第54話 王都強襲と不死の幻獣(2)
私は入り口近くで倒れる人の側でひざを折り、肩を揺すって強く呼びかけた。
「大丈夫ですか!? どうしましたか!?」
そして反応がない相手の首筋に指を当てた。
「……呼吸はあるし、脈は平常。意識を失っているだけ……というより、眠らされている……?」
返事はないが、外傷も見当たらない。
そうなれば、思い当たるのは魔術という存在だ。
先ほど感じた風も本当は風ではなく魔術としての何かであったなら、木の葉が落下していなくてもあり得ることだと感じた。
いまの私は、魔力を封じられている。だから本来は魔力を感じることができないはずだ。
けれどその状態でも感じずにはいられないほどの魔力が、広がっているのだ。
この先には必ず何かがいる。
それは分かるが、どうすればいいのだろうか? 安全な防御結界が張られている屋敷にまで戻るか?
――いや、それはない。
「魔術なら、私も使えるじゃない」
そう自分に言い聞かせながら、私は手を強く握った。今、感じる空気はあの時のメアリーのものに近い気がする。
それならランディさんがメアリーに対して放った魔術を間近で見ていたではないか。
そして、ランディさんが使った魔力自体を持っていたのは私だったではないか。
無鉄砲だという思いもある。
けれど少なくとも先ほどの風が私に効いていない分、勝機はあると思う。
それに今の風が本当に魔力だったとすれば、きっと城に現在残っている魔術師や騎士、兵士たちも異変に気付いて来てくれるはずだ。
だからそれまでに広場にある『なにか』がより大きな被害を与えないように、時間を稼げば――いや、稼がなければいけない。
だって、ランディさんが帰ってくる場所を守るって、ギルバードさんと約束したじゃない。
こんなことが起こるのは想定外だったけれど、やることが変わるわけじゃない。
「『なにか』が移動する前に早く行かないと、守れなくなる」
そう思った私は立ち上がり、まっすぐ広場まで走った。
そしてたどり着いた広場の噴水の前では、黒い霧が塊となってそこに留まっていた。
禍々しいと、思わず息を飲み込んでしまう。
メアリーのときの空気と同種だけれど、濃度がまったく違う。もっと禍々しくて、冷たくて、鋭い。
「そして……これは鳥さんの魔物っていうところかな。猛禽類と言うにも大きすぎる気がするけど」
見たことはなかったけれど、これが魔物というものなのだろう。
頬に冷汗が伝うが、後には引けない。
広場の付近にあるベンチにも倒れている人たちがいる。おそらく酒場で倒れている人と同じ状況なのだろう。
意を決した私は右耳のイヤリングをとった。
ランディさん、ごめんなさい。
防御結界外ですが、緊急事態なので魔術を使います。
イヤリングを外すと今まで私の中で滞っていた魔力が全身を巡るように動き出す。
同時に今まで以上に魔物らしき相手から感じる力は大きくなる。
相手の魔力を感じるにも自分の魔力が必要なんだな、と、どこか冷静に考える。
「……しかしどうにかするにしても、このままだとこの魔物が暴れて危険よね」
まずは被害の拡大を防がなければならない。
私は両手を組み、強く願った。
ランディさんのように結界を張る方法は知らない。
けれど風を強く巻き起こせば周囲と空間を遮断できると思う。
外では火の魔術以外は勝手に使うなとは言われていたけれど、こんなイレギュラー中のイレギュラー、しかも人が見ていない場合は例外だと主張できると思う。イヤリングを外したことと合わせて二倍怒られるのは覚悟の上だ。
だから、私は強く願った。
「お願い、風の力を貸して!!」
その途端、強烈な風が巻き起こり、私と魔物を囲みこんだ。
これでこの場で戦ったとしても、周囲の人々に及ぼす影響は軽減できると思う。
噴水がテリトリーの内部に残ってしまったので多少影響は出るかもしれないが、この程度はご愛敬だ。修理代が払えるか心配だけど、それを考えるのは後回しだ。勝たないと、その心配をする意味もない。
幸いにも体内の魔力は全快だったので、この力を使ってもほとんど消費した気はしない。
うん、大丈夫。
私は改めて魔物を見据えた。
「何をしに来たのかは知らないけれど、ランディさんたちは今、皆の暮らしを守るためにお出かけ中なの。そんな人たちが守ろうとしている場所で暴れるなんて見過ごすわけにはいかないの」
そう相手に告げる間にも、私は自分の中で暖かい不思議な力が徐々に自分の中心から強く生み出され始めたことを感じた。
これはメアリーの時にランディさんに使ってもらった魔力と同じだ。これを魔物にぶつければいい。ランディさんはたしかメアリーの頭部を掴んでいたよね。
魔物の頭部の高さはそれなりで、普通に近づいても届かない。そもそも相手が鳥なのだから、飛んでしまう可能性もある。
もっとも、頭以外でもたぶん大丈夫だとは思うんだけど……。
でも、こうして大きな風の魔術を使ってみてわかったことがある。これ、火や氷より私にしっくり来ている。壁も思った以上にしっかりしているし、うまく魔術を使えば高く飛び上がることだって、飛ぶことだってできるかもしれない。
そう考えていたとき、魔物は長い雄叫びを上げた。
私は思わず顔を歪めた。
そして鳴き声が止んだ直後、魔物は私に向かって巨大な炎の玉を吐き出した。
ただしそれは非常に大きな動作だったので軌道が予測でき、私でも容易に避けられた。
私が避けた炎の玉は地面に当たり、派手な音を響かせ、地面を抉って路面の石を飛び散らせた。噴水にあった女神像の顔にもひびが入っていたけれど、私の頬にもかすった石があったのか痛みが感じられる。
「……これ、長期戦はできないよね」




