第69話 かつての勇者の一つの願い(上)
地下大聖堂の一件から二日後。
私は城の北側にある霊廟を訪ねていた。
私自身の体調は浄化を行った直後よりも重く、あまり良好とは言えない。
けれど、どうしても早めに確かめなければならないことがある。
通常、王族が眠るこの場所には王族や特別な立場の人以外は立ち入ることができない。
そんな場所に今回私が足を踏み入れることができるのは、ダリウス殿下が許可をくださったからだ。
とはいえ、私が一人で立ち入るわけではない。
私の後にはダリウス殿下とランディさんが歩いている。あと、人以外では私の肩にフェニが乗っている。場所が場所だけに動物を連れてくるのはどうかと思ったけれど、フェニは一応幻獣であり、尊ばれる霊鳥であることから、立ち入りは問題ない……と、ダリウス殿下が笑って許可をくださった。
ただ、あくまで『後ろ』なのは、実質『自由に歩いてもいい』ということだ。
私がこの場所を訪ねた理由は、浄化の時に現れたスイさんが口にし、私がランディさんに尋ねた『ローラン』という人物についてのヒントが眠っているかもしれないからだった。
地下で尋ねた時、ランディさんも『ローラン』なる人物については心当たりがないと言った。歴史上の人物で該当する者がいるかもしれないが、興味がないので知らないとも言っていた。
けれど帰還した後、地下大聖堂での報告を求めたいと仰ったダリウス殿下にことの次第をお話した後、ランディさんはダリウス殿下に『ローラン』について尋ねてくださった。
ダリウス殿下は少し考えたあと、私とランディさんに『ローラン』についてお話ししてくださった。
まずローランという名は、少なくとも千年前の一般的な名前ではなかったそうだ。そして同時に、歴史上の特異な人物でローランという人物がいたという記録はない。
『でも……いないという記録もないんだよね。この国の初代国王は、圧政を強いる前王朝から民を救うよう天啓と魔力を神から授かった民であるとされている。だから、例外的かつ前王族に勝るとも劣らない魔力を持つともね。でも、実はその正体は旧王国の独裁政治に反旗を翻した第三王子だという古い物語があるんだ』
そうして殿下は、私に一冊の本を手渡してくださった。
本には『英雄の望み』と書かれている。おそらくこれが、その古典なのだろう。
『物語の中の第三王子の名はローラン。物語の中では彼が初代アズトロクロア国王の名に改めたのは即位後ということになっている。民ではなく王族であれば、より魔力を豊富に持っていた理由がつくのではないかという発想から生まれた話だろうね』
『物語、ですか』
オウム返しのような私の言葉に、ダリウス殿下は頷かれた。
あの場でスイさんが物語の話をするわけがない。そもそも長期間封印されており、かつ目覚めてからは魔神の再封印に努めていたスイさんがこの話を知っていただろうか?
やはり手掛かりはそう簡単には見つからないということか。
でも、それならどうすれば調べられるのかなと私が悩んでいる間にダリウス殿下は私に構うことなく言葉を続けた。
『この話によると第三王子は、過去に自分の命を救ってくれた魔術師の女性と婚約していたそうだ。けれど、王はその女性の力を恐れ、第三王子が不在の間に殺害してしまう。それをきっかけに、第三王子は他にも諸々の悪政を行っていた王を討つため立ち上がったそうだよ』
『……』
『私もこの話が真実であると考えているわけではないけれど、受けている報告と照らし合わせる限り、少し似ている気がするよね。実は、この話は約九百五十年前に成立したとされているんだ』
その言葉に私は肯定も否定もできなかった。
『スイには直接聞かないの?』
『それは……まだ、考えていません』
色々と話をしてくれた彼女があえて口にしていなかった名前は、おそらく共に旅をしていた仲間だ。
同時に、スイさんにとって大事な人であったと思う。
その人がどうなったのか、スイさんが知りたいかどうかはわからない。
けれど、もしも知りたいとスイさんが思ったならば、答えられるように調べておきたい。しかし調べてもわからなければ余計な期待を持たせることになるかもしれないし、そもそも本当に知りたいかどうか私にはわからない。もしかすると、知りたいと思っていないかもしれない。
『……ところで、浄化の報告を初代国王にもしてみるかい?』
『え?』
『霊廟最奥の祭壇には歴代王に関する歴史的資料もある。ローランという名を見たことはないけれど、何かスイに関することはわかるかもしれない』
私は色々と考えている間になされた提案に驚きながらも同意した。
とはいえ、この時『報告』とはお墓参りをする程度で、もしかしたら史跡があるのかな程度にしか考えていなかったものの、実際には大変な立ち入り制限がある場所だと知ったのはこの後だ。
地下大聖堂から戻ったスイさんは目覚めたものの、異様に睡眠時間が長い。
ランディさんは『人柱は魔力と生命力を使って封印を行っているのだから、たとえ活動をしていなくとも千年の間に衰えるものは衰える』と、言っていた。あとは気掛りが解決し、張り詰めていたものが解けたこともあるのかもしれない。『眠っているだけ』であることは間違いないけれど、身体が限界に達している。これが、ランディさんがすべて解決したわけではないと言っていた理由だった。
何とかする方法はないのか、情報をどうやって集めたらいいのだろうか。
そう考えているうちに、私たちは青く優しい光が降り注ぐかのように輝く、とても不思議な回廊を抜け霊廟の最奥まで辿り着いた。
その場所には、大きな祭壇が備わっている。
「ここが最奥なんですね」
「自由に見てまわってくれて構わないよ。ただし、壊さないでね」
殿下は少しおどけてそう言ってくださった。
そしてダリウス殿下自身は壁のほうに近づいていく。そして石碑に近付き手をかざすと、何もない空間に文字が浮かび上がってきた。おそらく魔力を石碑に込められたのだと思う。そしてこれがダリウス殿下の仰っていた、歴代王に関する資料なのだろう。ダリウス殿下はそれを読み、手掛かりを探してくださっているようだった。
こんなことができるのかと驚いたけれど、私も驚いてばかりいないで、何か見つけられるように探さないと。
ダリウス殿下は資料を探してくださっているけれど、ローランという名前は聞いたことがないと仰っていた。だから石碑からその名前を見つけるのは難しいかもしれない。
だったら、私はダリウス殿下があえてご覧にならないような所を探したほうがいいかな。
そう思った私は、まず祭壇に近付いた。
奥にある祭壇は今の場所より階段五段分ほど高い舞台にある。私はそこを一段ずつ登り、祭壇のほうをじっと見た。祭壇には多くの名が記されている。おそらく歴代王の名前なのだろう。
しかし細かく刻まれているせいで、この場所からは離れているためかなり見辛い。
それでも目を細めてそれを見ようとしていたとき、不思議な声が私の耳に届いた。
『よんで、ください』
そんな声が私の耳に届いた気がした。
「……ランディさん、何か仰いました?」
「なにがだ」
「いえ……」
正直に言えばランディさんの声ではないことはわかっていたけれど、それなら誰の声だと言えるのだろうか。
空耳で済むかなと思ったけれど、声は止まらなかった。
『わたしを、おねがい、です』
『じかんが、たりない』
『このままでは、すいが』
『じかんが、ない』
この声にどう対処したらなんて言葉は、『すい』という言葉に吹き飛ばされた。
「……それは、召喚ということですか」
この場にいる人間以外に告げた私の言葉に、ランディさんもダリウス殿下も驚いてこちらを振り返られたようだった。けれど、まだ私にも報告できることはない。
私はそのまま不思議な言葉と話を続けた。
『しょうかん、ちかい。ちがうけど、ちかい。あなたなら、できる。ふぇにっくす、そこに、いる。おねがい、して』
「フェニが……?」
私は肩に留まるフェニのほうを見た。
フェニはいつもと変わらない調子で、この声が聞こえているのかどうかもわからない。
「……さっきから、誰と話をしているんだ」
「わかりません。ただ、必死のお願いと、スイさんに残された時間が少ない、と。それから、フェニがこの声の方を呼ぶことができる、と」
私の本能は、この声の相手は呼ばなければいけないものだと言っている。
けれど得体のしれないものを呼ぶリスクを考えれば、躊躇いもある。
そう、名前すら知らない相手を――。
「……あなたは、誰?」
『わたし、くろーど・あずとろくろあ。ろーらん・らずがるべーるどとも、いう』




