第58話 王都強襲と不死の幻獣(6)
「手っ取り早く言うと、相手の計画を潰している以上、あちらも邪魔者を排除しようと動いてくる可能性があるからね。ランディがいたほうが対処もできるでしょう」
そこまで考えていなかったけれど、指摘されれば納得できる。
でも、あれ? これ、よくよく考えたら、私のせいでランディさんが護衛をする羽目になってしまったという感じ……かな……?
「……少なくとも、被害が食い止められた」
「そ、そうですか」
仕事を邪魔したのではないかと少々不安になってランディさんに視線を送れば、なんとも言い難い声でお返事がもらえた。
ランディさんは、割と不本意そうだけれど、納得はしてくださっているようだ。
そんなランディさんを見てダリウス殿下は苦笑された。
「じゃあ、あとは任せるよ。ギルバードも、引き続き私の手伝いを頼むよ」
「はい」
「魔物の王都襲来のタイミングから察するに、何者かが手引きした可能性もあるからね。忙しくなるよ……というより、もうなってるかな。ランディたちも、気を付けて」
冗談を言っているような口調だったけれど、最後に薄く開いたダリウス殿下の表情にはぞくりとするものがあった。決して和やかなことを言っているわけではないと、意識せずにはいられない。
「あ、そうだ。マヒルが魔物と戦っていた時にすごい風が巻き起こっていたらしいんだけど……あれは魔物が起こした風ということでいいよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、そういうことで」
そうして、ダリウス殿下はギルバードさんとともに部屋を後にした。
……たぶん、ダリウス殿下は大体のことを察してくださっている。どの辺までご存知なのか私自身もあまり知らないけれど、少なくとも私が風を巻き起こしたことは内緒にするようにと仰っていることは分かった。
扉が閉まる音を聞いてから、ランディさんは口を開いた。
「……あまり気負わなくていい。お前にとっては本来しなくてよかった仕事だ」
ため息交じりのセリフからはかなり気を遣われていることがわかる。
でも、なんというか……。
「緊張はしてますけど……でも、私に関しては無茶振りでもなんでもどんとこいですよ」
「は?」
「だって、またあんなのが来るかもしれないって思ったら落ち着かないっていうのは私も同じですし、できることはしたいです。ただ、ご迷惑をおかけするのはちょっと気が引けますけど」
なにができるかはわからないけど、少なくともお役に立てるよう指示には従いますよ!
そういう意気を込めて私は言ったが、ランディさんからは反応がなかった。
……あれ?
「ランディさん?」
「……張り切りすぎて倒れるなよ」
「それ、ランディさんに言われたくない気がします」
やっと返ってきた言葉からは、あまり頼もしいとは思われていないように聞こえるけれど……ぎりぎり合格、かな?
「ひとまず噴水の側に行く。その前に着替えておけ。その服、だいぶ傷んでいる」
「はい。あ、それから朝ごはんを食べていきましょう。すぐに作りますから」
「……お前、相変わらずだな」
「だって、非常事態でしょう。次にちゃんと食べられるのがいつかわからないなら、がっつり食べておくべきだと思うんです。ほら、状況が状況ですし」
呆れられているけれど、空腹は敵だ。
腹減りさんでは回る頭も回らない。
「緊張感が抜ける」
「それはよかった」
「褒めてない」
「けなされてもいませんよね」
よし、そうとなれば早速着替えてちゃっちゃと朝ごはんの準備をしよう。
許可をもらったとはいえ、ゆっくりしている暇はない。
ここは手早く作れる、シャキシャキの葉物野菜入りハムサンドかな。ハムは複数枚を折って重ねて、食感をアップさせると楽しいし。夕飯のコンソメスープも残っていたはずだから、それに卵とウインナーを加えて用意しよう。
そう考えて、私は立ち上がった。
「ふらつきは残っていないか?」
「はい。ダリウス殿下から魔力もいただきましたし」
あ、でも前にダリウス殿下はダリウス殿下から魔力をもらうことをランディさんは気にするって言ってたな。私がもらっても、やっぱりダリウス殿下の手を煩わされたと気にされているのだろうか?
堂々と返事した後になってそう思ったけれど、ランディさんは難しい表情を浮かべたもののそのことに関しては何も言わず立ち上がった。
「問題ないなら屋敷に戻るぞ」
「はい」
「朝食が済んだら、お前の友人にも会っていく」
「え」
「体調が悪いなら、後回しにできる話でもない。俺が処置するわけではないから、それほど時間はかからない」
忙しい中でも、そうして気に掛けてくれるあたりやっぱりランディさんは気遣いさんだ。
スイさんに会って行けるのは私もありがたい。お店でスイさんが待ちぼうけしてくださっていたら申し訳ないし。
「お店も臨時休業の札、つけないといけないですね」
「……それよりも、あれはどうするんだ?」
「あれ?」
そうしてランディさんの視線の先を追うと、私が先ほどまで寝ていたベッドの上でくつろぐ不死鳥がいた。うん……不死鳥なんだよね、これ……。
私と不死鳥の目が合うと、不死鳥は飛び上がって私のほうに向かってきた。
その急ぎ方はまるで自分が置いて行かれそうになっていたことに気付いていなかったようだった。
不死鳥は私の肩に降り立った。
……うん、飛んでいた姿も少し羽が長くてきれいでふくよかなインコさんにしか見えなかったな。
そして、この不死鳥を見ていたら疑問がふと湧いた。
「あの、幻獣が魔物になるということは……人間が瘴気に侵されて魔物になる可能性もあるのですか?」
「可能性としては考えられるが、現に報告された事例はない。少なくとも人間が変異すれば目立ち、噂は瞬く間に広がると思うが……動物でも小型のものが変異するくらいだと聞いていた。幻獣も、これ以外にみたことがない」
「そうなんですね」
実際に魔物へ変化した不死鳥が側にいたのでふと気になったが、そうでないのならひとまず心配は不要そうだ。
そうなると……。
「ところで、ランディさん。もう一つ質問が」
「なんだ」
「不死鳥にもご飯っているんですかね? 何食べますかね?」
割と真面目に質問したつもりだけれど、ランディさんは固まった。
「……不死鳥なら食わなくても死なないんじゃないか。それに死んでも生き返っただろう」
「いや、でも死なないけれど空腹状態が続くなら可哀そうじゃないですか」
「それなら、逆に何を食べても死なないんじゃないか」
あ、そっか。
それならなにか数種類食べ物を用意すれば、好きそうなものを選んで食べてくれるかな。
「だいたい幻獣を飼うなど聞いたことがないが。飼えるのか?」
「う……とりあえず、この子がここに居たそうな間はいいかなぁ、と思うんですが」
幻獣を知らなかった私は当然幻獣の取り扱いなんて知らないけれど、可愛いし、なんだか懐いてくれているみたいなので好きにさせてあげたいのだが……。
「もしかして、ランディさんは動物って苦手ですか?」
「別に。邪魔にならないなら気にしない」
よかった、お屋敷で飼うのは自由みたいだ。
私は自分の腕を体の前に出すと、そこに不死鳥が肩から飛び移った。
そして、留まった不死鳥に目を合わせて強く念じた。
とりあえず、ランディさんの邪魔はしないようにしてね? 寝床とか、その他いろいろは私が一通りお仕事を終えたら準備するからね?
これで本当に伝わったかどうかはわからないけれど、少なくとも私には不死鳥が頷いてくれたように見えた。




