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第55話 王都強襲と不死の幻獣(3)

 様子を見る暇なんて、どこにもない。

 そう理解した私は再び風に願った。


 一気に魔物までの距離を詰めるだけの速度と、跳ぶ力を貸してください、と。


 再び魔物が咆哮をあげようとしたときに私は飛び出した。私に向かって吐き出された炎の玉を避け、そのまま飛び上がり魔物の頭部に自身の右手を強く押し付けた。


 それから間入れず右手に込めた力を流し込むも、魔物も暴れて私の手から逃れようとする。風壁と自分を飛ばせる力の二つを使いながら魔物を抑え込もうとしても安定しないと思った私は、魔物の背中に回り込んで乗りあげた。これで、壁と魔物を抑える二つに魔術は減らせる。


 魔物はもちろん激しく抵抗するけど、私も再度全力でしがみつき、そして自分の魔力を魔物にぶつける。


 すると一瞬、急に目の前の魔物の中に金色の鳥がいることが透けて見えた。

 しかし視界の先はすぐにただの魔物の背へと戻る。


「な……に……?」


 驚きで気が逸れかけたけれど、振り落とさんばかりに暴れる魔物を前に私は気持ちを強く持ち直し、より力を注げるよう強く意識した。今、そこに見えた小鳥が本当に魔物の中にいるのであれば、倒さなくては助けられない。


 魔物を抑えつけた手は冷たく痛い。

 そして、息が苦しくなってくる。

 しかし息が苦しくなっているのは私だけではない。

 私の力を受けている魔物もひどくもがいている。だから私の力は確かに効いているはずだ。


 けれど、おそらく魔物の力と拮抗している。

 力を込めて震える手や額から汗が流れることを感じながら、歯を食いしばった。

 もっと力を注がなければいけない。けれど、集中しすぎて風の壁を解いてしまうわけにもいかない。

 そう思ったとき、再び先ほどの小鳥が魔物の中にいるような幻影が見える。

 この魔物の中に、やっぱりいる。その鳥はひどく怯えて、震えているようだった。そして、苦しそうだ。


 それを見て、私は声を張り上げた。


「こっちにおいでっ!! 助けるから!!」


 無茶なことを言っているのはわかっている。

 こんな気配の中で怯えている小鳥に動けというのは無理な話だ。

 こんな怖いものに立ち向かえなんて、無茶な要求をしていると思う。


 呼びかけたところで小鳥が動けなくても、私は助ける。

 この街の人たちと一緒だ。

 これをどうにかしないと、街の人たちに被害が出てしまう。


 でも、苦しい状態から一秒でも早く解放するから、少しだけ協力してほしい。


「おいで!!」


 だからもう一度、そう願った時だった。

 一瞬、魔物の動きが止まった。私も思わず動きを止めたが、自分の力が抵抗なく魔物の中に流れ込んでいっていることに気が付いた。

 それは吸い取られているのではなく、求められているような力の流れ方だった。


 そして、次の瞬間魔物の中からまばゆいばかりの光があふれた。

 同時に魔物はぱらぱらと崩れ始めた……と思った瞬間、一気に砂のようになって地に落ちた。私も体勢を整えていないなかで落下したため辛うじて転倒は免れたけれど、それでも痛い。


「マヒル!!」

「ギルバードさん!? と、……騎士さんたち!」


 魔物が消えたときに解けてしまった風の壁の外側には、ギルバードさんを含め十名ほどの騎士と、その後方に杖を所持した魔術師らしき方々がいらしていた。


「お前、この状況はどういう」

「魔物らしいものがでて、それで……私倒せました!?」


 この場にはもはや魔物の気配は残っていない。でも、人ではない声が聞こえる。

 そう、鳥が囀るような……。


「そう、小鳥!!」


 私は急ぎ空を仰ぐと、そこには一羽の小鳥がゆるく旋回していた。それは、魔物の中に見えた小鳥と同じだった。

 やがてその鳥は私のもとに舞い降りた。

 ピィ、ピィと鳴いていた鳥は私が見た幻影の小鳥だった。


「えっと……きみは、あの魔物につかまっていたの?」


 鳥は返事をせず、私の肩に止まって動かなくなった。

 見えないけれど、これはもしかして寝ているのだろうか?


「……マヒル、本当に念のためだが確認させてくれ。ここには、魔物が出たんだな」

「はい。魔物を見たのは初めてですけど、たぶん魔物です」

「それでお前が倒した、と」

「倒せた……と、思います」


 最後、どうして魔物が倒せたのかはよく理解できていない。

 加えて魔物だと戦闘中には思ったもののーー。


「倒したとは思うんですが、魔物の核が残らなかったんです。逃げられてはいないと思うんですけど……」


 魔物を倒せば核が落ちると聞いているが、いま倒した魔物は塵となり、核はひとつも落とさなかった。

 もしかして塵に核が混ざっているのかと私が塵に触れると、きらきらと輝きだしてそのまま空気に溶けていった。

 え、溶けるの!?


「……なんとなく、察した」

「ギルバードさん?」

「ひとまず城に来てくれ。説明することはするし、聞きたいこともある。立てるか?」

「あ、はい」


 しかし立ち上がろうとするとひどい立ちくらみを覚えた。

 頭もどこかうまく回らない気がしている。

 異世界移転をした時でさえこんな感覚になったことはないけれど、もしかして、これが魔力の消費過多の症状なのかな?

 体内に魔力はまだ残っている感じはあるから、たぶん一気に使い過ぎただけだと思うんだけど……。


「おい」

「すみません、ちょっとだけ待ってください」


 少しの嘔吐感を抑えながらうずくまり、荒くなりそうになる呼吸を整えていると、ギルバードさんもひざを突いた。


「仕方ない、我慢しろよ」

「え?」


 何を我慢するのかと問い返そうとしたとき、背中に手が回っていた……と思えば、次の瞬間には横抱きにされていた。


「近っ!?」

「そこまで露骨に嫌がるなよ」

「いやいやいや、歩けますって!」


 嫌がっているのではなく冗談抜きに恥ずかしいし、大げさだし、私それなりに体重ありますからね!?


「ギルバードさんぎっくり腰になりますよ!?」

「なるようならやってないっていうか鼓膜破れるからやめてくれ」


 ギルバードさんは溜息をつきながらそう言った。

 抱き抱えられたときに私の肩に乗っていた小鳥は一度離れたけれど、今度は私のお腹に乗っていた。なんか、ずいぶん懐いてくれたみたいだけど……!


「ヴァンス隊長、その方は……」

「あー、こいつはランディのところの見習い魔術師だ。とりあえず、内密にしておいてくれ」


 ギルバードさんの返事に一緒にいた方々から、感嘆符が漏れたけど……それ、どういう意味だろう。質問前までは若干引きつっていたけれど、今は何だか尊敬のまなざしに近いものを感じる。


「とりあえず俺はこいつを連れて先に戻る。ここの指揮はイクスに任せる。被害状況と周囲の確認を任せる」


 周囲で気を失っていた人たちも少しずつ起き上がり始めるのに目配せしながら、ギルバードさんは仲間の方々にそう言っていた。


 皆の意識が戻るようでよかった。

 これで酒場にいた皆も、目が覚めてるよね……?


 酒場はここからは見えないけれど、私はそちらの方角を見た。声だけでも聞こえてこないかな。

 そう思ったとき、その先に動く人影が見えた。この周囲で倒れていた人たちはまだゆっくりと感覚を確かめるような動きしかできていないのに、まるで闇に溶けるかのように俊敏な動きをする影だった。

 目を凝らすものの、すでに消えた人影は見当たらない。


「どうした?」

「いえ……」


 見間違いだったのかもしれない。

 けれど、シルエットは髪の長い女性で長いスカートに見えた。


「無関係かもしれません。でも、あちらに気になる人影がありました。女性らしきシルエットです。それ以上はわかりません」

「……スピア、聞こえたな。任せる」


 そう言ってギルバードさんは歩き始めた。


「……ああ、そういえばひとつマヒルに謝ることがある」

「ど、どのような……?」

「馬が怯えて走らせることができず、到着が遅れた」

「……でも、お城から来られたことを考えたら馬でもこれくらいの時間、かかりましたよね?」

「ああ。だから、アリシア様のお忍び道をダリウス殿下に開いてもらった。店、勝手に入ったぞ。……足跡がたくさんあるが、許せ」

「気にしませんよ。お掃除を手伝ってくださったら」

「まあ、それは手伝うよ」


 緊急事態だし、結果的に魔物を倒したけれど、応援がなければどうにもならない状況に陥った可能性も高い。


「眠そうだな」

「そう……ですか?」

「落とさないから眠いなら寝ておけ」


 とは言われても、こんな状況は眠ることは難しい……と思ってけれど、段々不思議とまぶたが重たくなってきた。


 あ、でも寝る前にこの小鳥のことも考えなくちゃ。

 懐いてはくれているけど鳥の飼い方なんて知らないし、餌も何がいいのかわからない。

 果物を用意すればひとまずご飯は大丈夫なのかな……?


「あー……勝手に突っ走る奴があるかって一発拳骨でも見舞おうかと思ったけど、さすがにこの状況じゃなぁ」


 そんな呟きが聞こえてきたので、私は心の中で小鳥に『後回しにするけどゴメン!』と謝り、忍び寄る睡魔に身を任せることにした。


 そして起きたときには一度先走って申し訳ないと謝ろうと心に決めた。

 拳骨怖い。

 心配されてるのはわかるけれど、やっぱり痛いのは嫌だもの。



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