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第45話 ちいさなことでも、きっかけに


 アリシア様が嘘を言っているようには見えなかった。

 そして魔術が存在する世界なのだから、私にとって想像もできない能力があっても不思議ではない……のかもしれない。


 それでも――。


「それ、大変じゃないですか。声みたいに聞こえるんでしょうか? ずっとだとうるさいと思いますし、距離はどのくらいまで聞こえるんでしょうか? 寝る時も、ほかの人の声で邪魔されることはありませんか?」


 心が読めるなどという状態なら、黙っていてもたくさんの音が入ってくるだろう。人混みなどでは私が想像できないくらい騒がしく感じるのではないだろうか。


「……あなた、本気でそれを言ってるのね。裏のない言葉だって聞こえるわ」

「え? はい」

「普通は自分の考えを読まれるなんて、と、怯えるのよ」

「あ、確かに」


 つまりは今の私の考えも読まれているということになるのか。

 けれどアリシア様が気分を害した様子はないし、読まれたなら読まれたで問題があるようなことも特にない。


「あれ? でも、アリシア様は私がシュータワーを入道雲だと思っていたことはご存じありませんでしたよね?」


 読まれていたのならそこも伝わったよね?

 そのことを尋ねれば、アリシア様は肩を竦められた。


「別に感情がすべてわかるわけではないのよ。基本的には害意や便宜を求めるもの、利用する意志があるものだけが聞こえてくる。私も立場が立場だけにある程度は仕方がないと思っているし、だからこそ放っておいて欲しいと思っていたのだけれど……あなたのように考えが読めない相手は久々で、対処に迷うわ」


 その言葉には、私も返答に困った。


 立場上、利害関係が強く出るのはぼんやり分かる。けれど日頃からそういうことを考える必要がなかった私にとっては未知の世界で、何より総じて悪意ばかり聞こえてくるとなれば、気も休まらないことだと思う。


 アリシア様は面倒だからと仰っていたけれど、攻撃的な態度も身を守る盾だったのだろう。

 もっとも、その方法が望ましいものでもなかったからこそ、ダリウス殿下が介入なさったのだけれども。詳しいことは直接聞いてほしいというのも、我儘姫として振舞っているアリシア様が、言うことを変える可能性があったからだったのかもしれない。そしてこうも利発なお姫様なら、たとえ慕っている兄からの注意であっても納得できなければ取り繕う可能性も考えられたので、納得できる方法をとろうとなさったのだろう。


 ……って、あれ? その納得できる相手が私でよかったのかな?


 そんな疑問は残るけれど、とりあえず雲をイメージしたお菓子たちを気に入ってくださったことが解決の発端だったから、よかった……のかな?


 しかしアリシア様が私への対処を迷われているように、私もまたアリシア様へどういうリアクションを返せば正解なのかはわからない。けれど、よくよく考えればそれは普通だ。


 だって、私はまだアリシア様のことをなにも知らないのだ。


「では、アリシア様。まずはもう少し詳しい自己紹介をさせていただけませんか?」

「え?」

「失礼ながら私はあまり王女殿下のことを存じ上げませんし、王女殿下も当然私のことをご存じないと思います。ですからちょうどよいと思うのです」

「なにがちょうどだというの?」

「ひとつは予想外のリアクションに対応する練習になります。そしてもうひとつ、私が王女殿下のことを知ることができれば、ほかにもお好みのお菓子をお届けできるかもしれないとも思っています」


 お菓子も合格はもらったけれど、再チャレンジもオーケーって言ってくださっていたし、ちょうどいい。今日は用意できなかったわたあめ以外にも……というより、お菓子以外にも雲には心当たりがある。特に白身魚のけんちん焼きに泡立てた卵白を乗せたものは美味しかったし、雲みたいって思ったんだよね。調味料が揃うかわからないので似たような味付けにできるかわからないけれど、お好きなようなら雲のようなご飯だって見ていただきたい。産みたて卵ならたくさん手に入るし!


「あなた、本当に変わりものね」

「普通だと思います」

「私があなたに対して普通だと思ったことは何一つないわ」


 それは心外だけれど、私の普通がアリシア様の普通と違うのは、生活環境がまったく異なるので仕方がないことだと思う。


「では、御不快に思われたことはなにかございますか? 改められるよう努力します」

「……強いて言うなら、いまになってそれを尋ねてきたことかしらね」

「それは失礼いたしました」


 普通ではないと思われても、今のところ実質的に嫌がられていないのであれば私が困ることは何もない。


「でも、あなたと話をするのなら、自己紹介より先に話したいことがあるわ」

「それはどんなお話ですか?」

「これの作り方よ。ずいぶんおいしいお菓子じゃない」

 そしてアリシア様が示されたのは、私が作ってきたギモーヴだった。

「かしこまりました。お気に召していただけたようでなによりです」


 その後私はまずゼラチンの説明を行った。


 食用のゼラチンの実物を見たアリシア様は、こんなものがギモーヴの秘密だったのかととても驚かれていたので、いくつかほかにもゼラチンを使ったお料理のお話もさせていただいた。ゼリーやブランマンジェもおいしいけれど、ゼリー寄せのおかずも涼し気で綺麗なんだよね。


 異世界出身者であることを伝えていいのかどうか迷ったのでその点は伏せたけれど、これはランディさんやダリウス殿下に確認し、問題ないようであれば伝えさせていただこうかなと思う。


 だって、隠し事は少ないほうが仲良くなりやすいと思うもの。


 けれどそんなことを考えていた私は、この時まだアリシア様がどれほどギモーヴを気に入られたのか、本当の意味では理解していなかった。

 まさかそう遠くない日に、本気を出したアリシア様が使える伝手をすべて使って早急に食用ゼラチンを実用化されるなど、まったく考えもしていなかった。





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