第51話 招かれざる客の足音(上)
あの後、約束通りスイさんはお医者さんに見てもらったけれど、結論としては特に悪いことはなさそうだ、ということになった。
強いて言うなら、スイさんが言っていたとおり寝不足なのではないかということらしいので、睡眠をしっかりとるように指示されていた。
ただ、心配だったので私はスイさんを宿まで送った後、今日はしっかり眠ってくださいとお願いした。
……でも、大丈夫っていってたスイさんがちゃんと聞いてくれるか心配だな。
ちょっとだけ心配で確認しに行きたいけれど、寝ているところを訪ねたら邪魔になるだろうし……。
「――ということがあって、今もすごくうずうずしているんですけど、明日も一緒にお昼を食べるお約束をしたから大丈夫ですよね? 一応、宿屋の方には外出する様子があったら止めてもらうようにお願いしたんですけど……」
「なにが『ということ』かはよくわからんが、そこまでしておいて外出したなら自己責任だ。相手がいい大人なら自分で判断できるだろう」
私はランディさんの夕食を運んだ時に、今日の出来事をお話しした。
今日の夕食はホットサンドで、ひき肉をコンソメとケチャップで味付けたものをパンに挟んだ。
これ、とっても美味しいんだけど温かいうちに食べなきゃいけないから今の販売スタイルだと売るのが難しいんだよね。簡単に作れる美味しさはぜひ大勢の人と共有したいけど、どうすればいいかなぁ。
もう少しお店に慣れたら、受注してから作ることもできるかもしれないけど……そのためには従業員を雇わないと厳しいかな。それだと、まだまだできるのは先のことかな。
ランディさんは最近は特に忙しいようで、夕食時までに屋敷に戻ることは不可能そうだ。
だから屋敷に戻るかどうかも聞いていない。その雰囲気から察するに、たぶんメアリーの一件に関する事柄のせいだろう。解析がどうというお話も前に聞いたし。
それでも一応夜は帰宅してから眠るようになったので、生活改善は進んでいると思う。
徹夜も一日二日じゃなくて、終わるまでってなったら大変なことになるもんね。
その帰宅時間も深夜未明と言うわけではなく、だいたい私が寝る前だ。
その理由は……主にホットミルクだと思う。
一度たまたま淹れたときに帰ってきたので味見をしてもらったら、数日後『今日は牛乳を飲んでいないのか』と尋ねられ、以降どことなく欲しそうにしているように見えるので、私が寝るまでに帰って来られた折には淹れている。
またもや甘味で釣ってしまったような気がするけれど、もっと暑くなったらホットミルクって飲まないよね……?
夏でも飲むなら淹れるけど、夏は不要でも今のうちに帰宅して就寝するというパターンが定着してほしいと切に思う。
「行った診療所はどこだ」
「時計台の側のところです。高齢で泣き黒子のあるお医者さんがいらっしゃいました」
「その医者は元々王国軍に在籍していた。事故で左足が不自由になり退役したが、腕が衰えたわけではないうえ魔術の心得もある。病以外にも呪いを受けているようであれば違和感は覚えるはずだ」
その言葉に私は思わず目を瞬かせた。
「どうした」
「えっと、その……呪いという言葉は想定外でしたので」
あのお医者さんが元軍医だったということにも驚きだし、呪いが存在することを前提に話をされたのも驚きだ。
呪いの存在自体はメアリーの禍々しい魔力を見たことがあるのでなんとなくわかるが、皆が行く診療所の医師までそれを見抜く技量が必要なくらい、よくあることなの……?
「……軍医には必須だが、町医者は皆ができるわけではない。できるに越したことはないが、呪術が禁術であることやまず魔術師にしか扱えないことを考えれば、一般人に呪いがかけられるケースなど考えにくい。あとは呪われることに心当たりがある者は自ら魔術を行使できる医者に出向く」
「えっと、つまりスイさんはすごい人に見てもらったから心配ないということですよね?」
異世界の常識を頭の中で整理しながら恐る恐る尋ねた私にランディさんは頷いた。
よかった。そういうことなら私の懸念は無用だったんだ。スイさんはゆっくりとした休養をとってくださりさえすれば、体調不良も治るのだろう。
「ただ、絶対安心だとも言えない。何事も想定外のことは起こりうる。医療の分野はわからんが、不安なら魔術の分野なら俺が見てもいい。それでも絶対ではないが」
「あ、ありがとうございます……! それでしたら明日、よければお昼にご一緒していただけませんか? 昼食も、そちらに用意しますから」
新しいお店でここから転移陣でつながっているなら、一瞬で到着できる。
ここ二日はお店の開店前にご飯を届けていたけれど、一緒に食べれるなら一緒に食べたほうが楽しそうだし、反応も見てみたい。
しかし私の提案にランディさんは何ともいえない表情を浮かべた。
「……その旅行客はお前の知り合いだろう。なんで俺が一緒に飯を食うんだ」
「え、初対面でも一緒にご飯食べちゃダメって決まりはないですよ?」
「必要性がわからん」
「もしかして、恥ずかしかったりします?」
ランディさんの社交性の低さは知っている。それでも診てくれると言ってくれたのだから一緒にご飯くらいは……とも思ったけれど、必要性以前にやっぱり嫌かな。
「……別に恥ずかしくはない」
「本当ですか?」
「疑問はあるが問題はない」
ランディさんはそう言い切って、残りのホットサンドも食べきった。
……もしかして、恥ずかしがってると思われるのは嫌だったのだろうか?
そんなことを思いながらも私もホットサンドを食べ終えたとき慌ただしい足音が近づいてきた。
その足音は部屋の前まで来たと思うと、ドアがノックされることなく大きな音を立てて開かれた。
現れたギルバードさんは息を切らせていた。
「大丈夫ですか、ギルバードさん。すごい汗ですよ」
「ああ、それよりランディ。仕事だ」
私がこんなに焦る様子のギルバードさんを見るのは初めてだ。
ランディさんの眉が寄った。
「何の仕事だ」
「東の平原に大型種の魔物が大量に出現した。陛下より紅狼将軍に特務隊の魔術師を率いて現場へ赴けとの命が下った。行けるか?」
緊迫した声で聞き逃しそうになったが、今、ギルバードさんはランディさんに『将軍』と言った。ごく自然に将軍、と。
以前、ランディさんの身分が高いとは聞いたけれど、ランディさん将軍だったんですか!? などと聞く余裕はない。聞きたかったが、今は決してそんな空気ではなかった。




