第57話 王都強襲と不死の幻獣(5)
「驚かすなよ、ランディ」
「知らん。殿下、お越しいただきありがとうございます」
そうしてランディさんは殿下とギルバードさんを招き入れた。
あ、でも座っていただく椅子って、ランディさんが座っていた椅子しかないな。
というか来客を立たせて私はベッドの中に足を突っ込んだままってあまりよくないよね。
とりあえずベッドから出ようかな。
「ああ、マヒルはそのままでいいよ。気分はどうだい? 体調は悪くないかい?」
「はい、問題はありません。強いて言うなら少しお腹が空いています」
「それならよかった。ところで、片手を借りてもいいかな?」
「手ですか? どうぞ」
何をするのだろうと思いながら片手を差し出すと、殿下は私の手を取ってベッドぎりぎりのところでおもむろに片膝をついた。
「え、殿下!! 服が汚れますよ!!」
「この状況でその心配をされるのはなんだか斬新だね」
そう笑いながらも、ダリウス殿下は立ち上がらない。
「この度は類い稀なるお力で王都を守っていただいたこと、心より御礼申し上げます」
そして手の甲に、殿下の口付けが落とされた。
うん、って、ちょっと待って……!!
「でででで、殿下……!?」
驚き叫び、最後は咽ているといつの間にか殿下の手は私の手から離れていた。
「……大丈夫? 驚いたみたいだけど」
「す、すみません」
「いや、私としてはなかなか面白い反応だから構わないんだけどね。魔力がかなり減っていたみたいだから移してみたけど、どうだい?」
「え? あ、ありがとうございます……」
ああ、そうか。
殿下もかなりの魔力を持っていらっしゃる。だから分けてくださったのかな。
……でも、あれ。
ダリウス殿下は手を置くだけで魔力の譲渡ができるって言ってなかったっけ……?
「……殿下、絶対マヒルはそういうの慣れてないんですから、あんまりからかわないでやってくださいよ。一応病み上がりなんですし」
「まあね。でも、魔力は補充しておくに越したことはないだろう。足りなければ謹慎中のドイルから貰えばいいからね」
そう楽しそうに言うダリウス殿下はしばらく笑っていたけど、やがて真剣な表情に戻した。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。どうして魔物が急に王都に現れたのか、考えを聞かせてもらえるかな」
ダリウス殿下がそう話をふったところで、私たちの視線はランディさんに集まった。
皆の視線を受けたランディさんは視線をやや下げながら口を開いた。
「それほど難しい話ではありません。王都に魔物を招き入れた……転移させた人物がいるというだけのことです」
「え……?」
「それはずいぶんシンプルな原因だね」
驚く私とは対照的にダリウス殿下は落ち着き払った声だけれど、緊迫感は漂っている。ダリウス殿下は頷くことでランディさんに続きを促した。
「噴水近くに魔術陣を描いた跡が薄く残っていました。俺の使う術式とは大幅に異なりますが、同じ陣が東の平原でも見つかっているため、どこからか魔物を呼んだのでしょう。同一犯もしくは同一グループが行ったとみて間違いないかと」
そのランディさんの言葉に、私は思わず首を傾げた。
「でもグループなら、混乱に乗じて王都でもっと暴れていそうですよね。でも、実際には特に魔物以外で仕掛けられたことはなかったようですし」
しかし魔物の出現中、王都で魔物以外の混乱は特になかった。
もしもグループで何らかの目的があれば、あの時に他の混乱も発生させたかもしれないのに。
東の平原はここから距離があるものの、夜中のうちにランディさんが往復しているような距離なので、平原に魔物を出没させたのち王都に帰還し魔物を召喚することも不可能ではなく、単独犯でも両方の騒ぎを引き起こすことはできただろう。
「ああ。だからグループというのはあくまで可能性だ。ただし、相当な魔術の使い手がいるということには変わりないがな」
頷いたランディさんも可能性は示していたとはいえ、実際には単独犯を疑っているようにも聞こえる。
「マヒルが噴水の周囲で見たと言っていた人影も一人だったな」
「はい。見つかりました?」
「いや、今も探させているが、それらしい人影は見つかっていない」
「探すにしても、情報が少なすぎましたね」
暗がりに紛れていたということもあるし、もしかしたら見間違えた可能性もある。
だからあの人影が本当にいたのかも怪しくはあるのだけれど……もし見間違いではなかったら、かなりの確率で関係していることだろう。
でも間違ってたら申し訳ないな。余計な捜索をさせたってことになるもんね。
「大丈夫だよ。ほかに手掛かりがないんだ。可能性があるというだけでも、いまはありがたい」
「はい……って、また私、顔に出ていました?」
「うん、相変わらずわかりやすいね」
ダリウス殿下に指摘され、私は思わず顔を覆いたくなった。
ランディさんには呆れられたような表情を向けられているし、ギルバードさんは「それこそいつものこと過ぎるだろう」と笑っている。
「いいことだよ。マヒルの場合、別に伝わったら困るようなことを考えているわけでもないし」
「私としては全部筒抜けっていうのは恥ずかしいんですが……」
「それは些細なことだよ。ともあれ、その人間が見つからないというなら、まずは残された陣を解析するしかないかな」
私の羞恥心を軽く流したダリウス殿下は、そのままランディさんとギルバードさんを見た。視線を向けられた二人は揃って頷いた。
そして、ランディさんが口を開いた。
「陣の解析は既に始めております。ですが、時間が相当かかります。なにせ、形式だけでなく文字も見たことがない。相手もこちらには解析されないと踏んで、残したのだと思います。普通ならこんな証拠は残さない」
「豪快であっぱれな相手とでもいうべきか……。まあ、証拠を残してくれるならありがたいけれど」
「東の平原の魔物戦で、魔術師が想定以上に魔力を消費しています。ですので再襲撃の可能性を考え、定期討伐部隊には帰還指示の早馬を送りました」
率先して陣の解析を行いそうなランディさんがここに留まっているのも、その手配をしていたからか。
あ、でも魔術師の消耗が激しかったって言ってたのは、ランディさんにも当てはまるのかもしれない。
「何を見ている」
「いえ、またご無理なさってるんじゃないかと……」
「まだ余力はある。そもそも、あんなものを放っておくほうが無理だろう」
「確かに」
いや、本当に納得してもいいのかどうかわからないけれど、意味はわかる。
悠長にしていたら、自分だけではなく多くの人がどうなるのかわからない。
東の魔物がどのようなものだったのかはわからないけれど、ギルバードさんの焦っていた顔を思い出せば、普通の魔物でなかったことは明らかだ。
「念のための確認だけど、ランディはまだ自分に余力があると自覚しているんだね?」
「はい」
「なら、再びマヒルと組んで対応に当たってもらうよ。ここにいるのも、そのつもりだろう?」
ダリウス殿下のお言葉に頷くことこそしないものの、否定もしないランディさんに私は首をかしげた。そのつもりって、どういうこと?
「マヒルも協力してくれるだろう?」
「それはもちろん……ですが、むしろ邪魔になりませんか? 大丈夫ですか?」
私だって一生懸命できることはしたいと思っているけれど、思ったよりも複雑そうなのにランディさんのお手伝いなんて、できるのだろうか? なんとか魔術を使うことはできそうだけど、いまからされようとしている魔術陣の解析なんて、ランディさんでもよくわからないと言っているものを果たして初心者が理解できるのかな……?
そう思いながらランディさんとダリウス殿下を見比べていると、ダリウス殿下は苦笑なさった。
「前歴はあるじゃないか。メアリーと対峙したとき、それから今回の魔物。わかっていなくとも、何かわかるかもしれない。なにせランディに食事を摂らせるくらい奇抜な発想ができるわけだし」
「殿下」
茶目っ気を交えるダリウス殿下に、不満を隠していないランディさんの声がかかった。
しかしダリウス殿下は苦笑したものの、謝罪はしなかった。
そのかわり、私に向かって言葉を続けた。
「それに魔術師は本当に貴重なんだ。平原で消耗している現状、協力してくれるだけでありがたい」
「それはもちろん……! 私だって、ここに住んでるんですし!」
「助かるよ」
邪魔になるなら引っ込むべきだとは思うけれど、何かできるなら大人しくできないのは、もう性格であるとしかいいようがない。仕事を与えてもらえただけで万々歳だ。
「ただ、ひとつ注意してほしい。相手はマヒルのことを狙うつもりはなかっただろうけど、今後は違うかもしれない」
「どういうことですか?」
「さっきマヒルは王都の混乱に乗じて相手が仕掛けないのかと言っていたけれど、私は違う意見を持ってるよ。平原が陽動で、こちらが本命だった、と。ただ、想定外の事態になったから動けなかっただけなんじゃないかな」
「え……?」
「王都の戦力が減っているタイミングで、魔物の討伐に兵を向かわせ、さらに街や城を襲撃する。そう考えていたのではないかと思うんだよ。魔力の抵抗値が低いものが眠っていたことを考えれば、城から部隊を派遣したところで到着までにもっと街も破壊されていた。それを止めたのは、誰だい?」
「……私、ですか?」
「そう。だからマヒルは、相当相手から危険人物だと思われているかもしれない」
いや、そんなことはない……と思ったけれど、ランディさんもギルバードさんも真剣な表情で頷いた。




