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第68話 千年前の聖女の祈り(6)

「……終わった、な」

「…………そうなんですか?」


 ずいぶん間抜けな返答だった自覚はある。けれど、本当にどうなったのかはわからなかった。


 ただ、寒々とした空気は消えていた。

 そしてそれに気づいた瞬間、足から急に力が抜けた。


「わ」

「おいっ、」


 崩れそうな私を、ランディさんは支えてくれようとした……のだと思う。

 けれど右手で右手首を掴んだまま、左手を腰回りに動かしたものの、バランスを保つには至らなかった。


 私たちは二人そろって尻餅をついた。

 地味に痛かったけれど、支えられているおかげで後方転倒という事態は免れた。


 ただ、背中を預けたというか、胸を借りるというか、いかんせん受け止めてもらっている形ではあるのでランディさんにはそれなりに衝撃になったと思う。


「ごめんなさい」

「べつに」


 ランディさんからは特に大きな反応はなかった。

 よかった、怪我はさせていないみたいだ。


 足にはいまいち力が入らないけど、上体は動くので姿勢を戻した。

 そして、フェニの横でスイさんが倒れているのを見た。私の喉からは声にならない声が出た。


 しかし、ランディさんが落ち着いた声を響かせた。


「心配ない。単に魔力を消耗し過ぎて寝ているだけだ」

「どういうことですか? スイさんの魔力は封じていたはずじゃ……何があったんですか」

「そいつが自分の中にある残り僅かな魔力を抜き取って使えと俺に言ってきた。それでお前の補助をしろと。だから封印を一度外し、魔力を抜き取った」


 支えられていた腕は、そういうことだったのか。


「寝ている、だけなんですよね……?」

「ああ。現状ではな」


 まだスイさんは目を開けないけれど、ランディさんが嘘をつくとは思わないので、それで私は安堵した。


「……これ、終わったんですよね」

「おそらく、跡形がないということはそういうことだろう」

「よかった。ほんとによかったですよね」


 しかし、ランディさんの返事はない。

 何かまだまずいことがあるのかと私は恐る恐る振り返ってみると、予想以上に渋い顔がそこにはあった。


「まだ、何かが残っていますか……?」


 思わず息を飲みながら私はランディさんに尋ねた。


「お前、魔神にどれだけの勢いで魔力を吸われていたかわかっているのか?」


 そのランディさんの問いかけに私は目を瞬かせてから、首をひねった。

 どのくらい魔力を使ったのかどころか、どのくらいの時間が経過したのかもわからない。ただ、言われたことで気がついたのは……


「まったく自覚はなかったですけど……足にくるくらいには、魔力を消耗しているのは理解できました」


 けれど、倒れたわけじゃない。

 だから大丈夫だと主張しようと思ったけれど、今から帰ることを考えれば大丈夫ではない気がする。私も歩けないけれど、スイさんも意識がない。

 ランディさんに二人抱えて帰ってくださいなんてお願いは非常に言い辛い。いや、むしろ自分だけがそうなっていてもお願いし辛い。恥ずかしい。そもそもこの地には転移してきたけれど、帰還も転移できるんだっけ……?


 目を逸らせた私にランディさんは深く溜息をついた。


「本当に自覚がないんだな」

「……どういうことですか」

「お前じゃなければ飲み込まれていたくらい、魔力を吸われている。尋常じゃない量と速さだった。もう少しで中断させるところだった」


 私にはその自覚はなかったけれど、相当心配をかけたのは理解できた。

 魔力不足が原因であるのなら、魔力が減った状態で中断すると再度の挑戦は難しくなる。スイさんが魔力を譲渡するように言ってくれたのも、その関係があったからだろう。

 私自身はどういう状況か認識していなかったけれど、二人には心配をかけ、かつ難しい判断を無意識で委ねてしまっていた。


「ごめんなさい」

「謝ることでもないがな」

「でも、いつもより顔が怖いですよ」


 私の言葉でランディさんの表情は余計に険しくなった気がした。

 私としては『いつも怖い』と言っているわけではないので、決して悪意はないのだが。

 そう思っていると、ランディさんが後ろから私を羽交い絞めにした。


「って、うわ!?」

「とりあえず黙れ」

「いきなり攻撃を仕掛けておいてそれですか!?」


 そう叫んだけれど、身体に回った手から温かいものが流れ込んできた。

 魔力を譲り受けているのだと、私は感じた。


「悪い。俺もこれ以上譲るとお前らを連れ帰れなくなる」


 そう言われたと同時、ランディさんの手は私から離れた。

 そしてランディさんはスイさんを見た。

 スイさんが寝ているという状態も、ランディさんから見て最低限の魔力を残しているのだろう。


「今から帰還のための陣を作る。しばらくそいつを見ていろ」

「あ、はい」


 スイさんは目を瞑って、どこか満足そうに見えた。

 しかし、そのスイさんを見るランディさんの視線は鋭い。まるで大団円であるとは言っていないようだった。


「……そいつの望みは叶っただろうが、万事解決とはいかないようだ」

「どういうことですか」

「帰ったら言う」


 あまり言葉を濁さないランディさんの歯切れの悪い物言いが妙に不安になってしまうものの、後で言うと言われたことから、今は追求しなかった。

 その代わり、忘れないうちに尋ねなければいけないことを聞いた。


「ねぇ、ランディさん。千年位前の有名人にローランという名前の方、いませんか?」


 あの不思議な空間の中でスイさんが口にした名前は、どんな人のことを言っていたのか。

 興味本位とは異なる、絶対に知っておかなければいけないことだと、なぜか私の本能はそう告げていた。

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