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第48話 妹想いのお兄ちゃん


 それから数日が経ち、開店準備はだいたい終わった。

 ただし、一番重要で一番頭を悩ませている初日のメニューはまだ決めかねていた。


 うーん、どうするべきか。やっぱり初日は特別な献立で迎えたいよね?


 新装開店のお話はギルバードさんを通じてイクスさんやスピアさんに伝わり、さらにそこから別の常連さんたちにも話は広がったと聞いている。

 長い間お休みしたせいで実際にどれくらい人が来てくれるか予想することができずにドキドキしているけれど、せめて当日は晴れたら嬉しいと思う。だって、ハレの日だし。


「お祝いといえば……ちらし寿司弁当なんてどうだろう?」


 具材によっては保冷剤が必要になるかもしれないけれど、それはたぶん魔石で代用できると思う。

 前にランディさんが作ってくださった魔石がちょうどいい冷たさだったから、真似をすればなんとかなるよね。短時間の保冷だし、そんなに大きな魔石を使わなくてもなんとかなると思うし、ランディさんが協力してくださったと言えばギルバードさんたちも誤魔化せる。ほかの常連さんたちには開店祝いで偉い人に協力してもらったと言えばきっと大丈夫。


 とはいえ、伝統的なちらし寿司を作るには材料に不安がある。


 いかんせん、日本食の材料が見事に揃っておりません……!!


 けれど諦めるのはまだ早い。

 純和風のちらし寿司が難しいなら、洋風のちらし寿司を試作してみようと思う。


 お酢の代わりに使うのはレモン汁。

 そこに塩と砂糖を加え、白米に切るように混ぜいれてすし飯を作る。レモン汁をつかったすし飯はサラダみたいにさっぱりとした風味になる。

 出来上がったすし飯を冷ました後は、お弁当箱に詰め込む作業。

 彩りを考え、葉物野菜を端に置いたあと、ご飯を順次入れていく。

 そのあとは錦糸卵にアスパラガス、スモークサーモンや茹でたエビを乗せていく。うん、ちらし寿司っぽくなってきたかな? 一番端に置いたシーチキンマヨネーズは、カジキをニンニクとオリーブオイルで低温で煮た後、そのまま浸けおいていた一品だ。アクセントになるいい味に仕上がったと思う。


 ちなみにこれはお弁当以外でも、ランディさんの夕飯のおにぎりの具として大活躍しているし、お屋敷の中ではマークさんやイリナさんの晩酌のお供としても活躍している。シーチキンマヨネーズ、美味しいよね。


「付け合わせはイカの香草パン粉焼きとミートボール、それから鶏ハムで完成っと」


 お弁当は自体は相変わらず一種類だけれど、持ち運ばずに販売できる分、用意できる数は前より多い。

 だから前より余裕をもった数で用意しようと思うんだけど……ちゃんと完売できるかな?

 もし売り切れなかったら晩御飯にしたらいいけれど、余り過ぎても困るしな……。


 そんなことを考えながら仕上げたお弁当の試作品を見て、私は満足して頷いた。

 完成だ。

 新装開店を祝ういい仕上がりになったのではないか。

 なかなかの出来に安堵した私は、調理場の端のほうに移動した。

 お弁当のメインが決まったなら、次に動作確認をしておきたいものがある。


「これこそホットプレート作りの副産物……」


 いや、むしろ、副産物という扱いではとどまらないかもしれない。


「まさかフライヤーができるとは思わなかった」


 そうして、私はスイッチを入れた。

 揚げ物をするのにフライヤーが便利なことは知っていたけれど、まさか自分が使う日がくるとは……しかもそれが異世界での出来事になるなんて思わなかった。


 このフライヤーは日本にあるフライヤーと同じく、最初は徐々に温度を上げ、その後希望する温度で保つという優れものだ。

 違うと言えば、動力源が魔石であることと、温度管理がデジタル表示ではなくダイヤル式となっていることくらいだ。


 実はこのフライヤーだけではなく、ここの調理台はすべて魔石コンロ仕様に変更した。

 一定の温度にできるのは煮込み料理をするときなどにはとても便利だ。

 魔石に魔力を込めることで修行にもなるかもしれないし、魔石に熱を込める程度だと思った以上に私の魔力は消費しない。半日も経たずに全回復してしまうほどだ。これなら無駄遣いには該当しないと思う。


 そして、私はこのキッチン……特にフライヤーを利用して、掲げてみようとおもう看板があった。それは、『揚げたてコロッケあります』だ。

 学生時代の学校帰り、安価で食べれるお肉屋さんのコロッケにはお世話になったんだよね。

 私もお世話になったから、ここの人たちにも受け入れてもらえると嬉しいな。


 そうしていると、お店の奥の部屋から魔力の反応があった。

 お店には奥に二つ部屋があり、その片方の部屋に転移陣が描かれランディさんの執務室とつながっている。

 ここだけは厳重な防御結界が施されているんだけれど、たぶんそれが作動した。

 ランディさんが来たのかな? と思ったけれど、そこから顔を出したのはダリウス殿下だった。


「やあ、準備は順調かい?」

「あ、はい! それより殿下、どうなさいましたか?」

「時間があったから、ちょっと休憩がてらに見に来たんだ。面白そうな店になりそうだね」


 そうして、ダリウス殿下は室内を見回された。


「たぶん、アリシアもけっこうな頻度で遊びにくると思うよ。困ったことがあったら言ってね」

「それはむしろ歓迎ですが……侍女の件はお断りくださってありがとうございます」

「ああ。あれね。たぶん言うことになると思ってたけど、本当に言ってきたからちょっとだけ笑いそうになったよ。加えて希望理由は『面白そうだから』だったからね」


 ……世の中、面白そうという理由で侍女になるよう希望される人ってどれくらいいるんだろう?


「ホットプレートも完成したんだっけ。店が落ち着いたくらいにヤキニクパーティーが開催されるのを楽しみにしているよ。開店祝いとして肉は私が手配するよ」

「ありがとうございます」


 ダリウス殿下が用意してくださるなら、お肉が途中で足りなくなるかもっていう心配もいらなさそうだな。

 なんて思ったけれど、よくよく考えると凄く高級なお肉がまたやってくるのかもしれない。そうなったら、私、遠慮なく食べられるのだろうか?

 いや、ランディさんやギルバードさんはまったく気にせずパクパク食べると思うんだけれど。


「あ、あとアリシアは一応私にお忍びは隠して行っているつもりらしい。ばれてもいいって思ってるみたいだけど、一応隠してるらしいからその体で対応してやって」

「はい?」

「まあ、私も外に出ていたからね。アリシアを止めるにも、理由が弱い」

「そうですか」


 お忍びって、そんなに軽いものでいいのかな……?

 私にはわからないんだけど、ダリウス殿下がいいとおっしゃっているのだから構わないのだろうけど……。


「それにあれの能力の性質上、気晴らしは大事なことだ。街中なら気も休まる」


 そう言ったダリウス殿下は、やっぱりお兄さんなんだなぁと思った。


「ただ、できれば今に限っては自重して欲しいと伝えている。メアリーの件で、ドイルが狙われたなら次はアリシアが狙われる可能性があるからね。外出を控えるよう告げた理由としては政務上の関係としか伝えていないけれど」


 そう仰ったのを聞き、私は目を瞬かせた。

 今、メアリーの名前が出てくるとは思わなかった。


「どういうことですか?」

「メアリーはドイルの魔力をもとにマヒルを呼んだことは忘れてないだろう? つまり、魔力の代価があれば再び召喚は可能だろう。しかしドイルに匹敵する魔力量を保有するものとなると、かなり数は限られる。護衛がいるのにそれを撒いてのお忍びを考えるアリシアは、戦闘訓練は受けていない。けれど、魔力の高さだけなら私を凌ぐほどだよ」


 その言葉に私は思わず目を瞬かせた。


「どうしたんだい?」

「いえ、アリシア様の魔力がそれほど高いとは知らなかったので……。もちろん、王家の方は魔力が高いのは知っていたんですけれど……その、まだかなりお年がお若いですし」


 しかし思い返せばランディさんと同じく魔力で食事を摂らずに過ごしていたほどだし、大人ではないとはいえ、常人ならざる力を備えていても不思議ではない。でも、それがダリウス殿下を上回るというのは予想外だった。


「ああ、まだ見目も幼いから、あんまりそうは見えないよね」


 ダリウス殿下は面白そうに笑った。


「アリシアの魔力の高さはランディに匹敵するのではないかと言われている。使いこなすかどうかは別の話になるんだけれど、お陰でアリシアのほうが次期君主にふさわしいと騒ぐ者もいるよ。私は揉め事を起こさないよう、その提案をねじ伏せるだけの能力と実績が必要になっている」


 この国の王位継承は長子優先だと聞いている。

 だからよほど合理的な理由がない限り、議論になることもないはずだ。

 けれど不穏な動きがあるのであれば、貴族社会の問題もあるのかもしれない。アリシア様自身、自分に近づいてくる輩がいるとは仰っていた。


「……それではダリウス殿下はアリシア様に妙な不安を抱かせないため、余計に気合を入れていらっしゃるというところでしょうか?」

「おや、私自身の保身のためかもしれないよ?」

「思いませんよ。ご自身の行動を振り返ってください。立派なお兄ちゃんじゃないですか」


 一体何を言っていらっしゃるのかと肩をすくめて見せれば、ダリウス殿下は笑っていらっしゃった。


「私に『お兄ちゃん』なんて言った人は初めてだよ」

「……そういえば、普通は『お兄様』ですね」


 ちょっと言葉の選択を間違えたかと私はダリウス殿下から目を逸らしたけれど、楽しそうになさっているなら結果オーライだ。なんの問題もない。

 それよりも、気になるといえばアリシア様のほうだ。


「でも、アリシアにもどうにか気分転換はさせてやりたいけどね」

「……あの、殿下。このお店はアリシア様の持ち物でもありますし、すぐに退避経路もあります。ですので、もし気分転換が必要でしたら遠慮なくお越しくださいとお伝えください。事前にお聞きしていれば、お菓子くらいはご用意させていただきますから」


 いや、でもお弁当屋さんをしているわけだし、お弁当を食べていただくほうがいいのかな……?

 それに準備のせいで、まだわたあめの作成も進んでいなかったな。アリシア様は、くびを長くされてお待ちくださっているだろうか……?


「ありがとう」


 何が最良のおもてなしか悩む私に、ダリウス殿下は静かに仰ってくださった。


「店もいいスタートを切れるといいね」

「はい! あ、ひとつ試作品ができたんですが……召し上がりますか? コロッケも揚げますよ!」


 そして私はダリウス殿下にお弁当を差し出した。

 どうか、皆がお弁当を喜んでくれますように!


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