第62話 『月下の妖女』(4)
もう一人の私?
それはもしかして私が知っているスイさんのことだろうか?
それに聖女って……召喚のことを知っているということ?
しかし私がそれを尋ねる前に、ランディさんが口を開いた。
「……その花。お前は『月下の妖女』か」
「あら、失礼な呼び名で呼んでくださるのね。でも不思議。あなたとは初対面だと思うけれど?」
ランディさんの言葉に女性は不満を告げたけれど、それはあくまで言葉の上だけだ。実際には気にしたというより、ますます楽しいと言わんばかりの表情になる。
「ランディさん、月下の妖女って……」
「反乱分子の一員の通り名だ。メアリーと繋がっていた可能性が濃厚になっていたところだが……たった今、自分で自白をしたようなものだが」
「そんな風に仰らなくてもよいでしょう。そもそも聖女様を呼ぶことは、この国……いえ、この世界では本来望ましいことなのでしょう?」
すらすらと述べる月下の妖女の言葉を信じれば、メアリーの件の背後にはスイさんもいた……? でも、もう一人の私とも言っているし、スイさんの意思はない……?
いろいろと考える私の前で、ランディさんは言葉を続けた。
「城に妙なものばかり調べる魔術師がいてな。泳がせていたら、お前らのグループが浮かび上がったというわけだ」
「あら。じゃあ、あのモグラはもう使えないのね」
女性は余裕を浮かべているけれど、ランディさんの気迫は絶対に逃がさないと言っている。
「マヒル、今は細かいことは考えるな。聞ける状況になれば、全部わかる」
混乱する私にランディさんはそう言った。
確かに今のスイさんと対話するというのは困難だ。この女性のなかから、スイさんの意識を取り戻さないといけない。
この黒い霧は昨夜の不死鳥にそっくりだ。スイさんも瘴気に侵されているのかもしれない。
でも、この女性はスイさんが何度も邪魔をしているといっていた。ならば、同じ体で入れ替わりをしているはずだ。
「それは私を捕えるということ? あなた、私の力を見くびっているんじゃないかしら」
「そんなものは知らん」
そう言うや否や、ランディさんは床を蹴り飛び出した。
すると女性との距離が一気に詰まる。
女性は慌てて後退しようとするも体勢を崩し、中途半端な状態でランディさんの振りかぶった拳を交差させた両腕で受け止めた。おそらく魔術的な防御が発動されたのだと思うけれど、それでも女性は後ろへ吹っ飛んだ。そして、扉へ打ち付けられる。
「あ……あなた、魔術師じゃ」
「育ちの都合上、素手での戦いにも心得がある。あいにく剣は扱えないが」
「『スイ』はそちらの聖女様の友人よ。傷つけていいと思うの?」
「殺しはしない。多少手荒であっても、治る傷なら乗っ取られる自身に責があると思え」
そう言うや否や、ランディさんは再び女性との距離を詰める。
女性はドアノブに手をかけたけれど、それは動かなかった。
驚くような表情を浮かべていたので、ランディさんが一連の流れの間にドアノブを凍らせたか何かをして、動かないようにしていたのかもしれない。
しかし、そこで女性の顔が一気に歪んだ。
そして、それから私に聞こえない声を叫んだ。
すると、部屋に黒い霧が一気に広がった。
ランディさんも後ろに飛び退く。
女性の様子も先ほどまでと違い、表情が憎々しくなっていた。
「邪魔をする輩は死ね」
そしてその右手に一層濃い霧を纏わせたことで私も身構えたけれど、女性は直後に目を見開き、頭を押さえ、その場に崩れ落ちる。右手の濃い霧も消えていた。
「お前、ここで邪魔……何を……」
女性がそう、苦し気に何かを呟いている。
「……マヒル、魔石を貸せ!」
「はい!!」
私は自分の耳からイヤリングを外し、後ろ手に伸ばしたランディさんの掌に置いた。
すると、ランディさんは再び女性と距離を詰め、暴れる女性を押さえつけてそのイヤリングを耳に無理やり付けた。
「ああああああああああああああああああ」
女性の叫び声は響き、やがて静かになった。
同時に今まで漂っていた空気も消え去る。
「……ひとまず、魔力を完全に封じた。手を拘束しておけばどんな人格であれ、動くことはできないだろう」
「えっと……そのイヤリング、すごいんですね」
「お前の魔力を封じれるくらいのものだ。大概どうにでもなる」
そういえば、私、相当な魔力量だって言われてたもんな。
でも、だからといって、禍々しい環境まで一掃できるとは……。大変なものを身につけていたんだね、私。
スイさんは小さく身じろいで、目を開いた。
様子は、すっかりいつものスイさんだ。
「お加減はいかがですか?」
「あ……」
「先ほどのアレはなんだ」
「ちょっとランディさん、急すぎですよ」
遠慮のないランディさんに、私は思わず突っ込んだ。
聞かなければいけないことではあるけれど、聞ける状態なのかまずは確認してほしい。
そもそもスイさんにとってランディさんは初対面なんだから、こんなことを急に言われても困ると思う。
仕方がないこととはいえ、今のランディさんはいつもの五割り増しで威圧感があるし。
「スイさん、こちら私の住んでいるところの宿主のランディさんです。魔術のことなら国一番かもしれませんから、お困りごと、お話しいただけませんか? 私もお手伝いできるかもしれませんから」
怪しい勧誘になってしまわないよう気を付けながら、私は言葉を選んだ。
そしてスイさんの返事を待つ。
スイさんは、少し躊躇いを見せたものの、やがて意を決したように私をまっすぐと見た。
「昨日、私は『彼女』の中からあなたを見ました。噴水の側でのことです」
「……!」
そうなると、私が見た人影はやっぱりスイさんだったということ……?
息を飲んだ私の前で、スイさんは言葉を続けた。
「そして先程『彼女』の言葉を聞いてようやく確信しました。マヒルさんはメアリーという女性に関わりがある……聖女様なんですね? そして……日本からいらしたのですよね」
「え……?」
スイさんの言葉に尋ねたいことが多過ぎて、私はうまく返事が出来なかった。
「お名前の音を聞いたとき、何らかの関わりがある方だと思いました。お料理も、ずいぶん懐かしい面影がありました。でも、ご両親と今も仲が良さそうなお話をお聞きし……もしかしたら、違うかもしれないとも思っていました。そして、そうであればよいのに、と」
それから、スイさんはふわりと笑みを浮かべた。
「私は千年前に、日本から召喚された者です。もっとも、その殆どを眠って過ごしていますが」
その言葉に私は目を瞬かせた。
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