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第64話 千年前の聖女の祈り(2)

「どうして、封印を……?」


 だって、そんなことをすれば私たちだけではなく、彼女も生きていけないのではないか。

 しかし狼狽えた私とは対照的にスイさんは冷静だった。


「『彼女』は自らの犠牲の上に成り立つ世界を憎んでいます。いずれ封印が解けるとわかっていても、百年も待てない。だから自らが滅びても、世界を道連れにするのであれば本望だと考えています。おそらく自分に聖女の力が残っていれば、その命を使ったことでしょう」


 感情の籠らない機械的な声で言っているのは、平静に努めるためだろうか。でも、静かにそう言われてしまえばどう答えていいのかわからない。


 もちろん、そんなことは止めなければいけない。


 けれど、たとえ彼女を目の前にしても、間違っていると正面から言うことはできるだろうか? 決して同意できることを彼女はしていないけれど、私もまた彼女を説得できるだけの言葉を持ち得ていない。


「そんな顔をしないでください。私も、『彼女』の思い通りにならないようにしたいと思っているのですから」

「ですが……」

「瘴気の影響があるとはいえ、情けないことにあれも私が生み出した人格です。私も世界を救うために召喚され、そして生贄にされたことを恨めしく感じたことがないといえば嘘になります。それでも仲間と共に守った……そして、一番守りたい人を守った世界を、壊したくはないんです。私が彼女の気持ちをわかるように、私の気持ちも彼女には伝わると思うんです」


 スイさんの優しい話し方とその姿は、確かに聖女と呼べるものなのかもしれない。

 スイさんは守りたい人を守れたと言っている。

 その時の優しい瞳は先ほどの恨めしさという言葉とは対照的過ぎるほど穏やかだった。本当に、よかったことだと思っているのだろう。


 でも……それだと、スイさんを守りたかった人たちは、どう思ったのだろう?


 私には本当にスイさんに守らせたかったと思ったとは思えない。


「マヒルさん? 大丈夫ですか?」

「あ……すみません、ちょっといろいろ、頭がいっぱいで……」

「……そうですよね。急いてすみません」


 そしてお気になさらず、と言いながら誤魔化した私に代わり、今度はランディさんがスイさんに尋ねた。


「昨日王都を襲撃した魔物はその不死鳥だった。心当たりはあるか?」

「フェニはかつて私と契約を結んでいました。封じられる前に私が契約を切ったのですが、もう一人の私である『彼女』の呼びかけを感じ取り、強く実行しようとしたのだと思います。幻獣は瘴気の影響を受けやすい。……友人であった私を人柱にした人間という種を恨み、魔物化した可能性もあります。もっとも、生まれ変わった今のフェニには中途半端な記憶しかなく、私のことは『懐かしい人』くらいの存在だと思っているようですが」

「平原と王都にあった転移陣についての心当たりは」

「ナーノン家は領内の山奥で、魔物を増やす実験を行い、数体の強大な合成魔物を生み出していました。そこから、『彼女』が書いた魔術陣をナーノン家の魔術師が操作し、送り込んだのだと思います。王都にフェニを送り込んだのは、より混乱を広めようとしたためかと」

「って、魔物を自分たちで増やしているんですか!?」


 私が目を見開くと、スイさんは静かに頷いた。


「実験については、『彼女』が接触する前から行っていたようです。まだ制御はできていませんが、好き放題暴れさせる分には問題ないのでしょう。『彼女』の知識は、ナーノン家の実験を大幅に前進させました」

「……ナーノン家の当主は今、どこにいる」


 絶句した私の隣で、ランディさんは殊更低い声を出した。


「王都で巻き添えを喰らうのはごめんだとのことで、領地の屋敷に籠っているはずです」

「ならばすぐにギルバードを呼ぶ。行き先がわかったなら逃げられる前に捕まえるしかないだろう。その場所までの転移陣は書けるか?」

「はい」

「魔力が不足するなら、俺があいつと部下をナーノンの元に送って処理をさせる。その間に俺たちは魔神のもとに向かう。場所はお前がわかるんだろう」

「はい。ですが……この話を本当に信じてくださるのですね。話した私が言うのもおかしな話ですが、普通は千年も前のことなど信じられるものではないでしょう」


 そうしてスイさんは私とランディさんを見た。

 それは何度も怪談や空想だと捉えられたことがあるからかもしれない。

 でも、私が信じるなんて理由は一つだ。


「だって、スイさんが嘘をついているようには見えないし、嘘をつく理由も思い当たらないですし。ランディさんもそんな感じですよね?」

「別に嘘であってもそれに越したことはないが、ナーノンの所であればほかにも何か出てくる。ついでに何も成果がなくとも、説教を喰らうのは現地で暴れるギルバードだ。俺に被害はない」

「ちょっとランディさん。それってどうなんですか」


 スイさんへのプレッシャーを軽くしようとしているように聞こえなくもないんだけれど、割と後半は本気で言っているようにも聞こえる。

 けれど、スイさんはそれに笑っていた。


「ありがとうございます。マヒルさん、ランディさん」


 ランディさんはそれに答えることなく「ギルバードに連絡を取ってくる」と部屋を出て行った。

 そして、部屋に残されたのは私たち二人だけ。


「スイさん、もう本当に体調は大丈夫です? 少し時間もあると思うので、問題なければお茶でも淹れようかなと思うんですけど」

「ありがとうございます」


 しかしそう言いながら目が合ってしまうと、視線を逸らすタイミングを失ってしまった。圧を感じているというものではなく、どちらかというと見惚れたというものに近いと思う。いままでも柔らかな雰囲気がさらに濃くなった気がした。


「マヒルさんって、漢字で真のお昼と書くのでしょうか? それともひらがなですか?」

「漢字で、その通りです。明るい字でしょう?」

「はい。とても、真昼さんの人柄に合っているお名前ですね」


 そこまで言われると、私もなんだか照れてしまう。

 しかしそう照れている間に、スイさんは深々と頭を下げた。


「……真昼さん。巻き込んでしまって、申し訳ありません」

「そんな、気にしないでください。私も一旦日本に帰った後、こっちに戻ってきたくらいこっちの世界も好きですから」

「戻れた、のですか?」

「はい」

「よかった」


 安堵の息をつくスイさんに私もほっとした。もとを辿れば私がここにいるのはスイさんが関係しているけど、戻ってきたのは私の都合だ。

 でも戻れないと言われていたスイさんは、そんなことをしていたなんて、思わないよね。

 でも、私だけ戻れてスイさんが戻れないのは……申し訳がない。


「もし、スイさんが望まれるなら……手をつないで戻れば、私の暮らしていた時代になら戻れると思うんです」


 ランディさんなら、時間も含めスイさんが呼ばれる前にいたところに戻す方法を知っているかもしれないけれど……それは、今は言えない。あとでがっかりさせることはできないし。


 ただ、私もわからないなりに、スイさんを元の時代に戻すことは難しいんじゃないかなと感じている。


 時空の歪み云々のことは分からないけれど、私が日本に戻ったときも、日本からこちらに戻ったときも、経過した時間はほぼ同じだった。縁がある地点で行き来するのは困らなくても、行き来できるのがこちらとあちらで同じ分だけ時間が進んでしまっているとしたら…………スイさんがこちらに来る前の持ち物を今も所持していたとしても、スイさんがいた場所から千年後の未来に飛ばしてしまう可能性もある。


 つまり根拠はないけれど、おそらく時空の歪みは縁ができる地点のことだけで、そのあとは自由に時間移動できるわけじゃないと思う。


「ありがとうございます。また、考えさせてくださいね」


 スイさんは、曖昧に笑った。

 そこからは帰りたいという思いが薄いのか、それとも遠慮なのか、もしくはほかの何かの思いなのかはわからなかった。


「でも、ほんとに真昼さんってこちらの世界に馴染んでいらっしゃいますね」


 スイさんの声は、わざと話題を変えようとしたような、そんないつもと違う声のトーンだった。でも、それを指摘する理由がないので、私もそのお話に乗せてもらうことにした。


 それはさておき、スイさんが言う馴染んでいるとは、お弁当の販売のときのことかな? お客さんとは軽口を叩き合うくらいの仲を見てのことなのかもしれないけれど、そのあたりはわりと最初から変わらないので、性格だというのが一番大きいような気もする。


 でも、そもそもその状況に持ち込めたのは周りの人たちのおかげだ。

 私が呼ばれた状況はスイさんのときとは違い、世界を救うというような大それたことは求められなかったし。


「私も最初は驚いたんですけど、親切な方にたくさん出会えたおかげですね。意地が悪い人もいましたけど、優しい方のほうがたくさんでしたし」

「きっと、それは真昼さんが親切だから返ってきたんですね」

「もしそうなら嬉しいですけど……私よりスイさんのほうがよほど親切ですよね」

「あら、それはどこがですか?」

「だって、一緒におにぎりを握ってくれるって言ってくださったじゃないですか。一緒にお花見に付き合ってくださるって言ってくれましたし。カップも頂いちゃいましたし」


 って、あ。違った。


 いや、事実には違いないけれど、言う順番が違う。ここは世界を救っちゃうほどです、のほうが正解だった。というか、一番のお人よしポイントってそこじゃないかな。


 ただし完全な間違いかと尋ねられれば、そうでもない。


 私が知っているスイさんは千年前の聖女ではなく、一緒にご飯を食べた友人だ。魔神を封印した聖女のことは、スイさんから聞いたことしかわからない。だから私が思うスイさんのお人よしポイントとしては間違ってはいないと思う。


 そんなことを考えていると、スイさんは小さく吹き出した。


「それなら、倒れた私に休憩場所と食事をくださった真昼さんのほうが先に親切にしてくださいましたよね?」

「いや、でも倒れた人を見たら、スイさんも放っておけませんよね?」

「確かに放っておくのはちょっと……」


 しかしそこで互いの目が合い、僅かな沈黙の後、声を上げて笑ってしまった。

 相手の素敵なところならまだまだ列挙できるけれど、自分のことを誉められるとこの上なくむず痒い。

 そしてこれは永遠に答えが出ないお話になる。

 私はスイさんを、スイさんは私を推すのを引っ込めない。スイさんはすごくお人好しだけれど、こういう所は絶対に引かない気がする。


 そして、そんなスイさんを見て私は思った。


 スイさんが話した生け贄としての過去に対して、私はどう反応すればいいのかわからなかった。でも、それは当然なのかもしれない。スイさんは話をする中で、私たちに何か言葉を求めていたわけじゃなかった。スイさんが、すでに自分の中でその意義について決めていた。


 そのうえでの感想は必要なかった。


 でも、それを教えてもらえたからこそできることもある。それは、魔神の件もだけど、それ以外もだ。

 スイさんの過去を変えることはできないけれど、これからもっと笑ってもらう時間を増やすことはできると思う。だったら、一緒に楽しむ時間を作っていきたい。

 人柱になったスイさんに、かつての仲間も複雑な想いを抱いたと思う。でも、未来でスイさんが笑っているなら、安心してくれるとも思う。


「ねぇ、スイさん。一段落したら、一緒に酒場にもいきませんか? ランディさんのおごりで、みんなで飲もうって言っているんです。あ、お花見もですけど!」

「みんな……?」

「ほら、さっきのランディさんや、ランディさんが言っていたギルバードさんです。私、酒場に行ったことなくて」

「興味は、あります。でも……本当に、すべてが終わったら、ですが……ご一緒してもいいんですか?」

「もちろんです」


 だから気は早いけどまずは祝勝会の予約からだ。


「ありがとうございます。今度こそ、本当の最後を……旅の終わりを、迎えられることを楽しみにしています」


 そう言ってくれたスイさんが、本当に楽しめる祝勝会が開けるよう、まずは問題解決といきますか!


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