第4話 進捗は順調らしい
しかしよくよく考えれば、一日一食ってあんまり体調によくないよね。
でもそれをギルバードさんに言えば「一日に三回も強制的に食わせたら俺が氷漬けにされる」と言っていたので、ペースアップは一旦保留だ。
そして、その日から私は『よそ見していても食べれる食事』をランディさんのために作った。
といっても『よそ見しながら食べれるもの』の縛りを受けているとパンかおにぎりがメインになってくる。
たとえばコーンを混ぜて握ったおにぎりに様々な葉物野菜を巻いてみたり、からあげパンの要領でハムとチーズを巻いた一口パン、カスタードを練りこんだミニローフ……といった具合で、毎日色々考えた。
ハンバーガーも考えたんだけど、見ないで食べるとなるとなかなか食べることがむずかしいので断念した。ただ、せっかく思いついたからということで通常サイズで白身魚のフライとタルタルソースを合わせたものとハンバーグの二種類をセットにしてお弁当として売りだしたら大変な評価が得られたので大満足だ。
マヨネーズ、大正義。
そしてタルタルソースは一般的でないので、とっても驚かれたらしい。
ちなみに、マヨネーズはアズトロクロア王国にも似たものは存在していた。
でも、ちょっとゆるめなんだよね、ここの標準マヨネーズ。さらっとしたドレッシングみたいな状態で、私が思っているものと味も少し違っている。だから私は頑張って作っている。
もっとも、買おうっておもってもあんまり売ってないんだけどね。
この世界、ハンドミキサーがないから作るのも結構大変だ。ちなみに新鮮な卵はお爺さんとお婆さんが飼ってる鶏から頂戴しています。ありがとう。あ、ちゃんと代金は支払っているからね!
そして私は自然にマヨネーズを作っているんだけど、日本に住んでいたら普通は家でマヨネーズなんて作らないから、作ったことのある人なんて少数派だと思うんだ。だって、すぐに買えるし。
でも、我が家では小さい頃からマヨネーズを作るお手伝いを頻繁に行って育ってきた。
小さい頃は疑問を持っていたけど、ニンニクを入れたりはちみつを入れたり、色んなアレンジをしたいマヨラーな両親だからなんだとそのうち納得していたんだけど……よくよく思い出せば、両親は『どんな世界でもこれはきっと便利』っていってた気がする。
それは海外のことか、とか思っていたけど……今考えれば、この異世界のことだったのかもしれない。
そもそも海外でもマヨネーズって買えるよね。
ありがとう、物凄く役に立っています。
と、話は逸れたけど、とりあえずそんな感じで毎日作っているものを、お弁当を買いに来るギルバードさんが持って帰ってくれる。ギルバードさんは相変わらずお弁当を二個買ってくれている。
どうやら、ギルバードさんに頼んでいる別の人も、私のお弁当を気に入ってくれてるみたい。お客さんがどんな人なのかは気になるので一度くらい顔を見に来てくれないかなぁとも思うけど、ギルバードさんいわく、なかなか外に出れない人らしい。残念。
でも、忙しくてもちゃちゃっと食べれるっていうのがお弁当の強みでもある。
そういう人の役に立ってるってなるとやっぱり嬉しい。
「今日の日替わりはメンチカツで、ランディさんへのお弁当はロールサンドです」
「メンチカツ? ロールサンド?」
「フフフ、味は食べてからのお楽しみです」
ふたつとも首を傾げるギルバードさんに、私はにやりと笑って見せた。
タマネギをたーっぷり入れたメンチカツは他のひとたちも初めてたべたときにちょっと驚いたみたいだったんだよね。ハンバーグを揚げてるのか! って。
私にとっては全然違う食べ物だけど、親近感を持ってもらえたならなによりだ。あと、元祖メンチカツって売り文句もできるから、日本食ありがとうって心から叫んでしまう。いや、元祖もなにも、真似するところがでてくるっていうのもわからないんだけど。
もっとも私はお弁当だから毎日作っているわけではないし、おいしいものが普及してくれたらそれはそれで嬉しいことでもあるので、私は私でもっと味を向上させることに努めるだけなんだけどね。あと元祖の看板でアドバンテージを掲げるんだけどね。もちろん作り方は企業秘密を継続だけど!
そしてロールサンドは一口で食べれるよう、パンを渦巻き状に巻いてピックで刺している。今日の中身はハムと葉物野菜だ。普通のサンドイッチより、こっちのほうがよそ見していても食べやすいかなーっておもったんだけど……どうだろう。
「マヒルがそうして堂々としているなら、よほど美味しいものがでてくるんだろうなって思ってしまうな」
「お口に合うかわかりませんけど、私が好きな味ではありますよ」
「そりゃ楽しみだ」
けれどギルバードさんはいつもと違って、何か言いたそうで、言わないような雰囲気を続けていた。どうしたんだろう。いつもならすぐに何でも言ってる感じの人なのに。
「なあ、マヒル」
「はい?」
「一旦、ランディへの特別メニュー、打ち止めないか」
その言葉に私は衝撃を受けた。
「え、なにかマズイことしてました……!?」
「あ、いや、マヒルの料理が悪いっていうわけじゃないんだ、決して!! むしろいい効果が出てきてるからだな」
「どういうことです?」
いい効果が出てきている――それなら、なぜ打ち止めなのか。
むしろここから畳みかけたい。そう思ってると、ギルバードさんは腕を組み、うんうんと唸りだした。
「どう説明するか……その、ランディは最近、俺が脅しを入れなくても、マヒルの飯を持って行ったら食うんだよ」
「え!? 前進してたんですね!!」
「ああ。でも、だからこそだ。一日一回とはいえ当たり前のように当たり前の時間に飯を食う。それができるようになってきたからこそ、一回試したいんだ。ながら飯じゃなくて、飯に向き合うことができるかどうかを」
たしかに今はひたすら何かをしながら食べているという状態だからレパートリーは狭いし、なにより食材にも制限がある。魔力を食べて過ごすことができる人っていう前提があるから、栄養も無視でひたすら食べやすい形態のものを作っていた。
「なるほど、ですね。たしかに、大事ですが……」
けれど、もしもギルバードさんの言う通りであったとしても、これで再びランディさんが食事を必要ないものとして認識してしまったらどうしようという怖さもある。
それに、ギルバードさんが言った通りいまは一日一食。
もともとギルバードさんが一日二回以上ランディさんに脅しをかけたら切れられるっていう話でこのペースだけど、慣れてきたなら一日二回でもいいと思う。
でも……。
「不服そうだな」
「不服というか、不安というか……」
「でも、届けないからな」
そう言い切られてしまえば、食い下がることもできないではないか。
「まぁ、そんな顔はするなって。俺もそもそも明日から二日ほど留守にするから、どっちにしても買いに来れないんだ」
「あ……そうなんですか」
ならば配達、と言いたいところだけど、場所は城内。
ギルバードさんが届けないと言っている以上、私がお城に入る許可は出ないと思う。
「まぁ、二日後面白い結果を持ってきてやるから楽しみにしていなよ」
「……」
不安で不安で仕方がない。
だいたい最初にこれならいけるかもってお弁当を買っていってくれたギルバードさんの作戦は、見事に失敗したという前歴があるではないか。
「しかし、俺が言うのもなんだがマヒルもマメだよな。こんな面倒な客の相手をするなんて……もしかして、惚れたのか?」
「え? 誰が誰にです?」
「お前がランディにだよ」
でも、そんなことを言われても状況は飲み込めない。
え、私がランディさん? いや、ないでしょ。
だけどよくよく考えてみたら、確かによく素性も知らない相手に、いくらお弁当屋さんのプライドがあるとかいっても、ちょっと熱心に見えすぎるのかもしれない。ただ、ギルバードさんの邪推はまったく当てはまらない。
「それは絶対にないですね。だって……」
「だって?」
「一目惚れしようにも顔は見えなかったし、そもそも空気を食べるような人なら食生活が合わなさそうですから」
それに、もしも現段階で私がランディさんに惚れてるとしたら一目惚れ以外ありえないだろう。でも、それこそ不可能だ。ギルバードさんにも言った通り顔が見えなかったし、おどろおどろしい空気と書類が積み重なっていただけだもの。ないない。ありえない。
まあ、あの姿を見たからこそおせっかいな心がうずいたのは否定できないんだけど、それはギルバードさんが今ランディさんに構っているのと似たような、世話焼きというおせっかいな心だ。帰る手がかりを探してっていうことは知らずとも、そのような場面がなかったことはわかるだろうに。
だけど、私の答えを聞いたギルバードさんは盛大に噴き出していた。
別に面白いことを言ったつもりなんて微塵もないんだけど……なんなんだろう、この人。
どうして笑われているかわからない状態は、決して心地いいものではない。だから、私も少し意地悪をすることにした。
「ギルバードさんがいらっしゃらないなら、明日はタルタルフィッシュバーガーの日にします」
「え、ちょっと、それはひどいんじゃないか!?」
ひどいのは一体どちらか。
そう私が言うのを堪えてそっぽを向くと、ギルバードさんは必死に謝ってきた。よほど、あれが好きらしい。
まあ、これだけ謝られたら私も意地悪はこれくらいにして、三日後のお弁当にタルタルフィッシュバーガーをつくろうかなと思ってしまった。
でも、それは当日までは内緒だけどね。
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