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第49話 お弁当屋さん、新装開店!

 そして不安と期待を抱きながらのオープンは、大盛況だった。


 購入してもらう前に見本のお弁当を見せたら、皆「また面白いものを作ってるな」と興味深げに見てくれたし、揚げたてコロッケも期待以上に好評で完売した。


 オープンをお祝いしてイクスさんをはじめとした常連さんたちからは花籠や美味しそうな紅茶や果物といったお祝いの品もたくさんいただいてしまった。みんな優しくてありがたい。


 もちろん祝いの品だけではなく、「待ってたよ」とか「長い里帰りだったなぁ」とか、いろいろなお声かけをしていただけるのも嬉しかった。

 そして、私は里帰りをしていたということを初めて知った。

 いや、一切間違いではないのだけれど。

 たぶんギルバードさんがうまく情報を流してくれていたのかな?


 今日は初日なのでまだ店内飲食はスタートさせていないけれど、給水サービスは開始した。容器の持参で無料給水可能という宣伝とともに水筒を販売していると、いくつかそれも購入してもらうことができた。


 ただし水筒の販売は力を入れているわけではなく、もし『忘れたけど水筒もちょうどないし、買いたいなぁ』と思ったお客さんがいたら買ってもらったらいいかな、くらいののんびり加減で販売している。


 開店前にはアリシア様もいらしてくださって、七百ジィタを支払ってくださった。一番乗りのお客さんは私ね、と、嬉しそうにしてくださる様子に私も嬉しくなった。


 そしてお昼時が終わったころ『本日完売御礼』の札を販売窓口に置いて、私も自分のお弁当を食べることにした。


 ちなみにこの札を書いてくださったのはランディさんだ。

 私はまだこちらの文字を書くのが難しいのでお願いしたら、壮絶に嫌そうな顔をしながらも書いてくださった。


 こちらの文字の綺麗な文字と残念な文字というものの違いはわからないけれど、何度も書き直しをしてくださっていたご様子から、どうもランディさんはあまり字を書くのが得意なほうではないと知った。……もっとも、最初に出会った時の雰囲気を思い出せばあの環境でものすごく綺麗な字を書いていたほうが不思議なんだけど。読めればいいだろうという雰囲気、ありありと出ていたもんね。


 ということで、私も本日の昼食タイム。

 見本品を食べたら買い物に出かけて、それから明日の準備でもしようかなと考えていると、ふと販売口にお客さんがやってきたような気配を感じた。

 けれど、そちらを振り向けば単に人が通り過ぎようとしただけだった……と、思った瞬間、その人影が消えた。


 いや、それが単に通り過ぎただけならいい。

 けれど、前に進んだのではなく、まるでその場に崩れ落ちたような……?


「って、ちょ、大丈夫ですか!?」


 表に駆け出した私は、そこで両手をついて身体を支えている黒髪の女性を見つけた。

 女性は苦しそうに両手を地について身体を支えていた。


「少し、立ちくらみがして……でも大丈夫です」


 女性はそういったけれど、長い黒髪から覗く顔は心なしか青白い。


「あの、ここ私のお店なんですけど、少しお休みになられます?」

「でも……」

「お水もありますし、落ち着くまで、ね? そんなに立派な休憩場所ではないんですが……立てますか?」


 若干押しが強いかなと思ったけれど、このまま放っておくのは不安すぎる。

 お昼の混雑時は過ぎたとはいえ、この先の大通りはもっと混んでくる。

 立ち眩みをしたなら、もっとしんどくなるかもしれない。もしそちらに行かないとしても、逆に人通りがない場所で倒れてしまっても心配だ。

 私は女性の身体を支えながら立ち上がり、お店の中に連れて入った。


 店内といえどもカウンターではゆっくり落ち着けないと思い、奥にある二部屋のうち転移陣のない休憩部屋まで進む。

 ここはアリシア様がいらっしゃった折の休憩室も兼ねようと考えていたため、狭いながらもソファとローテーブルを用意している。少し休む程度なら充分だ。


 私は女性をソファに座らせた。


 ここで気が付いたけれど……この女性、ものすごく美人だ。

 ほとんど露出がない、きっちりとした衣服なのに色気が感じられる気がする。それでいて雰囲気は儚げで……なんていうか、とても不思議な方だと思う。

 年の頃は私より少し上で二十台の半ばくらいかな?


「……御迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」

「いえ、困ったときはお互い様ですよ。それより、お水持ってきますね」


 そう言って、私が立ち上がった時だった。

 くうう、と、控えめながらも非常に高らかに主張するお腹の音が聞こえてきた。

 そしてそれは私から響いた音ではない。


「……お腹、すいてます?」

「いえ、その……」

「うち、ご飯を売ってるところなんですよ。私もちょうど今からお昼を食べるところなんで、一緒にどうですか?」


 もしかしたら立ちくらみではなく、空腹……なんてことはさすがにないか。

 でも、お腹も空いているなら何か入れたほうがいいかもしれないし、空腹も体調不良の一因ではあるかもしれない。


 女性は困ったように視線をさまよわせていたけれど、最後は申し訳なさそうに頷いた。


「じゃあ、すぐに用意してきますね」


 そして私はちらし寿司を取りに調理場に戻った。

 私には小腹が空いたときに食べる用のパンがあるので、ちらし寿司はあの女性に譲ろう。私のおかずには、お弁当を詰める際に余った食材を小皿に乗せれば充分だし。

 あの方にはさっぱりしたご飯のほうが食べやすいよね?


「お待たせしました。どうぞ」


 あらかじめふたをとった状態で女性の前に差し出せば、女性は目を丸くしていた。


「これ、とても美味しそうです」

「よかった。これはちらし寿司って言うんです」


 そう私が答えた瞬間、再び女性のお腹の音が響いた。


「お水もどうぞ」


 女性が気まずくなる前にと思い、私はお水とスプーンを女性のほうに差し出した。

 女性はじっとお弁当箱の中を見ていた。まじまじと観察している。


「どうぞ召し上がってください」


 そう私が言うや否や、女性はスプーンを手に取り口元に勢いよくご飯を運んだ。

 それは体調が悪かった人だとは思えないほどだった。


「美味しいです。見た目もすごくきれいなのに、それ以上。思ったよりずっとさっぱりしたお米なんですね」

「レモン汁を使ったので、その関係ですね」

「レモン汁ですか。今日みたいに少し暑い日にもとてもよさそうですね」

「朝夕まだ少し冷えますけど、昼間は暑いですもんね。あとは白ワインのビネガーを使うレシピも、いずれ作ってみたいなと思ってるので、その時は是非食べ比べてみてください」


 私がそう言うと、女性は嬉しそうに笑った。


「申し遅れました。私は、スイと申します」

「私は真昼です」

「マヒルさん……? このあたりでは珍しいお名前ですよね? もしかして、外国のお生まれでしょうか? この寿司というのも、民族料理の一つですよね」

「え、お寿司をご存じなんですか!?」


 ちらし寿司ではなく、寿司単体で言われたことに私も驚いた。


 だって、ほかのお寿司なんてこの王都にはない。

 ちらし寿司をちらしと寿司にわけるのは、ハンバーグという単語をハンとバーグにわけてしまうくらい不思議なことだと思う。


 けれど私の勢いは前のめりすぎたようで、スイさんが少しびっくりしてしまっていた。

 しかし、それでもスイさんは答えてくれた。


「え、ええ。行商人に聞いたことがあるだけで、私は詳しくないのですが……その仲間ですよね?」

「あ……そうですか」


 残念、もしも詳しく聞けるなら、大豆味噌や醤油も手に入るかもしれないと思ったんだけどな。


 大豆味噌や醤油は、やろうと思えば一度日本に戻ったときにこちらに持ち込むこともできた。それでもそうしなかったのは、継続的にそれを利用するとなれば使い切った後の代用品に困るからだ。


 なにせ、業務用。

 けっこうなスピードでなくなるんだよね。


 ゼラチンは持ち込んだけど、あれはお弁当用ではなく、あくまでランディさんに食べてもらおうと思ったからだ。

 アリシア様のときに使ったのも、継続的な提供を前提にしていたわけではない。

 結果的にアリシア様が大量生産の準備に入ってくださったお陰で、今後は遠慮なく使うことができるようになるのは嬉しい誤算だ。


 私は地産地消が絶対と考えているわけではないのだけれど、作りたいなと思ってもらったときに、できれば手に入る材料で作れたらなぁ、と思っている。


 だから、もしもお醤油やお味噌が比較的簡単に手に入るなら、ぜひとも入手方法を知りたいと思っただけに、落胆もある。

 しかしこの世界にも『お寿司』があるのなら、いずれ手に入れることは叶うかもしれない。貴重な情報を得たと思えば、落ち込んでもいられない。


 けれど、そこではっと気が付いた。


「そういえば、スイさんもこのあたりでは珍しいお名前ですよね?」


 もしもこの辺りの人でないなら、その商人も王都周辺の商人ではなかったのかな。

 そう思って尋ねると、スイさんは笑っていた。


「はい、とても遠いところから来ました」

「観光ですか?」

「ええ、そんなところで、王都には今日来ました。でも、街の様子が想像とまったく違っていたり、まさかここでエビも食べることができるなんて思っていなかったので驚きました。干しエビ以外はもっと海に行かなければいけないものだと思っていたのに」

「エビ、お好きですか?」

「はい。美味しいです」


 それならよかった、と、私は安堵した。

 近くで頻繁に利用してくださるお客様にも、遠くから来た一期一会のお客様にも喜んでもらえるなら、それに越したことはない。


「ところでスイさん、お宿はどちらですか?」


 また倒れてしまったら大変だし、ここはできれば送ってあげたい

 しかしスイさんは口籠った。


「いえ、実は……まだまったく決めていなくて」

「じゃあ、私も一緒に探しますよ。常連さんから安くて安心なお宿の話を聞いたことがあるんです」

「ですが、そこまでお手間をお掛けするわけには」

「私も買い出しにいきますし、ついでですよ」


 まさかこんなところで常連さんから聞いた『奥さんと喧嘩したときにこっそり泊まっている宿』のお話が役に立つとは思っていなかったけれど……世の中、本当に何がつながるのかわかったもんじゃないな。


「では……よろしくお願いします」

「喜んで。そうだ、もしよければ、明日のお弁当にはエビにパン粉をまぶして揚げたものを用意するので、よかったらまた来てください。私もこの辺りで同年代の友達がいないので、いろいろお話を聞いてみたいです」


 あとは言えないけれど、一人旅のスイさんの体調が明日ちゃんとよくなっているのか確認したい。

 何かがあってもだれも気付けなかったら大変だ。それにスイさんの綺麗な黒髪は日本にいるときみたいでなんだか楽しい。この国にもいないわけじゃないけれど、黒髪って少ないんだよね。

 なぜか旅先で出会った故郷の人みたいな感覚にもなる。


「……では、明日のお昼ごろ、お邪魔させていただきますね」

「ありがとうございます」

「お礼を言うのは私のほうですよ、マヒルさん。今から明日も楽しみです」


 嬉しい言葉に私の心は躍った。

 これは明日も見目と味の両方で嬉しいって思ってもらえるお弁当を作らなきゃ。


 スイさんの王都での楽しい思い出を増やすお手伝いもできるなんて、お弁当屋さんはやっぱり素敵な職業だなぁと思ってしまった。


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