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第65話 千年前の聖女の祈り(3)

 それからしばらくして、ランディさんがギルバードさんを連れて戻って来た。体感だけど、だいたい一時間くらいかかってたから、ある程度打ち合わせも済ませていたんだと思う。


「よう、お疲れ……って、マヒル。何食ってるんだ」

「ゆで卵ですよゆで卵。たくさん作ったので、食べたかったら差し上げますよ?」


 部屋に現れたギルバードさんは至っていつもと同じ調子だった。いや、いつもと違う雰囲気であってもゆで卵には突っ込まれたとは思う。

 ただ、なかなか戻って来ないからスイさんと二人食べ始めたのは悪くないと思う。

 卵一個くらいなら、すぐ食べ終えられるし。


 でも、ギルバードさんもさすがだなと思う。

 この状況下で、焦りの欠片も見当たらない。

 魔物を飼うような人のところに今から行く人には見えなかった。

 もっとも、焦っていないというよりはそう見せていないだけだとも思うけれど。


 ギルバードさんはスイさんに向かって気さくに手を差し出した。


「まずは初めましてだな。俺はギルバード。スイ……でいいな?」

「はい」

「あらかたランディから話は聞いてる。その卵、持ったままでいいからちょっとこっちに来てくれるか? いくつか確認したいことがある」


 そう言いながらギルバードさんはスイさんに地図を見せた。

 スイさんはすぐに残り一口だったゆで卵を口に放り込んで立ち上がった。


 二人が部屋から出たときにギルバードさんがドアを閉めたので、二人のやりとりは聞こえない。

 何を話しているんでしょうね? と想いながらランディさんを見れば、ランディさんはこちらに視線を向けないまま答えをくれた。


「ナーノン家周辺の地図の確認と、あの女を信じていいものか自分で見定めているところだ。伝聞だけで動くにはあまりにリスクが高い」


 ギルバードさんもランディさんが判断したことを疑うわけではないだろうけど、単に鵜呑みにするだけの人物でもない。


「あいつは人の本質を見抜くのは得意だと言っている。そう時間もかけずに判断するだろう」


 むしろ直接聞いたとしても、本来裏付けがない状況では公の立場としては動き辛いのかもしれない。

 ただ、それでも裏付けをとる時間がないのは――。


「……あまりゆっくりしてたら、ナーノン家に逃げられるかもしれませんもんね」


 結局はこういうことなのだろう。

 たとえスイさん自身……というより月下の妖女がまだ王都の襲撃失敗をナーノン家に伝えていなくとも他者から状況報告が届くだろうし、そもそも噂で聞き及んでいるかもしれない。

 こんなことをしでかすくらいだからバレないと思っている可能性もあるし、魔物もいることからそのまま逃走するとは限らないけれど、新たな被害が出るようなことは防がなければならない。


「そういうことだ」

「でも……仕方がないことだとはいえ魔物がいる先に向かうというのは心配ですね」


 スイさんからある程度話が聞ければリスクを低減させることはできると思う。

 でも、ゼロになるわけではない。

 危ないことがわかっていながら行かなければいけないことはわかるけれど、だからといって気にしないというのは無理だ。


「問題ない。おそらく魔物との戦闘にはならず、屋敷で人を捕らえるだけだろう。聞いた通り魔物を制御できていないなら、頑丈な檻に入れ結界を張っているはずだ。もっとも、仮に戦ったところでギルバードも魔物退治の指揮は慣れている。俺が倒した程度の魔物なら、ギルバードも問題なく相手をするだろう」


 当然であるように述べるランディさんからは不安の欠片も感じられなかった。

 俺も倒したのだからあいつだって倒せる、みたいな感じなのかな?

 その声を聴くと改めて普段口にしているよりランディさんのギルバードさんに対する信頼の厚さが窺える。


「一応援護に行く選択肢はあるが、今回は考えていない。その間に魔神とやらを見に行く」

「あ……それ、さっきも聞きたかったんです。どうしてなんですか? やっぱり、少しでも早いほうが……ということでしょうか」

「緊急性で言えばナーノン家のほうが上だ。だが、魔神がどのようなものなのか想像できない。仮に魔物討伐に慣れている騎士や魔術師でも取り乱すような存在であれば、準備を整えて行ったところで余計に周囲に混乱を与える。そのためにはまず、俺たちで見に行くほうがいい。ギルバードが派手にやらかしている間ならば、絶対に目立たない」


 『念のためだ』と続けたランディさんも私と同じように、未知の存在である魔神の力を判断しかねているようだ。しかしその声色からは『どのような相手であれ冷静に対処するだけだ、問題ない』という副音声が聞こえてくるようで、安心させられる。


 でも、相手は世界に混乱を与えた魔神だ。

 あまり気を緩めるわけにはいかないだろう。


「……案外、お前は冷静だな」

「え?」

「さすがにもう少し動揺するかと思ったが」


 『もう少し』ということは、今も少しはいつもと違うと思われているんだろう。

 でも、その『少し』はランディさんの振る舞いのお陰でもあるんだけれど……それを口にすれば嫌がられるかもしれないな。


 たとえば『なぜ態度を変えなければいけないんだ』とでも言いそうな気がする。

 それに、余計なことを言ってかえってランディさんを緊張させてしまっても困るし。


 でも、そんなことを考えて言葉に詰まった私をランディさんは訝し気に見ている。

 これは、どうにか誤魔化さなくてはいけない。

 誤魔化すと言っても嘘をつくような場面でもないから、ほかに何か、理由と言えば――。そう考えた私はちょうど伝えたいことを思い出した。


「実はですね、私、スイさんにも落ち着いたら一緒に酒場に行きましょうってお誘いしたんですよ。そのためにも、頑張らないといけないと思うんですよ」

「……ああ、あれか」


 『そういえば言っていたな』というようなランディさんの返答はあまり乗り気ではないけれど、これはたぶん勝手に参加者を増やしたことが原因ではない。もともと行くこと自体に抵抗があるからだろう。


「スイさんとはほかにも一緒にお弁当を持ってお花見に行きましょうっていうお話もしてるんですよ。ピクニックです、ピクニック。いろんな種類のおにぎりを作って持って行きたいですよね」

「お前は本当に、食べ物が好きだな」


 呆れられているというよりは再認識したという風にランディさんが言い、私は大きく頷いた。

 誤魔化すという目的もあるけれど、好きなのは心からの本心だ。


「でも、何をするにしても心配事があったら楽しみ切れないじゃないですか。だから、先にきっちりと片づけて、ご褒美としていっぱい楽しまなくちゃと考えているわけですよ」

「その褒美を楽しむためでも、無茶はするなよ」

「もちろんです……って、その目。ちょっとは信用してくださいよ」


 私だって基本的には無理をしたくない。普段と違う勢い任せの行動を時々することは否めないけれど、それだって緊急事態だけだ。

 でも、やっぱり楽しむためにもここで改めて気を引き締めようと思ったとき、私はスイさんの『本当の最後』という言葉を不意に思い出した。


 本当の最後。

 そして、旅の終わり。


 初めに聞いたときは、封印の旅が終わるという意味で捉えた。

 けれど、改めて考えるとどこか不吉な響きだとも思えた。

 そして不安を感じれば、今度は別の懸念も浮かんできた。

 例えば私はスイさんと月下の妖女は別人だと思っている。けれど、身体は同一だ。

 王都襲撃について、果たして無関係で通るのだろうか?


「ねえ、ランディさん。これが終わったら、スイさんってどうなるんでしょうか」

「……それはどのような裁きがあるか、という意味か」

「はい」


 唐突な話題の切り替えでも、ランディさんは驚いた風ではなかった。

 それは、ランディさんも気に掛けていたからではないだろうか?


「俺は法に詳しいわけではない。だから、何も裁きがないとは言い切れない」

「……」

「だが、根本的な原因はスイ自身になく、千年前の旧王国が奴を贄にしたことに端を発している。現王国もその現状に気付かず放置していたからこそ、一人で瘴気を受け続けた。このことが考慮されないとは思わない」


 放置した、というよりは知らなかったのかもしれない。

 けれど、それが対処をしなかった理由にはならないと言っているのだろう。


「ただし判断を下すのは俺たちじゃない。殿下から配慮の言葉があると思うが、現時点の情報量では殿下にも判断は不可能だと思われる。スイの言葉が真実かどうかも、何もわからない」


 期待を持たせ過ぎないように、けれど悪いようにするつもりではないことがランディさんの言葉から読み取れる。


「それだと、まずはスイさんの言葉を立証しに行かないと始まらないというわけですね」

「そういうことだ。……そしてこれは独り言だが、そもそも千年前の人間が生きているという話をしたところで、それを信じる輩がどこにいる。そんな人間、そもそも存在しない可能性もある」


 現に信じて行動を起こそうとしている当人が、まるで信じていないかのように言っていることに私は苦笑した。

 まだどういう風になるのかはわからない。

 けれど悪いようにしないためにも、まずは目の前のことに集中するだけだ。


「わかってはいると思うが、月下の妖女もお前を魔神のもとに連れて行くつもりだった。スイがいる以上、何が起こるかわからない。用心は怠るな」

「重々承知しています」

「……スイが『聖女』の力が必要だと言っていなければ、お前を置いていくところだがな」


 仕方がないと嫌々な様子に、私は苦笑した。

 私だって、怖い。

 けれどそれを放っておくことで、百年後の未来が……ということよりも、身近なところにいるスイさんがどうにかなってしまうことのほうが、もっと怖い。

 それに、スイさんの立場は被召還者という立場から考えても決して他人ごとではない。


「……言いたいことは知っている」

「あの、」

「ただ、警戒は払っておけ」


 そして、ランディさんは話を打ち切るようにそっぽを向いた。

 それから間もなくドアをノックする音が響き、ギルバードさんとスイさんが現れた。


「待たせたな」


 ギルバードさんはそう言い、スイさんはぺこりと一礼なさった。それをみたランディさんが立ち上がり、私もそれに続く。

 するとギルバードさんがにやりと笑って口を開いた。


「それじゃあ匿名通報による調査、開始といきますか」


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