第5話 デンジャラスな初対面
そして、二日後。
ギルバードさんは笑っていた。
「……なんですか、そのいやらしい笑み」
「なんだ、エロいって言いたいのか」
「むしろゲスいというほうが近いような気がします」
喜んでいるだろう人に指摘する言葉としてはどうかと思うが、やはりその言葉が近いように感じてしまった。なにかを企んでいる顔であることは確実だが、私にむかってギルバードさんがこの顔を見せるなら、間違いなくランディさんのことだろう。
「ランディさんにいたずらしてきたんですか」
「いたずらなんてしてないっての。ただ、人の顔を見るなり舌打ちしやがって……面白くてな」
いやがらせに喜びを感じるのか、それとも嫌がられることに喜びを感じるのか……いずれにしろ、この発言はギルバードさんを変人だと思わせるに充分なものであったと思う。うん。
「それで、ランディさんは食に対する興味は失っていないんですね?」
「むしろ食べられないイライラに本人が気づけていない感じがするな。不精して食ってなかったけど、やっぱ身体は空気以外も欲してたってことだ」
「そりゃそうですよね」
いや、わからないけど。
でも、たとえば食べずに点滴ばっかり打っててもお腹がすくのは知っているし、たぶん同じだ。
「手軽で美味いから本人もマヒルが作る食事がいやじゃない。そのことに気付いた時には、もう身体が食べることに慣れ始めてた。これでそろそろ、我慢するほうが面倒になってきたはず……」
ギルバードさんがいまさらっと『美味い』っていってくれたことに若干表情がにやけそうになってしまうのを、私は必死に抑えた。いや、嬉しくて実際はにやけるというよりも、恥ずかしさでにやけるっていうか……美味しいって言ってもらうことはあるけど、こう、さらっと言われるのが一番心臓に来るんだよ!!
「……なに百面相をしているんだ?」
「え、してました!?」
「まあ、いいけど。で、明日。あいつの分も同じ弁当で買っていく。三つ買う。同じ奴が作ったやつで、部屋から出ないで食べれるものってなったら、食べる……かもしれない。用意してくれな」
「三つご予約ですね、わかりました」
それならより気合いを入れて作ってやろうではないか。
私はそう心に決めて家路を急いだ。明日の下ごしらえとか買い出しとか、いろいろあるし!
何を作るかについてはわりと早く決められた。
明日作るのはオムライスだ。
最初は見向きもされなかったが、今のランディさんには映るのか知りたい。あと、オムライスはスプーンだけで食べるし。付け合わせもスプーンで食べれるものにしよう。オムライス最大の欠点は詰めるのにけっこう時間がかかることだから、付け合わせは手早く作れて入れやすいものがいいんだけど……ブロッコリーっぽい茎野菜でペペロンチーノにしようかな。茎は明後日角切りにしてサラダにしてもいいんだし。うん、そうしよう。
「よし、気合いれて頑張ろう」
そして翌日。
私はギルバードさんに連れられ、二度目の登城を果たした。
いや、今日、登城するなんて私も思ってなかったよ。渡すだけだと思っていたよ。
でもギルバードさんは私に一連の様子を見ておくように指示してきた。もしもランディさんが食べなかったときは、何がいやなのか判断してほしいっていうことだった。前に様子を見ただけで『まったく食べない』から『めんどくさくないものなら食べる』っていう進歩を果たした実績があるおかげなのかな。いずれにしても私に断る理由なんてない。
そして私はギルバードさんの指示で部屋の外から二人の様子を窺った。
「よう、ランディ」
「失せろ」
それは初めて聞くランディさんの声だった。
燃えるような赤髪とは対照的な、底冷えするような声だった。もちろん機嫌は最悪そうだ。
ただ、『失せろ』って……どんだけ嫌われてるんですか、ギルバードさん!!
相当変人で忙しそうな人だということは理解できていたけど、気の短かさも想像以上かもしれない。でも、「まぁまぁ」なんていうギルバードさんはまったく焦る様子もなく、いつもの様子で会話を続けた。
「それよりメシを買って来たんだ、食わないか?」
「……」
「おーい、聞こえてるだろ?」
「置いていけ」
おおおおお!
置いていけ、って言ったよね!!
前は食べなかったけど、置いていけってことは食べる気なんだよね!?
あ、でも中身を確認してないから、まだいつものやつだと思ってるかもしれないか。ぬか喜びになったら大変だから、まだ騒ぎ立てるのは心の中だけでぐっと我慢、我慢……。
でも私の考えはギルバードさんも知っていた。
「中身、これスプーンがいるやつだけど、お前食べれるの?」
「置いていけっていってるだろ」
ギルバードさんが買ってきてくれたやつなんだから本当なら置いて行ってくださいくらいでもいい気がするんだけど、あのランディさんが食べるっていってるよ! 食べるって!! いや、言ってないし、空気を食べるっていうところも実際には見たことないんだけど!! でも、確実に段階をひとつづつクリアしてきていたんだって改めて感じた。
ここで実は私が作っていたんですっていう紹介タイムをくれたりもするのかな、なんて緊張していたら、ギルバードさんは私も予想していなかったことを口にした。
「じゃあ俺、いまから食べるからお前も手を止めて食べたらいいだろ」
「なんで俺がお前に合わせなきゃいけないんだ」
「俺が食べ終わるまでに食べ始めてなけりゃ、俺がどっちも食うからな。買ってきたの俺だし。そもそもお前、スプーンないだろ。お前の分まで用意している俺は感謝されてもいいんだけど」
え、ギルバードさん!? その主張は正しいけど……正しいけど!!
でも、ギルバードさん、もう一人分お弁当は買ってくれているんだから、もし食べ終わっちゃってももう一個、そっちの食べてもいいよね!?
でも、これも作戦なのかもしれない。だって、ギルバードさんもランディさんに食べさせたいんだもんね。うん。
……ただ、このランディさんの表情を見ていれば、ギルバードさんのおせっかいが鬱陶しいと思っているような気がするんだけど……。あとこの二人の付き合い、結構長そうだけど……ギルバードさんにとってランディさんって弟分みたいなものなんだろうか。
でも、そんなことを考えていたらなんとランディさんが立ち上がった……!!
そしてそのままギルバードさんのところに行って、無言でお弁当を掴んで元の場所に戻った。
ランディさんが、スプーンを使ってる!! 食べた!!
ランディさんが食べたよ!!
いや、うん。
ランディさんを見るのは二回目なのに何を感動しているんだって話になるのは重々承知だし、先に『よっしゃ魔術師とのつながりゲット!!』って喜ばなきゃいけないのもわかるし、実際それは嬉しいんだけど!!
あんなつっけんどんな人がツンツンしたまま、それでも食べてしまうお弁当を作れていたことって実は感動してもいいことだと思う。美味しいの言葉がなくても、美味しいって表現してくれてるのがわかるから。いうまでもなくもともと美味しいっていってもらえてたら嬉しいけど、これもこれで嬉しいなぁと思う。
正直、平凡の平凡をつっきって生きてきた私は人を喜ばせることに長けてはいない。
だって両親が異世界のことをよく言っていたこと以外は本当に普通の普通で、良くも悪くも目立つことがない人間だから。ただ、全然平凡であることを気にしたことはなかったけどね。
一生懸命、自分なりに精いっぱいやることはしてきたよ。でも、私が何かをすることで人に喜んでもらう機会っていうのにそもそも巡りあったことがあんまりなかったから、くすぐったいような嬉しさがあるよ。
でも、これで満足していちゃいけないんだ。
だって、ゴールじゃないもの。
「実は、これ作った子を呼んできてる。マヒル、入ってきて」
そう呼ばれて私は大きく深呼吸をした。
嬉しいこともあるが、元の世界に戻れる貴重な手がかりになる可能性のある人物に緊張しないわけがない。もともとこの仕事を始めたのも、ランディさん食事計画に加担したのも、魔術師とのつながりを欲していたからだ。
だが、部屋に一歩足を踏み入れた私を待っていたのはなんと壁に刺さるほどの勢いで飛んできた、凶器としか思えないランディさんが投げた本だった。
8月11日付、週間恋愛(異世界転生/転移)部門で1位を頂戴しました。
心より御礼申し上げます。ありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけますと幸いです。