第53話 王都強襲と不死の幻獣(1)
私はランディさんたちを見送った後、お店に戻ってお弁当の仕込みを行った。
その後お屋敷に戻ったものの、やっぱり落ち着かない。あまりに落ち着きがなかったせいか、体調を悪くしていると勘違いしたイリナさんにゆっくりお風呂に入るように強く勧められた。
……私、どれほど落ち着いていないんだろう。
イリナさんたちにはランディさんの出陣は伝えていない。
というのも、いまの状況がどういうふうに城下町に伝わっているのかわからなかったからだ。
私が聞いているので完全な部外秘ではないのかもしれないけれど、そもそも私自身の出自が部外秘みたいなものなので聞いたという可能性もある。
現場も街から遠いと言っていたし、不安をあおるようなことをすれば混乱の原因になる可能性がある。
私もここで待つように言われたくらいだから、魔物がこちらに来るということはないのだろう。
「……って、こんなことばっかり考えてるから落ち着かないのかな」
今日は早く寝て、明日の仕事に備えよう。
しかしそう思って、ふと気が付いた。
「お店の鍵、閉めた……よね?」
改めて考えてみても閉めたような気はする。
けれど、断言できるだけの自信がない。
街の治安が悪いわけではないけれど、だからといって鍵をかけないのはよろしくない。
食べ物を扱っているだけに、不審者を侵入させるわけにもいかない。
そう思った私は転移陣でランディさんの執務室を経由してお店に向かった。
お店の中は暗いので、私は灯りを手にゆっくりと店内を進む。鎧板状の木製シャッターが下りている販売窓口の隣にある出入り口を開けようとするも、しっかりと鍵は閉まっていた。
「よかった、気にし過ぎだったかな」
安心した私はそのまま帰ってもよかったけれど、ふとスイさんが言っていた『夜の街』の言葉を思い出した。そして少しだけ外を見てみたいと思い、開錠し、扉を開けて外に出た。
外には少し距離を置きながら並ぶ街灯と、家々から零れる橙色のふわりとした光が道を照らしていた。ここは中央通りではないので、夜はシャッターを下ろしているお店も少なくはない。
けれどところどころはまだ営業を続けているお店もあり、人通りもそれなりだ。酒場からは時折笑い声も聞こえてくる。
その風景はきらきらというより暖かで落ち着く空間で、まるで幸せな風景を切り取った一枚の絵画のようだ。
「一回落ち着いたら、外食してみませんかって誘ってみようかな」
ランディさんのことだから最初は嫌がるかもしれないけれど、ギルバードさんとともに連行したらなんとかなるかもしれないかな。
私のご飯を気に入ってくれているのはとても嬉しいのだけれど、いろんなものから選ぶっていうことにも挑戦してもらいたいし。
あとはお酒。
私も飲んでみたいけど、一人じゃあんまり楽しく飲めないんだよね。マイクさんたちはなぜか私がお酒に弱そうだと断定しているので晩酌に混ぜて欲しいと言ってもお酒はダメって言われるし。
もしランディさんがお酒が苦手でも、ギルバードさんはたぶん飲みそうな気がする。
飲めなくても一緒にご飯を食べる人数が多ければ、それで楽しいし……スイさんも呼んでみてもいいかもしれないな。あ、でもその前に焼肉パーティーもしないと。
――なんてのんびり考えていると、急に背中に悪寒が走った。
それは決して風が吹き抜けたからとか、そういうものではない。
街の様子は先ほどと変わりがないはずなのに、ぞわぞわと鳥肌も立つ。
おかしいと思い空を仰いでも、星々が輝くばかりで、平穏そうだ。
「……魔物は街から遠いって言っていたはず」
けれど動悸もするし、嫌な予感がしてたまらない。
そう思っていた時だった。
突然空に靄が広がりはじめ、星々を隠し始めた。
突然の異変に驚いていると、空から一筋の黒い影が勢いよく、路地の先にある広場に向かって伸びてきた。そしてそれが地面についた瞬間、強く黒い風がその場所から吹き付けた。
私は思わず目元を腕で庇い、一瞬で風がやんだことを知るとゆっくりと腕を下ろした。
驚くほどの風の強さに反して路地には木の葉一枚落ちておらず、風が吹いた痕跡はなにもなかった。
「どういうこと……?」
しかし、違和感はそれだけではない。
落ち着こうとすれば、先ほどまで聞こえていた騒めきが聞こえない。
私は駆け出して、開いている店に駆け込んだ。
店の中では皆、意識を失っていた。




