第56話 王都強襲と不死の幻獣(4)
身じろぎをして寝返りをうち、枕の高さがいつもと違う……と、考えたとき私は目を見開いた。
ギルバードさんから城に行くとは聞いていたけれど、どうして私はベッドに寝ているのか。
そのあたりの記憶がまったくない。
むしろ、城に到着したときの記憶すらない。
窓から降り注ぐ光は燦々として、とっくに日が昇っていることを示している。
記憶があるのは夜だったけど……私、いったいどれだけ寝たの!?
眠る前に感じただるさは既にない。
魔力はかなり減っている気もするけど、動けないというほどのものではない。
あのだるさは何だったんだろうと考えながら起きあがって部屋を見回せば、見覚えのある医務室の奥だということが窺える。
そしてそれに気付くと同時にベッドサイドの椅子に座って腕を組んだまま眠るランディさんの姿が目に入った。
「あ……」
討伐、夜のうちに終わったのかな?
顔に跳ねた泥がそのまま乾いているランディさんは、戻ってからまだお風呂にも入っていないらしい。
でも、そんな状態でここにいるってことは……私が心配をかけたからだよね。
「……起きたか」
「って、わ! おはようございます」
じっと見ていたときに目が開かれ、私は反射的に姿勢を正した。もちろんランディさんはそんなことなんて気にしなかったけれど。
「お疲れ様でした。魔物、大丈夫でしたか」
「それはこちらのセリフだ。魔物がここに出たと聞いた。どういう状況だった」
その声は鋭く、思わず私は息を飲んだ。
けれど、ランディさんはそんな私を見て表情を歪めた。
お城に厳重な結界を張っているランディさんだ。不在時に王都に魔物が現れたなんて、考えたくもないことだろう。
「……念のために言うが、責めているわけじゃない」
「あ、はい……って、え? それは思っていないんですが、どうしてそう仰るんですか?」
「ギルバードに言われた。俺の顔がそう見えかねない、と」
予想外の言葉だったけれど、なぜそうギルバードさんが言ったのかは何となく理解できてしまった。さっきのランディさんの目つき、相当怖かったもんね。まるで悪役さながらなので、一応前もって注意してくれたのだろう。
だから私は曖昧に笑った。
一応私もランディさんの表情をそこそこ読めるようになっているので、睨んでいるんじゃなくて真剣な表情だということは理解している。
でも、今の少し居心地が悪そうな、なんとも言えない表情を見たら肩の力が抜けた気がする。
ランディさんに向かって緊張していたわけではなくても、夜のことを思い出そうとすると今更ながら気が重くなっていた。私、よくあんな中で突進していったな。
でも、結果的に魔物を倒せたんだから、今は今後の対策のためにも知っていることを早く伝えなくちゃいけないよね。
「空から雷のように、黒い影が落ちてきたんです。私はそのときお店のほうにいて、悪寒を感じて外に出たらみんなが眠ってしまっていて。メアリーのときと気配が近かったので、ランディさんがしたみたいに魔術が使えれば城からの応援が来るまで時間を稼げると思って、戦いました」
「それで……そこの鳥はどこから連れてきた」
「あ」
鳥と言われたことで、金色の小鳥を連れてきていたのだと思い出した。
小鳥は私の足元の掛布団の上で転がるように眠っていた。
それはおおよそ野生では見られないだろうリラックスっぷりだった。どちらかと言うと、飼い犬もしくは飼い猫のようにも見える。
「魔物が消滅したときに、この子が出てきたんです。……あ、ギルバードさんにも言ったんですが、魔物を倒したのに魔石が落ちなかったんです。あれは、もしかして魔物ではなかったのでしょうか」
魔物であってほしいと願っているわけではないので、魔物でなくても問題はない。
でも、あれが一体何だったのかは気にせずにはいられない。
「……以前、魔物は瘴気によって生み出されるものと魔物から生まれるものがあると言ったが、例外がある」
「例外?」
「瘴気に侵された生命体が、魔物に変異することがある。その場合は魔石が得られないこともある。俺の予想だと、王都襲来の魔物の核はその鳥だった」
その時、小鳥がピィと小さな声を上げてゆっくりと胴体を回転させて、足を布団につけて顔を上げた。そして小首をかしげている。
この鳥が、魔物だった……?
「で、でも、この子はどちらかといえば囚われているような印象を受けたんですが……」
「俺も魔物についてそこまで詳しくない。そもそも、本来魔物を倒せば核となっていた生物も死ぬ」
「え……? でも、この子は死んでいないですし……」
「ああ。だから考えられる可能性は、その鳥が幻獣である不死鳥ということだ。不死鳥が瘴気に侵されたというのなら、倒されて生まれ変わった可能性も考えられる」
真剣な声に私は流され頷きかけたけど、聞きなれない言葉が二つあった。
不死鳥? 幻獣?
「えっと、あの……不死鳥って、その、死なない鳥ですか……?」
「ああ。フェニックスとも呼ばれ、聖域に生息するとされている幻獣だ」
不死鳥と呼ばれようがフェニックスと呼ばれようが、今足元で眠っている鳥がなんだかとんでもない鳥であることには変わりがなさそうだ。たとえ多少危機感がなさそうな鳥に見えても、不死鳥……らしい。
「……正直に言うと、俺も本当にこれが幻獣なのか疑いたくはある」
「ですよね!! 可愛いですけど、幻獣か否かってそういうところで決めるものじゃないですもんね!」
「だが魔物として一度死に、再び不死鳥として生まれ変わったとするならば、魔物から不死鳥が出てきても辻褄は合う」
それは正しいと言っているより、ランディさんも否定したいけど否定できないと言っているようにも聞こえた。うん、やっぱり見えないよね……?
「だが幻獣はいずれも人の目ではほとんど見る機会が得られないほど、希少な種族だ。そもそも聖域から出ることがない――瘴気に触れる機会もないはずの幻獣が、なぜ瘴気に侵されているのかわからない」
「それも王都に現れたんですもんね」
「……王都に現れた理由はわかった」
「え、もう?」
てっきり今から調べるのだと思っていたのだが、よく考えればこの緊急事態だ。
疲れていても寝るより先に調べたり、少なくとも調査の手配をするに決まっている。
しかしそう思うと、寝ていた私が申し訳なくなる。
「でも、そういうことなら原因を排除すれば心配なくなるということですか?」
私の質問にランディさんは頷いてはくれなかった。
代わりに溜息をついて立ち上がり、入り口に向かって歩いていく。
「……ランディさん?」
「二度も説明するのは面倒だ。まずは、呼ぶ」
そう言ってドアを開けると、そこにはギルバードさんが今にもノックをしようとしている姿で立っていた。そしてその後ろには殿下もいらっしゃる。
足音も聞こえなかったのに、いつの間に。




