第66話 千年前の聖女の祈り(4)
その後、ランディさんはギルバードさん以下四名をスイさんの書いた魔術陣でナーノン家へと転送した。その際にギルバードさんはかなり詳細な地図を手にしていたので、私が思っていた以上にスイさんと綿密な打ち合わせが行われたようだった。ほかにはいつもよりアクセサリー類を多く身に付けていたので、おそらく魔術道具を含む装備も万全の状態で向かったのだと思う。
思った以上の少人数で行動なさるのは場所が室内であるからか、もしくはメアリーの時と同様内密に処理するためか、あるいはその両方か。
でも、そちらに気をとられてばかりはいられない。
私たちもこの間にすべきことを片付けないと。
「魔神のもとへは、この転移の鍵で向かうことができます」
スイさんは首元から長い革紐で結ばれた鉱石を私たちに見せた。
「……鍵式の転移の方法が、昔は主流だったのか?」
「主流というわけではありませんが、私たちの仲間はこれを使っていました。転移先の出口にのみ陣がある形の魔術です。ただ……転移の発動は真昼さんかランディさんにお願いしたいのですが……」
「わかりました、私がやります」
魔力がゼロではなくても、私のイヤリングを身に付けているなら魔力を使うことはできない。
そして私も自分の魔力を使うことに問題はない。
鍵に触れたときの雰囲気だと、転移はいつもの調子でできるような気がした。
「では、手を重ねてください」
陣だと同じところに乗れば済むけれど、鉱石だと所持者と離れたら転移できないからかな。
私はスイさんの手に自分の手を重ね、その上からランディさんの手が重なった。
そして私が魔力を込めた瞬間、私たちは光に包まれていた。
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そうして転移した先は、真っ暗で何も見えない場所だった。
手が触れている感覚は残っているので、スイさんも転移は成功しているはずだ。
「いま、灯りをつけますね」
そう言ってスイさんが手を離したとき、私はふと思った。
「えっと……『ライト』とか……?」
できるかどうかはわからないけれど、お母さんが言っていた『全属性』を信じて言葉を発してみれば、ふわりと目の前にこぶし大の光が現れた。
淡い光なので目が痛いということもなく、適度に辺りを照らしてくれている。
だからランディさんとスイさんの表情もはっきりと見えた。
「……」
「な、なんですかランディさん」
「別に何でもない」
その割にはじっと見られていたような気がするけれど……またよくわからないことをやったなと言うような視線だったのだろうか。
「その光は増やせるか?」
「あ、はい。たぶん」
そして増えるようにと二度同じ言葉を繰り返せば、光の玉は三つになった。
まだ薄暗いけれど、明るさはだいぶ増した。
お陰で周囲もずいぶんよく見えるようになった。
「ここが封印の場所……ですか?」
千年前に封じられたという場所に私は朽ちたイメージを抱いていた。
しかしこの場所は、まったくそのような雰囲気ではなかった。
まず、ここは建築物の内部だ。僅かに青みがかった水晶で造られたかのような柱や床には砂埃など存在せず、長い間人が足を踏み入れなかったようには見えない。まるで、掃除がきちんとなされている場所のようだ。そして足音は響かない。
私たちの足元には転移陣があり、その後ろにはとても細かい細工が施された巨大な扉がある。とにかく幻想的で、不思議な空間だ。
「……このような遺跡があったとはな」
「ここは地下神殿です。ここに至るまでの道は隠し通路を含め幾重にも封印を施していたはずですから、存在を知らない限り不可能でしょう」
そして「こちらです」と歩き始めるスイさんの後に私たちは続いた。
不思議でとても綺麗な空間は続くけれど、不思議と見惚れるということはなかった。むしろ、進むごとに背筋に何か良くないものが走る気さえする。
この先にいるものを考えれば当然なのかもしれないが、知らなくてもよくないものがこの先にいると本能的に気付くような感覚だ。
「この神殿は魔神を封じた後に建立したのか?」
「はい。魔神の封印をより強固にするため、当時の宮廷魔術師を総動員させて建立されました。その最後の要が私となったわけなのですが」
ほとんど音がない空間で、ランディさんの声はよく響いた。
そして後ろを振り向くことも足を止めることもせず、返事をするスイさんの声も同様だ。
「……今もまだ、少し不思議な気持ちです。本当は打つ手がないと、心のどこかで諦めていました」
「まだどうにかなったわけでもないがな」
「でも、どうにかしてくださるおつもりでしょう?」
「お前もどうにかなると思ったから、俺たちを連れてきたんだろう。もっとも、たとえ今すぐどうこうできなくともどうにかするがな」
初対面でも愛想がなく淡々としているランディさんの返事に、スイさんは笑った。
「ランディさんも、真昼さんと同じく頼もしいですね」
「……」
「ちょっとランディさん、その表情はなんですか」
スイさんに頼もしいと思ってもらっていることに少しくすぐったさを感じる――なんて、言っている暇はなかった。
不本意でしかないという表情は、まるで私と一緒にするなと言われているようだ。
「……面倒事を放置して余計に面倒なことを引き起こしたい人間なんていないだろう。そこに頼もしさなど何の関係がある」
ごくごく当たり前のようにランディさんは言い切った。
スイさんは苦笑した。
「それでも危険が目前に迫ったとき、少しでも安全な場所にいたいと願う方は多いですよ」
「一般論は知らんが、安全な場所にいたいと願うならそもそも軍属になっていない。そもそも同じだと言うならお前たち二人のほうだろう」
意外なランディさんの言葉に私は首を傾げた。
同じ日本人ではあるけれど、それほど容姿が似ているわけではない。
「お人よしも程々にしておけ。怪我の元だ」
褒められては……いない。おそらくだけど、褒められてはいない。
そして心配はされている。
私の場合はお人よしではなく、好きなようにさせてもらっているんだけれど、それを言ってもランディさんが受け入れてくれない気がする。
私の今の表情は何を言おうかと迷っているスイさんの表情と同じものを浮かべていると思う。
しかし、お人よしと言えばランディさんも大概だと思う。口は悪いけれど、お人よしが過ぎて倒れたことがあるくらい面倒見がいい人が何を言っているのか。
「……何を言いたそうにしている」
「いえ……その、ご自身の胸に手を当てて考えていただければと」
心配しているのはこちらも同じだと言外に言ってみれば、ランディさんは『なんでそうなるんだ』と言わんばかりの表情を浮かべていた。
伝わらなかったようだから、お屋敷に戻ったらちゃんと一回お話させていたただこうかな。
そうしているうちに私たちは更に下層に降りる長い階段に差し掛かった。それを一番下の段まで降りきったあと回廊を進むと、一段と開けた場所に出る。とびきり高い天井があるそこは、私が灯している光でも先まで見ることができなかった。
スイさんはその場所も速度を変えず、言葉もなく進んだ。
そして、やがて目の前には見たこともないような巨大な氷が現れる。
それが封印された魔神であることは一目でわかった。
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