい。確かに革命と言えるものを起こしはしたが、まさか自分が王と呼ばれるとは生前思いもしなかったよ」


 思わず口を挟んでしまった私にそう言うと、青年は再びダリウス殿下のほうを見た。


「私は死後、魂のみになった後はこの場を離れておらず、ここで歴代の王が私たち先代に報告してきたこと以外はほとんどわからない。もっとも、報告せずともその見聞きしたものを察知する力はあるため、口で告げずとも知ることはできる。たとえばマヒル殿が魔神を浄化したのも読み取れる。あなたの名も知っているよ、ダリウス・アズトロクロア」


 そう言った青年は、一瞬厳かな空気を纏った。

 しかし、次の瞬間にはそれは解けていた。


「話は逸れてしまったが、ダリウスの問いに対して私は答えを持ち合わせてはいない。強いて言うなら歴代王はそのような情報を持っていなかった、とだけは言える。この場から離れられない以上、ほかにそのような場所があっても認識する術は持たないよ」

「偽りはありませんね」

「ああ。もっとも、あなたは今、私のことを民を危険に晒した者としか認識していないだろうから、信じるのは難しいかもしれないけれどね」


 言い方によっては嫌味や皮肉にも聞こえかねない言葉を、青年は至極当然であるように言い、むしろ申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「……マヒル、待たせたけれど私の話はこれでいいよ。知らないなら、仕方がない」

「あ、はい」


 ダリウス殿下は納得したと言い切れる様子でもなかった。

 けれど、青年が嘘をついているようにも思わなかったのだろう。私もこの人のことはまだよくわからないけれど、悪い人だとは思わなかった。ついでに言うと、悪い人ならフェニも黙って力を貸さなかっただろう。


「スイさんのことを、聞きに来ました」

「うん。君の記憶と、ランディ殿の記憶。それを見れば、状況はおおよそ理解しているつもりだ。だから、あの子を助ける知識を君に譲渡する。君の力なら、きっとそれで大丈夫だから。あの子がこれからも生きて幸せに最期を迎えられるよう、手伝ってあげて」

「それは、あなた自身ではできないのですか」

「私はもう魂しかない存在だからね。フェニックスの力で姿を現してはいるけれど、触れることもできない、ただの残り香でしかないから」


 そうして青年は寂しそうに笑った。


「でも、せっかくだから一つだけ昔語りを聞いてもらおうか。私は、魔神の封印後、スイが人柱にされたことを止められず、また、その後彼女を解放することに失敗し、自ら命を落とすことになってしまった、何一つ守れなかった者なんだよ」


 青年曰く、スイさんは旧王国時代に聖女としてこの世界に召喚された。そのとき勇者として共に魔神を倒す仲間として目の前の青年……ローランは、存在した。大勢いた王子の中でも側室かつ一番低い身分であった母を持つ彼は記録にも残らない存在で、最悪魔神と共に滅んでも構わないと思われており、本人もそれを受け入れていた。


 しかし異世界から所縁もない世界に呼ばれた少女に惹かれ、彼女の願うことならすべて叶えたいと思ったこと。そして魔神を倒したあと、彼女が願うなら、なんとしてでも元の世界に帰そうと考えていたこと。しかし旧王国の国王により、スイさんが人柱とされたこと――。


「あのとき、私は旅を通して貴族の腐敗を目の当たりにしており、正すことが必要だと感じていた。だから褒美を与えると言われ、そのことに関する話を王とするため、謁見に臨んでいた。だからスイが連れ去られるなんて想像していなかった」

「……」

「当時、封印は完全なものだと信じて疑われなかった。それなのに、スイを人柱として封じられたのは、王が彼女や私を称える一派に恐れをなしたからだった。王は自分より信心を集めるものの出現に恐れをなし、その地位を継承する予定であった者やその周囲も同様だった」


 それは、スイさんからは聞かなかった話だ。


「私は後に封印を解こうとした。が、結果的に力が足りず肉体が滅んでしまった。そしてそれを見ていた仲間は遺跡自体を人の目に晒されないよう、封じることにしたようだ。当時、スイを除いて私より魔力が強い者は存在しなかった。私でも無理だったことを成しえるとは思わなかっただろうし、完全な封印に聖女の人柱という重ねがけまでされた封印が解けるとは思わなかったのだろう。何より、その時でさえ革命が続いていた。未来よりもそのときの戦いで精一杯だったのだろう」

「歴史とは異なることが多くあるんです……よね?」


 詳しい歴史を知るわけではないけれど、ダリウス殿下の様子を見ていたら史実とは異なっていることははっきりわかる。

 青年は静かに頷いた。


「そうだね。でも、多くの民を納得させるためには歴史を創作する必要もあったんじゃないかな。ただ、いずれにしても個人的にはあの王家が滅びたのは幸いだと思っているよ。これに復讐の感情がないとは言わないけれど、少なくとも王が贅の限りを尽くすための政は終わった」


 そうして、吐き出したことを満足したかのように青年は長く息を吐いた。


「話を聞いてもらえるって言うのは、やっぱり楽になれるね。これで心残りも、スイのことだけだ」

「……スイさんが危ないと言うのは」

「スイの身体には永い時を刻んだせいで生命力を宿す力が失われている。だから、衰えた身体能力を癒やす力を使えばいい」

「衰えた身体能力を……癒やす?」


 そんなことができるのだろうか?


 単に疲労回復といっているのとは訳が違う。もちろん疲労回復を促す形であっても驚きはする。だって、ランディさんが倒れたときも自然回復を待っていた。


 でも、そういう意味じゃないと思う。


 衰えを治すということは……たとえば、老衰でも回復させることができると言っているのではないか? この世界に来てから、そんな素振りは誰からも感じたことはない。

 青年は戸惑う私に尋ねる隙すら与えず、説明を続ける。


「この中でそれができる可能性があるのはマヒル殿だよ。大丈夫、知識は私が譲る。何より、君を慕うフェニックスがここにいる。不死鳥の力をもって、身体能力を回復できないとは思えない」

「フェニのこと、随分よくご存知なんですね」

「スイと契約していたからね。幼鳥として生まれ変わったみたいだから力は弱くなっているようだけど、紛うことなき不死鳥の力は維持している」


 そして、青年は跪いた。


「本来あなたとは関係ない世界で、あなたに助力を願うことをお許しください」

「許すもなにも……私だって、スイさんが元気になる方法を聞きにきたんです。教えていただき、ありがとうございます」


 私も両膝をつき、青年と視線を合わせた。


「スイさんとは会わないつもりなんですか?」

「会えないというほうが正解かな。私があなたに知識を授ければ、私ももはやこの場に留まる力を失うだろう。若い姿をしている私も、実際はとんでもない老体だからね」


 どこかダリウス殿下に似た表情で冗談めかしに言っているせいで、本心かどうか判断ができない。ただ、力が残り少ないのは嘘ではないだろう。


「スイさんに伝えたいことはありませんか? 伝言があれば、お伝えします」

「……ないかな」

「本当に?」


 念を押してみると、青年は静かに頷いた。


「幸せになってくれ、とは言わない。幸せにしたかったのは私だから。そして幸せにしたかった、とは言えない。それを言えば、スイは苦しむ。抱かなくてもいい罪悪感を抱かせるような男として記憶に残りたくはないからね」


 だから、何も言わない。

 そう言い切った青年は、まるでけじめをつけようとしているようだった。


「マヒルは優しいね。でも、そこにいる男二人も何も言わないだろう? 私の主張も、間違いではないんだよ」


 間違いではないという言い方は、ずるい。

 本当の気持ちなんて当人にしかわからない。

 でも、それが正しいと言うのならせめて誤魔化すような表情を浮かべないで欲しい。今の青年の表情から読み取ることは不可能だ。こんなところでわかりにくくなんて、なければいいのに。


「それに、死んでから知ったことがある。この世には転生というものがあるようなんだよ」

「本当ですか?」

「ああ。ここからどこかへ行くというのが、わかる。私の肉体は既に滅びているうえ、すでに千年待ったんだ。来世で出会うまで我慢するのも悪くないだろう?」


 相変わらず、その表情は変わりない。

 しかし今度は先ほどとは違い、その言葉が強がりだと感じた。

 ほんの、ほんの僅かに声の調子が違った。


「来世なんて言っていたら同じ時代に生まれられないかもしれないですよ」

「それは私が努力して、何とかするしかないかな?」

「それって頑張ってどうにかなるんですか? ……後悔はなさいませんか?」

「たくさん後悔はしてきたけど、この決断に関してはしない。断言する」


 違和感には気付いたものの、ここまで言い切る青年に向かってこれ以上私に言えることは何もなかった。この精一杯の強がりを支えることでスイさんが救われ、青年が満足するのであれば、私にできることは願いを聞き届けることなのだと思う。


「わかりました」

「ありがとう」


 その感謝の言葉は、間違いなく心からのものだった。

 しかしそれを聞いた私の中では嬉しいという気持ちより悲しいという気持ちが先行する。

 今私が感じている気持ちよりも、自分ではどうしようもない理不尽から逃げることすら叶わなかった人たちのほうが、ずっと辛かっただろう。けれど叶うのであれば、こんなに悲しい感謝を聞くのは、これで最後にしたい。


「……転生があっても、人間にまた生まれるとも、この世界に生まれるとも限らないんですからね」

「最後の最後で意地悪を言うなぁ」


 苦笑とともに重みがない青年の手が私の頭に重ねられた。


「私が持つ魔術の知識は、全部きみにあげる。今の世界の魔術と違ってなかなか面白いものも多いから、役立てて」


 その声とともにこれから受け継ぐ力のことを考え、私は強く願った。


 ならばせめて私の手が届く範囲だけでも、これからは悲しい感謝の声が響くことがないよう、守ってゆきたい、と。

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