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第6話 異世界の出身なんです。

 紙が壁に突き刺さるなんて出来事が実際に起きるんだなと冷静に思えたり……は、しなかった。ぱらっと壁の一部が落ちたけど、私の冷や汗も一緒に流れた気がする。


「おま、なにやってんだよ」

「それはこっちのセリフだ。その部外者は誰だ」


 最初に聞いたランディさんの声は底冷えするようなものだと思ったけど、いまのものはもっと背筋まで一瞬で凍ってしまうと思うような声だった。

 でも、ランディさんのいうことって正解だよね。

 だってここ、お城で、ランディさんの仕事場だもん。

 一介のお弁当屋さんがむやみに出入りしていい場所ではないとおもう。だって、お城だし。ただ、ギルバードさんが連れてきてくれたから、私は悪くないって思うけど!!


「誰って、それ売ってくれてる子だって」

「そんなことは聞いてない。どこの間者だ」


 かんじゃ。

 その文字を私は一瞬変換することができなかった。

 『かんじゃ』は普段『患者』しか使わないし、でも、それでこれほどの敵意をむき出しにされるなんて思わない。……って、思って、スパイの意味が頭に浮かんだ。

 断じてない!! そんなこと断じてないけど、なんでそう思ったの!?

 でも、私より先にギルバードさんが叫んでくれた。


「アホか! マヒルは弁当を売り終えたら市場にいくか直に帰るかして遊びにも行かない、友人がいる雰囲気でも男っ気もない、なおかつ市場でもマジで食材の話しかしてないやつだぞ! 諜報員としたら情報を得るのが下手すぎるし、そもそも変な職種で変な目立ち方をするなんてありえないだろ。確かに昼飯を売り始める前までの素性はまったくわからないが、それを差っ引いてもあり得ない」


 うん、そうなんだけど!!

 なんでそんなことを細かく知ってるのかな、ギルバードさん!!

 ギルバードさんとはそんな話をしたことはないし、だいたいお弁当を買って帰るギルバードさんがその後の私の様子なんて知るわけもない。


「ギルバードさんって実はストーカーなんですか」


 あり得る可能性を考えてたどり着いたのはその答えなんだけど、その答えを聞いたギルバードさんは得意げだった。


「ほらな?」

「何がほらなんですか」

「俺のことを知ってない。ギルバード・ヴァンスだってのに。たぶん、お前のことも知らないぞ。こんな間抜けな間者、俺ならいらない」


 いらないって、私も間者じゃないし。

 って思ったけど、それより重要なのはギルバードさんがさっき思っていたよりさらに偉い人みたいだということだ。この口ぶり、単なるスピアさんとイクスさんの上司だけじゃない。そしてそのギルバードさんに冷たい視線を投げるランディさんも、偉い人だという可能性も高い。


 ――ということは、魔術師の中でもお偉いさん!!

 私が元の世界に帰れる可能性もまた高くなったのかもしれない……!!


 そう私が考えていたら、ギルバードさんが渋い顔をしていた。

 あれ、なんで?


「マヒル。ここは俺に正体を聞くところじゃないのか?」

「あ、はい。……イクスさんとスピアさんの上司って思ってたんですけど、違うんですか?」

「これでもヴァンス家の次期当主だ」


 うん、反応に困るね。

 たぶん口振りからすれば貴族なんだと思う。でも、貴族っていわれても馴染みがないし「すごーい!」という感想くらいしか出ないからね。馬鹿にしてるんじゃなくて、どれくらいすごいのかよくわからないからね。


「……次期国王の側近っていったほうがわかりやすいのか?」

「え!?」


 想像できる範囲を超えていたギルバードさんの言葉に、私は余計に反応に困った。

 だいぶお偉いさんだった……!! 普通にお弁当を買いにきてたら、側近さんだなんて思えないよね……!!


 でも、そんな驚く私にまたもや冷たい声が突き刺さった。


「とぼけるのも大概にしておけ。ギルバードが何を言おうが、明らかにお前の魔力は異質だ。この世界にあるものか?」


 でも、この言葉には固まれなかった。

 どこの国といえば日本だけど、それよりも……。


「なにいってんだ、ランディ。そもそもこの子に魔力なんて本当にあるのか?」

「節穴が。だからお前は魔術が使えない筋肉馬鹿なんだ」

「魔術が使える奴のほうが少ないっての」


 ギルバードさんとランディさんの会話は右から左に流れてしまう。

 だって、ランディさんって私を間者だって言ったのが、私を異様な存在ととらえたからなのだと気づいてしまえば……異なる世界からやってきたことだって信じてもらえるかもしれないと思ってしまった。


 いや、信じてもらえないって思っても言わなきゃいけない。

 だって、めちゃくちゃ怪しまれてるし敵意を持たれてたら、隠し事をしているほうがこのまま感情を悪化させる恐れがあるもの……!!


 もちろん、頭がおかしいやつだって思われる可能性もある。

 でも、それっていつ言っても思われるかもしれないし、このままランディさんとコンタクトが採れなくなっても困るし……やっぱり今しかない!


「あの……ものすごく……頭がおかしいって思われるかもしれないですけど……私、異世界の出身なんです……!! 今、必死に帰る方法を探してる最中なんですけど……!!」


 言い切った後、部屋は静まり返っていた。


 ……うん、無理もないと思う。

 絶対に言わなきゃいけないって思っても、私が逆の立場なら反応に困る。ギルバードさんに家名を言われたとき以上に反応に困ると思う。

 しばらく沈黙は続いていたけど、やがてギルバードさんが困ったように私に尋ねた。


「帰る方法って、お前はオベントウ売りだろ」

「それは生活費を稼がないと帰る前に飢え死にするから始めたんですよ……!!」

「情報収集もできてないだろ」


 いや、それはしていたんです。

 少なくともスピアさんたちからはしてたんです。

 でもここでそれを言えば、さっきかかった『間者じゃない証拠』と矛盾するかもしれないし、口をつぐんでしまう。ああ、でもこれだとできてなくて言い返せないみたいに見えるかもしれないから悔しいのは悔しいけど!


「とりあえず状況を言ってみ?」

「私は日本という国がある世界で、一般家庭で育っていたんですが、ある日会社から帰ってきたら玄関がいきなり光り出して……気が付いたら王都の中にある森の中にいて。たまたま助けた老夫婦に家出娘と間違われて、寝床を与えてもらって……それで今に至ります」

「……わぉ」


 助け舟を出してくれたギルバードさんも、反応に困っていることだろう。


「それで俺が調べがつかなかったところが埋まっちゃうのが、かなり困ったところだな」

「え」

「異世界から人間がやってくる――ランディ、お前はあり得ると思うか?」


 想定外にあっさり信じてくれたギルバードさんに驚かされつつ、そのままギルバードさんが見たのと同じように私もランディさんを見て知った。ランディさんは非常に苦々しい表情を浮かべている。これは、信じてくれているのか、いないのか……まだ、私にはわからない。

 でも、そもそも――。


「ギルバードさん、何でそんなにあっさり信じてくださるんですか?」

「城下に妙な娘がいるって報告が入ったんだが、まったく身元が不明で、怪しいやつじゃないか調べてた」


 私、最初は不審者扱いされていたのか……!!


「まあ、でもオベントウはこっちの都合にもよかったし、ついでだな。それでランディ、お前はどう思う?」

「あり得るかありえないかと言えば、ありえないとは言えない」

「なんだそれ」

「ないということは証明できない。だが、古文書には召喚魔術が記されているのを知ってはいる」


 淡々と言うランディさんに、私は目を見開いた。


「……っていうことは、そこに帰るためのヒントがあるかもしれないってことですか!?」


 期待はしていたが、やはりそれが人の口から告げられるというのは格段に違っている。

 けれど、ランディさんが告げてくれた事実は喜ばしいだけじゃなかった。


「お前が本当に異界の人間なのかどうかは知らん。だが、召喚はそもそも高名な魔術師のみが行えた術であり、現代で行うものはいない。そもそも、行えない」

「それは、どうしてですか……? あの、もしかして禁止されているから?」

「術そのものを禁止はされていない。だが、術の材料の供物に生きた人間が必要であれば、普通は考えられんだろうな」


 召喚を行うには生きた人間という生贄が必要だという言葉に、目を見開いた。


「ただし召喚したものを送還するのにも供物が必要かどうかはわからない。なにせ、記録が古すぎる」

「あ……そう、ですよね」

「したがって、お前が本当に異世界からやってきた者だと証明することは不可能だ」


 信用されてない……ということは今更なので、落胆することもない。

 というか、改めて考えたら怪しすぎるもの、私……!!


 それでも、ヒントは得られたのだ。

 現段階でランディさんに協力を要請することは少し難しいかもしれないけれど、これから変わることもあるかもしれないし、ほかで何か見つかるかもしれない。


 帰るつもりではあるけれど、早く帰らないと誰かに迷惑がかかるというわけではない。

 なんせ、退職願を出したあとに代休と有給をフル申請してきたばかりだし、両親ともにむしろ異界からの呼び出しに喜んでいたから、心配より土産話を楽しみにしているっていうほうが勝っていそうだったし……。いや、心配をかけていないならいいんだけど、それはそれで複雑なような……。それに私に魔力があるってわかったなら、自分で帰ることも叶うかもしれないし……。


「ただ、放っておくわけにもいかない」

「え?」

「お前のことはどうでもいい。だが、本当に召喚術を行使する者がいたのであれば、何故そのような行動に及んだのか調べる必要がある」

「確かに、生贄に人間が使われている可能性があるって仰っていましたもんね。だったら……」

「それもあるが、そもそも召喚術とはこの世界にない力を得るため、異界と交信したことが起源とされている。要は、この世界にない力が必要になっている奴がいるということだろう」


 ランディさんの言葉にギルバードさんも頷いた。


「……たしかに悪事を企んでとの行いだったなら、面倒だな」

「わからんが、そもそも魔術を使える人間が少ない現状、そういうやつらが城内にもぐりこんでいては面倒だ。だから、本当にそいつが召喚術で呼ばれたなら、召喚主は見つけなければいけない」


 その理屈は私にもわかる。

 わかるのだが――わからないこともある。

 その理論だと、私、この世界の人と違う力があるからこそ呼ばれたんだと思うんだけど――。


「私、ただのお弁当屋さんですけど」


 そう、元OLで現お弁当屋さんが、果たしてそこまでして呼ぶ必要ある人間なのか。

 ただ、私の言葉にランディさんは胡散臭そうな顔をする。


「なんですかその顔!!」

「魔力持ちが何を言ってる。明らかに使えるだろう」

「使えませんっていうか、知らないですし!! 少なくとも元の世界で私にとって魔術は見たことないくらい非現実的なものでしたし!! ここでもまだ見たことないんですけど!」


 だいたい魔力持ちというのもどうやってわかるんだ。前に聞いたことがある適正検査もしていないのに!

 魔術だってまだ見たことな……いや、もしかしてこの部屋に入ってきたときに壁に本が刺さっていたのって魔術の関係なのかな? でも、どっちにしても使い方を知らないことにはかわりがない。


 私がそう言うと、ランディさんは大きくため息をついた。

 机のそばに立てかけてあった杖を手にして、聞き取れないなにかを呟いた。

 その声が止まるのと、ランディさんから光があふれたのが同時だった。

 光はすぐに消えてしまったけれど、それはとても綺麗な光景で、思わず目を奪われてしまった。


「それ、何をしたんですか!?」

「私の魔力を可視化できるようにしただけだ。どう見えているかは人による。私はこういうことをせずとも他者に魔力があるかどうかを見ることくらいはできるがな」

「すっごく素敵な光でした! なんていうか、すごい神聖っていうか……神様みたいで!!」


 もちろん神など見たことはないけど、神々しさとはこういうことを指すのだろうと思ってしまった。ああ、スマホで動画を撮っていればよかったな。でも、そうすればちゃんと光景を目に焼き付けられなかっただろうからなくて正解だな、そもそも電池切れだから撮れないけども!!

 そう興奮しながらいろいろなことを思い浮かべていると、ギルバードさんが大きく笑った。


「ランディが神って……そりゃ、とんでもないことになりそうだな、くくっ」

「締めるぞ」

「だってお前だって似合わねぇって自分で思ってるだろうが」


 笑いを止めないギルバードさんに、ランディさんはまた何かを呟いていた。すると直後、ギルバードさんの頬に強風が吹きつけて、殴ったような感じになった。うわ、痛そう。


「てめっ」

「加減してやっただけ有難く思え」

「思えるはずねぇだろ!!」


 そんなやりとりを見つつ、けれどじゃれ合いのようにも見えるそれに、私も心はなんだかなごんだ。


「なんだか、魔術って不思議な言葉を言うんですね。私の世界だと実際にできる人はみたことないけど、ゲームとかなら『ファイア!』とか言って――」


 魔術を発動させてたんです。

 そう、いったその時。


 ゲームのキャラクターをまねて掲げた私の手に、火の玉が浮いていた。


 え、もしかして……魔術、使えちゃった……?







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