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第47話 理由は、『それが似合うと思ったから』


 こうして、私はお弁当屋さん用の店舗を手に入れた! ということになったのだけれど、その場所は思った以上に都合がいい場所だった。

 アリシア様がお忍びの際に休憩するという目的で購入されたというだけあって、街の中心部に近く、今までお弁当を販売していた場所にも近い。


 建物自体は細長く奥行きがあるという印象だ。


 出入口の横にある大きな窓は、お弁当の受け渡しがスムーズにできるように改装してくださったようである。お持ち帰りに特化したお店をするにあたってはとてもありがたい構造だ。

 そして何より、厨房も業務用に特化していて使い心地がよさそうだった。


 もともとこの建物ではカウンターのみの飲食店が経営されていたようで、狭いながらも店内でも食べる場所は少しある。

 もしもここで食べて帰りたいという意見も多いようなら、この場所を解放してもいいかもしれない。お水のサービスくらいならできるし。


「……というか、お持ち帰り用のお水も用意してもいいかもしれないかな。ご飯を食べるのに水分はあったほうがいいし、水筒を持ってきてもらうか、水筒を買ってもらえば無料ってことにしてもいいし……」


 幸い魔術で綺麗な水はいくらでも作れる。


 井戸から水を運んでこなくても、開店前にサーバーに溜めておけば充分だろう。

 荷物が多くなると不都合が生じる移動販売ではできなかったことが、店舗を構えることで可能になるというのはなんとも嬉しいことでもある。


 こうして出店準備を進める間に、私の魔力も回復してきた。

 今なら世界を渡れるくらいの魔力もあるだろう。


 そのためランディさんからも無事お弁当屋さん再開の許可は下りた。

 ただ、止める理由がないといったランディさんの表情は渋かったのだけれども。


 そしてもうすぐやってくる営業再開日を楽しみにしながら、私は今日の昼食を作った。


 今日の昼食はコロッケだ。


 これは今度のお弁当のメニューの試作品でもあるので、いろいろな種類を試してみた。

 まずはスタンダードな牛肉コロッケ。使ったお肉はミンチ肉とすじ肉の二種類で、すじ肉は味をよく染み込ませたものを細かく刻んだ。

 お次はチーズコロッケで、牛肉コロッケの中央部に一口大のチーズを埋め込んでいる。

 そして三種類目はカワガニというこの世界ではポピュラーなカニのクリームコロッケだ。


 ただしクリームコロッケは私の一番のお気に入りではあるけれど、おそらくお弁当として作るには私の速度が追い付かないので、当分の間は実際に販売することはないと思う。


 でも、好きなんだから作れるときは作りたいし、ランディさんもいろんなものを食べることに挑戦するべきだと思う。だから、今日は作ってみた。


 とはいえ、ランディさんの食欲を考えたら全部食べるのは難しいかな。

 バーベキューのときはものすごく食べていたけれど、あれほど食べたことって後にも先にもないし……と思っていたけれど、ランディさんはコロッケを各一個ずつ食べたうえ、リンゴとニンジンと干しブドウのサラダとアスパラのベーコン巻きも綺麗に食べきってくださっていた。


 ……前より胃袋大きくなったのかな?


 だって、たとえコロッケや付け合わせを気に入ってくれていても、お腹がいっぱいだと食べられないよね?


「何を笑っているんだ」

「人間、日々進歩だと思いまして」


 私の言葉にランディさんはやや何か言いたそうにしていたけれど、特に何も言わなかった。

 そして私のその感動が薄れない間にランディさんは食事を完食していた。

 『ごちそうさま』の言葉にももはや慣れていらっしゃる。


「……おい」

「どうしました?」

「これを渡しておく」


 ランディさんから渡されたのは真紅の石と透明な石がついたイヤリングだった。

 シンプルでピアスのようにも見える。一つだけということは、片耳用なのかな? こっちの世界で耳飾りをしている人って、左右対称の人と非対称の人は半々くらいだもんね。


「これはお前のものだ」

「え?」


 当然のようにランディさんは言っているけれど、その言葉をすぐには理解できなかった。


「空耳……?」

「どう聞こえたんだ」

「いや、だって……私のって聞こえたんですけど」


 高そうな宝石に見えますよ、これ!!

 いや、宝石といえば今もお借りしている青い指輪もそうなんだけど、これはあくまで借用品だ。私のものではない。


 しかし私の反応に、ランディさんは短い言葉で返答した。


「やる」


 聞き間違いではございませんでした……!!


「なんでですか!?」

「それはお前の魔力を封じるイヤリングだ。転移陣等の鍵の役割も担っている」

「え?」


 いまランディさんから借りっぱなしになっている指輪を含め、カギとなる魔石がついている装飾品があるのは覚えている。けれど、私の魔力を封じるって、どんなメリットがあるんだろう?


「メアリーの件、犯人がまだ判明していないのは伝えたな」

「はい、それは聞きました」


 日本に戻る前にもわかっていなかったけれど、こちらに戻ってきてからもまだ黒幕の存在が確認できていないのはランディさんとギルバードさんから聞いた。

 ギルバードさんいわく気掛かりなところを少し深めに調べているとのことだったはず。

 頷いた私に、ランディさんは言葉を続けた。


「お前の魔力は異質だ。相手が相当な手練れであれば、お前を一目見て異世界の者だと察知する可能性がある。『聖女』を何の目的で呼ぼうとしたのかわかっていない上、何をしでかしてくるかもわからない」


 つまり、このイヤリングは防犯グッズなのか。


 安全にお弁当売りができるように手配してもらえたことはありがたい。

 ただ、素直にこのまま受け取るにも少し気持ちが引っかかる。


「あの、でも、私は『餌』の役割が終わったとお聞きしてないのですが……」


 終わったも何も、途中で帰らされてしまったといえばそれまでだ。

 でも、こちらの世界に戻ってきたのは召喚の黒幕を探すためでもある。

 私の魔力を隠すことで犯人と繋がる可能性を遠ざける恐れもあるのではないだろうか……?


「私の魔力はメアリーの魔力と対照的な雰囲気でしたよね? でしたら、隠すことで余計に繋がりがなくなる恐れはありませんか?」

「ダリウス殿下にもお伝えしている。殿下もお前の力が希少なものであるなら、危険は避けさせたいとお考えだ。お前も油断するな。用心は必須だ」

「……方法はともかく、この世界になかった召喚術の理論を導き出した方ですもんね」


 考えただけで顔が歪みそうになるけれど、それでも普通の人が思いつかないことをした人だ。倫理観を無視してくるだけに、質が悪い。


「難航しているのは、何もメアリーの口が堅いからというだけじゃない。メアリー自身にかかっている魔術がなかなかややこしい」

「メアリーに魔術がかかっていたのですか?」

「ああ。記憶があいまいであることや、本人はまじめに話していても支離滅裂になることがある。……もともとと言えばもともとかもしれないが」


 しかし、考えてみれば不思議ではない。


 禁忌とされている術を何の保険もなく教えるのはリスクが高い。

 信頼関係もしくは計画的な打算があれば……とも思わなくはないが、自分が世界の中心だと考えていたメアリーとの間にそれを見出すのは難しかったことだろう。


「おそらく召喚術の仕組みを教える際に魔術的な契約を行ったのだろう。無理矢理解くこともおそらくできるが、下手をして殺してしまえば手掛かりが消える。解析さえ終わればどうにかできるだろうが、複雑で時間がかかっている」


 時間がかかっているとはいえ、どうにでもするつもりなのがやっぱりすごいな。

 しかし、だからこそ今は下手に接触してほしくないのかもしれない。

 そもそも以前にランディさんは私がおとり役をすることを嫌がっていた。

 最終的にダリウス殿下のお言葉で同意はしてくれたけど、納得したわけじゃない。だから若干の後ろめたさはいまだある。あれも、心配してくださっていたからなんだし……。


「……時期が来たら応援要請は依頼する。ただ、今は頼むべきことがない。強いて言うなら、魔力を乱用しないようにということくらいか」

「はい、それは安心してください。回復はしていますので」

「イヤリングをつけている間は魔力の回復も制限される。屋敷にいるときは外しておけ。身に付けていなければ魔力の制限は発動しないが、所持していれば鍵としての役割は果たす。転移陣には使える」


 淡々と進む説明に、私は頷いた。

 この後役割が待っているなら、待機も大事なことだ。

 だからイヤリングのことも用途については納得したけれど……逆に言えば、納得したのは用途だけだ。貰うということには納得していない。だって、やっぱりこのイヤリングは高そうなんだもの!!


 作戦の一環として必要なものと言えばそうかもしれないけれど、私が安全な生活を送るためであるというなら、本来私が買うべきものだと思う。


「何つまらんことを考えている」

「つまらないことじゃないですよ、ただ、高価そうなアクセサリーなのでお支払いしたほうがいいかなと思って……」


 イヤリングの石はもとより、よくよく見れば台座も細かい。本当に、いくらするんだろう。

 しかし私の提案にランディさんは眉をひそめた。


「つまらんことを考えるな。価値など俺もしらん」

「え」

「似合うように作らせただけだ。気にするなら開店祝いだと受け取ればいい」


 さらりと言われて、言葉に詰まる。


「それより指輪を返せ」

「あ、はい」


 うまく反応できないまま反射的に指輪をお返しすると、ランディさんはそれをそのまま自分の指にはめようとした。

 しかし、それはほとんど指を通らないままつっかえてしまった。

 そりゃ、私のサイズに魔術で直してくれてたまんまだもんね。


「お前の指は細かったんだな」

「そりゃ、ランディさんよりは……」


 あまりに驚いたように言ったうえ、確認するかのように数度指を通そうと試すものだから、その子供っぽいしぐさに私は思わず吹き出したくなるのをぐっと堪えた。

 指輪を小さくしてくれたのはランディさんだし、それ以前に体格が違うし男女差もあるのだから何ら不思議なことはないはずなんだけど……さっき魔術のことに関しては『どうとでもなる』って自信満々だったのに、こういうことには本当に疎いというか、気にしてないというか、なんというか。


 元のサイズに戻しながら自分の指に指輪をあてがうランディさんを見て、私は軽く息をついた。


 本来私が買うべきものと言う認識がなくなったわけではないけれど、これがどれほどの価値なのかというのもランディさんが教えてくれなければわからない。

 価値を知らないといったランディさんが本当にどれくらい費用がかかったのか知らないわけではないはずだけど、なんとなくそういうものにランディさんが興味がないのはわかった。

 それなら、お代はランディさんがより喜ぶものにしたほうがいいかもしれない。


「本当は指輪にしようかと思ったが、料理をするときには邪魔だと聞いたことがある」

「えっと、おばあ様からですか?」

「ああ」


 確かに衛生上あまりよくないので今も調理時は指輪を外すようにはしているけれど、お店はお屋敷と違って特殊な防衛対策がされていないので、あまり外すのもよくないだろう。

 それを考えると、イヤリングの形はとても助かる。


「指輪のほうが都合がいいなら変更するが」

「そんな、とんでもない! このイヤリングも可愛いですし、指輪をいただくとなれば別の意味っていう風にも思っちゃいますし」

「別の意味? お前の世界では装飾品ごとに何か意味合いがあるのか?」

「あ、いえ。お気になさらず……!!」


 改めて聞かれても、まさか婚約指輪や結婚指輪など、婚姻に関する時にも使われていますなんてどの口が言えようか。

 もちろんそれ以外にもお気に入りのものを身に付けるというのは重々理解しているが、異性からの贈り物だと認識したときにそれを連想してしまうのは日本人として仕方がないことだと思う。


「それより、夕飯のあとのデザートはどうしますか? ほら、今日はいろいろ果物も手に入ったんですけど」

「あからさまに話題を逸らそうとするな」

「え、じゃあいらないんですか?」

「……」

「うそです、そんな不服そうにしないでください。今から夕飯と一緒に用意してきますから待っていてください」


 よし、ひとまず話題を逸らして逃走することには成功だ。

 そう思いながら私はもらったばかりのイヤリングを右耳につけた。

 あまり装飾品はつけないほうなので、イヤリングもほぼ付けたことがないのだけれど、不思議としっくり来た気がした。


「よし、もう一回気合を入れ直しますか!」


 そう言ったとき、私は自分の顔がにやけているなと感じてしまった。


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