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第46話 そのスケールも、感謝のしるし

 そして、アリシア様に雲のプレゼンを行ってからひと月後。

 私の前には疲れ切った表情を浮かべるランディさんがいた。


「……お疲れのようですし、甘いものを用意しましょうか?」

「静かな環境ならばそれもいい。だが、どうしてこうなった」


 そうしてランディさんが視線を向けた先には、椅子に腰かけ優雅にお茶を飲んでいるアリシア様がいた。ただしこの場所は優雅さとはかけ離れた、本が積み重ねられ、どちらかといえば散らかっているランディさんの執務室なので、どうにもミスマッチな光景ではある。


 アリシア様はランディさんの視線など気にする素振りはない。

 だからこそだろうか、ランディさんは堂々と嫌そうな表情を浮かべている。


「王女殿下に菓子を献上したことは聞いている。だが、どうしてここに王女殿下がいらっしゃる」

「あら、それは私がマヒルに会いたいからよ。問題あるかしら?」


 先ほどまでは我関せずといった様子だったアリシア様の返答に、ランディさんは長い溜息をついた。しかし、あくまでアリシア様のほうを向こうとはしなかった。


 あの、ランディさん。その方、ダリウス殿下の妹姫様ってご存じですよね? 言っていますよね? それなのに、その態度で……むしろ苛立ちを隠さなくて大丈夫なんですか……?


 ただ、アリシア様はランディさんに対して気に留める様子はなかった。

 前は一緒にしないでと仰っていたのに、案外楽しげだ。


「相当偏屈な魔術師だとは耳にしていたし、実際見てそう思ったし、その通りの失礼さの塊みたいなところもあるけど、悪くない人ね。私もまだまだ私見が狭かったのだと思い知らされるわ」


 私見がどうこうという話を十歳の女の子からされるのは不思議な気もするけれど、アリシア様はランディさんのことを失礼と言いながらも楽しそうなのでこれはこれでよいのだろう。


「アリシア様。何をからかうつもりで仰っているのかは存じ上げませんが、殿下がここにいらしてることで連日殿下の護衛の方々からこちらに苦情が来ております」

「ならば私の護衛をあなたに代えてもらおうかしら? お兄様にお願いするのもやぶさかではなくてよ。実力なら問題はないでしょう」


 確かにランディさんは相当強いので、その点についてはまったく問題ないと思う。

 ただし性格的には決して護衛が務まるようには見えないのだけれど……。


「でも残念なことに、さすがに魔術師を統括する者を私専属の護衛にはできないでしょうね。できるならお兄様がしているでしょうし」

「え? ……ランディさんって、どういう立場なんですか?」

「え、って……まさか、あなた知らなかったの?」


 私のほうを見たアリシア様は驚いていた。

 けれど、それは私だって驚きだ。


「……肩書などどうでもいい。俺は俺がやることをするだけだ」

「そのやることが肩書により変わることはご存じかしら? まあ、そのあたりはお父様やお兄様とお話することでしょうし、私が諫める部分ではないわね」


 さらっと流されていくランディさんの肩書だけれどランディさんは言いたくなさそうだし、アリシア様はどこか面白がっていらっしゃるので教えてくださる雰囲気ではない。

 もっともランディさんの役職を知ったところで私がどうこうすることもないだろうから、別に今日知らなくてはいけないとも思っていない。……とりあえずものすごく偉い地位なのはなんとなく分かったけれど、聞いたところで反応に困りそうだし。


「そんなことよりも、私はマヒルにお土産を持って来たのよ」

「お土産ですか?」

「そうよ。これ」


 そうしてアリシア様が差し出されたのは、紙の束だ。

 私はその束の一番上を一枚手にとった。


「これは……お店の平面図、でしょうか?」

「あたりだけどハズレね。プレゼントは見取り図じゃなくて、そのお店よ。ちょっと狭いんだけど、なかなかいい場所にあるお店でしょう?」

「え? ええええええ!?」


 なんだかとんでもない報酬が聞こえた気がするけど、気のせいだよね……!?


「お兄様から聞いたのよ。マヒルはオベントウという食事を路地で売っているのでしょう?」

「ええ、今はちょっとお休みしていますけどもうそろそろ再開できたらいいなあ、と思うんですが……でもお店はちょっと!! プレゼントで気軽に頂くものじゃないですよね!!」


 聞き間違いじゃなかったうえ、なんだかとんでもないプレゼントを提案されてる!

 これがロイヤルなジョークの可能性もあるけれど、ジョークでこんな平面図を用意してくるとも思い難い……!

 そして得意げなアリシア様の表情も決してこれが冗談だと言っていない。


「私だって報酬を渡さなければいけないわ。だって、あなたのおかげで遠くない将来、この国で食用ゼラチンが流通するわ。だから先払いの報酬にはなるけれど、私はこのお礼より多くの利益を享受することになるもの。金銭的にも、実食の意味でもね」

「あの、その……私、実物をお渡ししただけですし……」


 アリシア様とお話したあと、私はアリシア様の求めに応じてギモーヴの作り方をお伝えした。そしてその過程で食用ゼラチンのこともお話しした結果、アリシア様はより広くお菓子を作るためにこの世界でも食用ゼラチンを作り出す決意をしてくださった。

 だから見本として私は自分が持っているゼラチンのうち一袋分の五グラムだけお譲りしたんだけど……私も私でアリシア様が作ってくれたらそれを使わせてもらえるだけでありがたいので、過剰なお礼は申し訳がない。

 しかしアリシア様は撤回を申し出るどころか、ますます得意げな様子をお見せになった。


「遠慮をすることはないわ。それに、私も休憩所として使う目的で、その建物自体はもともと購入していたの。ただ、使っていなかっただけで」

「……休憩所?」

「ええ。私も街に出るでしょう? でも、ゆっくり休めるところも必要でしょう?」


 出るでしょう? と言われても、同意していいものなのかわからない。それって、堂々と私に言っていいのかな? お忍びって隠れて行うイメージがあるんだけど……これは一応ダリウス殿下にも報告しておいたほうがいいのかな。


「お伝えしなくても大丈夫よ。だって、お兄様も私くらいの年齢の時にはすでに街を散策なさっていたもの」

「え? 私、口に出してました?」

「表情からそう思っただけよ。……最初は聞こえなくて戸惑ったけど、あなた、聞こえなくてもわかりやすいわ」


 けろっとした表情で仰るアリシア様は、憑き物が落ちたかのように見える。

 やっぱり年の差を考えたらそう思われることに少し『もうちょっと気を引き締めよう』と思うけれど、こんなちょっとしたことでもアリシア様の転機になってくれたのなら、悪いことじゃない。

 それに日本でいえば小学生相当の年齢だといっても、アリシア様はダリウス殿下の妹君だ。ダリウス殿下が十歳の時に小学生らしい振る舞いをなさっていたとは思わないので、私がわかりやすいのではなくてこのごきょうだいが凄いという可能性も高いわけだし。


 私はそういう風に自分を納得させたけれど、このやりとりを見たランディさんはそれで納得するわけがない。だって、彼の苦情は何一つこのやりとりでは解消されていないのだから。


「アリシア様が何の話をしていらっしゃるのか存じ上げませんが、こちらへの苦情がくるようなことはやめていただきたい」

「そうね、私のことでランディに何を言っても無駄だとは私も言っておくわ。でも、それは元々あなたを気に入らない輩が煩いだけではなくて? 私のことがなくとも言いがかりはつけられていると思うし、そもそもあなたは言うほど気にしないでしょう?」


 勝ち誇ったように言うアリシア様に、ランディさんはいつものギルバードさんに対するようなぴしゃりとした物言いは続けなかった。かといって、決してダリウス殿下に対する敬意や忠誠の類いを含んだ様子と同様の態度でもない。

 どちらかといえばどう子供の相手をしたらいいのか迷っているようにも見えるんだけど……ちょっとだけ可愛いと思ってしまうのは、失礼なのだろうか?

 ただ、どうも『邪魔だから決して来るな』と言っているわけではなさそうということはなんとなくわかった。意訳するなら、『せめてうまくやってくれ』といったところだろうか?


 ――いや、やっぱり、それは違うかも。


 ここに頻繁に来るとしたら、心配しなければならないことが一つ私の脳裏に浮かんだ。


「アリシア様、ランディさんはアリシア様に変な噂が立たないか心配しているのかもしれません」

「あら、どういう風に?」

「ほら、ランディさんってコミュニケーションが壊滅的な上、偏屈で通ってるじゃないですか。ダリウス殿下と違ってアリシア様はまだお仕事上の関係もありませんし、アリシア様まで変人だと思われてしまうかもしれないと心配なさっているのですよ」

「おい」

「事実でしょう。訂正するところがあればお聞きしたいんですけど」

「……」


 恨みがましい目で見られたけれど、訂正されることはなかった。

 それは、アリシア様の心配を含めて、だ。まったく、素直じゃないんだから。


「マヒルはすごいわね。この人の言葉をどう翻訳したらそう思えたのかわからないわ」

「こればっかりは付き合いが長くならないとわかりませんよ」

「それならそのうちわかるようになるかもしれないけれど……安心しなさい、ランディ。すでに私は偏屈姫で有名よ。彩る言葉が一つ二つ増えようが、気にしないわ」

「それは誇るべきことではないと思いますが」

「そうかもしれないけれど、いずれにしてもあなたが言うことではないわね。ああ、でも、マヒルと約束はしたから、ちゃんと食事は摂るわ」

「それはよかったです」


 いや、偏屈姫を誇ったままでよかったのかどうかはわからないのだけれど。

 それでも楽しそうにしていただけているなら何よりだ。だって、これでダリウス殿下の憂いも少しは晴れたはずなんだし。


「それで――話を戻すんだけど、お店は受け取ってくれるわね?」

「それは……」

「じゃあ譲渡ではないけれど、使って欲しいといえば聞いてくれるかしら? お弁当の販売も、雨でも降ったら大変でしょう」

「あの……」

「ああ、もちろんだけれど、建物の賃料なんて不要だから安心してくれたらいいわ。お金は不要だけれど、私のことはオーナーだと思ってくれたらいいし、私はマヒルのことを料理人兼建物の管理人だと思っておくから。問題ないわね?」

「……その、ありがとうございます」


 この圧のかけ方を見て、私はやっぱりダリウス殿下とアリシア様はごきょうだいだと思った。

 まったくもって、断れるイメージが浮かばなかった。

 アリシア様は満足そうに頷かれた。


「私、もっと堂々とマヒルのお料理を食べたいわ。それに、あなたの料理を食べてみたい人はこれからも増えると思うわ。だから、張り切ってちょうだい」

「がんばります」


 そう言ったアリシア様は私に初めて満面の笑みを向けてくださった。

 それは少し照れくさそうで、とても可愛らしい表情だった。

 けれど、その表情はすぐに拗ねたようなものに変わった。


「本当は貴女には侍女になって欲しいとお兄様に伝えたのだけれど、作法が違う外国の出身のマヒルにそこまで面倒をかけてはいけないとお兄様に言われたの。残念だわ」


 ありがとうございます、ダリウス殿下。

 アリシア様私を好いてくださるのは嬉しいけれど、侍女はちょっとハードルが高いかな……! あと、異世界ではなく外国出身ということ了解です!

 しかしお弁当屋さん用の立派な建物をもらってしまったのは、本当に想定外だ。一応、建物の管理人との名目は受けたけれど、アリシア様にも誇っていただけるようなお弁当屋さんを続けないといけないな。


 あとは、アリシア様にも驚いていただけるお弁当を考えなくちゃ!

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