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第52話 招かれざる客の足音(下)

 ギルバードさんの言葉にランディさんは眉を寄せた。


「東……? 瘴気溜まりの報告もない場所だぞ」

「ああ、だが、そういう状況なんだ。騎士団にも召集がかけられたが、ウルラ山へ魔物の定期討伐に出ている時期で人員が少ない。向かえる人数が限られている」


 ギルバードさんの言葉を聞きながら、ランディさんは立ち上がって上着を今着ているものからコートラックにかけられていたものに替えた。

 新しい上着は黒が基調のローブで、袖口に金の刺繍が施され、背中には大きく騎士団の紋章が描かれている。


 ランディさんは普段は使わない、机に立てかけている杖を手に取った。

 そしてその杖でトンと一度床を叩いた。


 その瞬間、空気は何も動いていないのに緊張した風のようなものが通り抜けた気がした。


「部隊はこれで招集した。すぐに出陣する。魔物の動きについて報告は」

「まだ闇雲に進んでいるだけで、街に向かう様子は報告されていない。だが、あの付近を根城にされると非常に危険だ」

「わかった。ひとまず隊をまとめてくる。お前もあとで来い」


 淡々と最低限のやり取りを行い、ランディさんは部屋を出ようとした。

 しかし、そこで振り向いた。


「明日の昼までには戻る」

「あ、はい」


 てっきりギルバードさんに確認事項が残っていたのかと思った私は、自分のほうに話が振られたことに驚いた。

 反射的に返事をしたものの、ここはどういう言葉を伝えればいいのだろうか。


「あの……気を付けてくださいね」


 ほかにもなにか言うべきことはあったのではないか。危険な場所に行くことを私よりも理解している人にかける言葉としてはいささか不格好だったのではないだろうか。

 そうは思うけれど、より適切な言葉が私には思いつかなかった。


 私も手伝えますか、なんて言えない空気だ。

 魔物に対峙したことなんてないどころか戦闘らしい戦闘経験のない私が、こんなに慌ただしく準備される状況で邪魔になることは見えている。


「問題ない、倒すだけだ」


 そうして、ランディさんは部屋から出ていった。いつもより機敏な動作とは対照的に、その声色はまるで少し買い物に出かけるとでも言うような平然としたものだった。


「悪いな、そういうことだからランディ借りていく」

「いえ……お仕事、お疲れ様です」


 私も、何かできるようにやっぱり魔術を教われるようランディさんに申し出てみよう。力が付きすぎたら怖いと思ったときもあるけれど、こういう時に本当なら使えるかもしれない力を持っているのにただ待つのはやっぱり性には合わない。


「そんなに申し訳なさそうな顔をするな。これ、一応俺らも自分で選んだ仕事なんだからな」

「『そんな顔』って言われる顔、してました?」

「ああ。だいたいランディなんて危険だなんて思ってないぞ。人に任せたほうがよっぽどやばい状況になるって思ってるに違いない」


 冗談めかしにギルバードさんはそう言って笑った。


「それに、そもそもマヒルはすでに役に立っているからな。ちゃんとランディの帰る場所、飯を作って守ってやっといてくれな」


 そうして、「さて、俺も行くか」とギルバードさんも部屋を出て行った。

 正直、そんなことを言われても待っているのは性分じゃない。

 性分じゃないけれど、今できるのは確かにそれだけだ。


「……それじゃあ、明日のランディさんのご飯は気合を入れたオムライスにしましょうか」


 誰もいなくなった場所で私は小さく呟いた。

 唐揚げと迷っていたお弁当は、どちらでも作れるように二日分の材料を揃えている。

 ランディさんは両方食べてくれるけど、一番最初に食べてくれたオムライスのほうがどちらかといえば好き……なようだと勝手に思っている。

 無傷で平然と帰ってきてくれますようにと私は願いながら、食器を片付けて屋敷に戻った。




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