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第42話 アズトロクロア王国のお姫様

 そして、当日。

 ランディさんの執務室まで迎えにきてくれたダリウス殿下に連れられて、私は妹姫様の元へと向かった。

 ダリウス殿下がお姫様の部屋をノックされると、間もなく扉は開かれた。


「お待ち申し上げておりました、お兄様」


 そこに現れたのはとても愛らしい笑顔を浮かべた少女だった。十歳だと聞いていたけれど、年齢より落ち着いた雰囲気なので大人びて見える。そして我儘放題のお姫様にも見えなかった。

 私が見る限り、室内に他の人はいないようだった。

 ダリウス殿下に挨拶を終えられたお姫様は私の方にゆっくりと顔を向けられた。


「あなたが、お兄様が仰っていたマヒルでよろしいかしら?」

「はい、お初にお目にかかります」

「私はアリシアよ。今日ははるばる、ご苦労様」


 アリシア様の表情は最初から何も変わってはいないけれど、私はこの時点でアリシア様が私にあまり好意的な感情を抱いていない……むしろ、逆の感情を持っていることに何となく気付いた。

 よく見てみるとアリシア様の表情も見事なまでに作り上げられた笑みだ。

 それは初対面の人に向ける愛想と言うにも少し大袈裟にも感じる。……私も元OLで休業中とはいえ現接客業、こういう表情の見分けは特に得意だ。

 ただ、このくらいの表情の差ならあまり気にしない人も多いと思う。

 それでも気づいてしまえば、私の中でアリシア様は『大人びた』というよりも『手ごわそう』だという印象に変わってしまった。だって、こんな表情を作れる小学生相当って凄いもの。逆に尊敬だってしてしまう。


 そして警戒されていること自体には『ですよね』とも思っている。

 だって食べないと言っている最中に料理人を連れて来られれば、無理矢理食べさそうとしているように思われるもんね。嫌だと感じても当然だ。

 だからそんな相手を連れてきたダリウス殿下に強く当たっても不思議ではないと思うのだけれど、ダリウス殿下の前ではそれはなかった。それはきょうだい仲が良好だからだろうか?

 ただ、それならお兄さんの言うことをしっかり聞いてくれてもいいと思うのだけれど……。


「ではお兄様。私はマヒルとお話をいたしますので、お仕事に戻られてくださいな」

「じゃあ、任せたよ」


 そう言ったダリウス殿下は励ますように私の肩を叩き、その場を後になさった。

 その際の表情がいつもにも増して非常にいい笑顔だったので、やっぱりこのお姫様は手強いのだろう。

 現にダリウス殿下が部屋を後にされた今、アリシア様の表情は完全に氷の姫君だ。

 うん、私、思っていた以上に嫌がられていそうだね。


「お兄様が仰ったから会うことにしたけれど、私はあなたに私の求めるものが用意できるとは思っていないわ。どうするおつもり?」


 ダリウス殿下が去った途端敵対心を一切隠さなくなったお姫様からは大人びた姿が消えていた。

 けれど、どちらかと言うとこのほうが私にとってありがたい。

 一応お兄さんの前では聞き分けがいい子を演じたいんだなぁと思うと可愛らしいところがあるとも思うし、何より本音で来てもらえるほうがこのお姫様がどんな人で何を求めているのか探りやすい。

 いかんせん、どんな人かわからなければ依頼の達成なんてやりようがないのだから。


「何を笑っているの?」

「失礼いたしました。しかし私もアリシア殿下が仰ることには全面的に同意させていただきたいと思います」

「……何を言っているの?」


 普通なら否定すべきだろうことを私が受け入れたのが、アリシア様には不思議だったらしい。 確かにここは意地でも『できます!』か『やります!』という決意を表明するところだったかもしれないけれど……このお姫様には、ハッタリより腹を割って話をしたほうが物事がうまく進む気がした。


「実は私、詳しいことは王女殿下からお聞きするようにとダリウス殿下から仰せつかっておりますので、まだ何をすればよいのかわかりません。ですから、せめて課題を教えていただくことはできませんでしょうか?」


 そう、まずはこれが第一関門。

 そもそもこれを聞かずにできると答えてお題を教えてもらえなくなれば、対処の方法もなくなってしまう。

 しかし私の言葉にアリシア様は目を丸くしていらっしゃった。

 ……あれ?


「お兄様はあなたになにもお話しされていないというの?」

「何も、ではなくお食事の相談だとはお聞きしていますが、それ以上は直接お尋ねするよう申し受けております。ですので、今日はまず何を作るか考えるためにお話を聞かせていただこうかと思っていたのですが……」

「ちょっと待って、あなた、本当に内容を知らないまま引き受けたの!?」


 今までのツンとしつつも落ち着いていた態度とは違い、アリシア様は大きな声で叫ばれた。そのことに私は驚いたけれど、今の会話にそこまで大きく驚く箇所があったのかはわからない。いや、確かにもうちょっと詳しく教えてくださってもいいんじゃないかな、とは思ったけれど……。

 しかしアリシア様はそんな私に構うことなく、言葉を続けられた。


「内容も聞かずに王家の者から依頼を受けるなんて、あなたはどうかしているわ! 王族相手に『やっぱりできませんでした』なんて言えないのだから、普通は尋ねるでしょう!?」

「あの……でも、ダリウス殿下がそうするようおっしゃったので、そういうものなのかと……」

「まったく、お兄様に憧れて取り入ろうとする令嬢はたくさん見てきたけれど、あなたほど考えなしにここへ来た人は初めてよ」

「え?」


 今のアリシア様の言葉には、とても不思議な単語が混じっていた。

 『憧れ』に、『令嬢』?

 アリシア様は憤慨していらっしゃるけど、ずいぶんと私の身分を誤解されている気がする。


「あの……アリシア殿下」

「何か?」

「私は令嬢ではなく料理人です。そして私の家主がダリウス殿下にお仕えしておりまして、その縁でお話をいただいたのですが……」

「……え?」


 ランディさんのことを『家主』と表現するべきか少し迷ったけれど、現状ではこれ以外表現の仕方がないだろう。

 私はアリシア様を見つめ、アリシア様も私を見ている。

 そして互いに見つめ合うこと、約十秒。


「……料理を作るのは、あなた自身なの? 作らせるのではなくて?」

「はい。もしかして、王女殿下も詳しいことは何もお聞きになっていませんか?」

「聞いていないわ!!」


 まるで先ほどとは逆のやり取りに、私は噴き出しそうになったのをぐっと堪えた。


「だって、まさかお兄様が私のもとに直接料理人を連れてこられるなんて、想像していないじゃない! いままでそんなことはなかったわ!」

「ダリウス殿下は何と仰っていたのですか?」

「私が気に入る食事を用意する女性と仰っていたわ。どこぞの令嬢を連れてこられたのかと思ったのに……」


 確かに『用意する』であれば、ご令嬢が料理人に指示をする形式でも達成できることかもしれない。

 しかしたとえアリシア様が聞いていなかったとしても驚き方が度を過ぎていたような気もする。もしかして、そもそもダリウス殿下が料理人と話すことは本当はとても驚くことなのだろうか……? もしそうだとすれば、七百ジィタのお弁当を召し上がることもあると話したらどうなるのだろう?

 しかし場の空気が変わった今はそのようなことを追求するよりも、強引にでも話を進めるほうが大事だ。


「ではアリシア殿下、早速ですが殿下が食べたいとお考えになる食事とはどのようなものか、お尋ねいたしてもよろしいでしょうか?」

「……あなたが料理人でも、私が求めることには変わらないわ」

「それほど難しいご要望なのですか?」

「難しいかどうかはあなた次第ではないかしら。ただ、私は雲を食べてみたいの」

「雲とは……空に浮かぶ雲のことですか?」


 予想をしていなかった希望に、私は思わず問い返してしまった。

 アリシア様は頷かれた。


「もちろん本物の雲が食べられるとは思っていないわ。けれど、私が雲だと思うもの、思えるものを望むわ」

「ええっと……苦手な食べ物などはいかがでしょうか」

「特にないわ」


 それだと『偏食改善』として受けた依頼とは内容が違う気がするのだが、あえて口を挟まずにいればアリシア様は言葉を続けられた。


「ただし別に好きなものもないわ。食べなくても体調管理はできるし」

「……それってまさか魔力を取り込むっていう」

「そうよ。よく知ってるわね」


 デジャヴ!!

 王家の魔力が高いという話は聞いていたので、もしかしたらこのお姫様もランディさんと同じような魔術師の力を秘めてらっしゃるのかもしれないけれど……どうして揃いも揃って同じようなことばかり!!

 叫ぶのをこらえた私をよそにアリシア様は溜息をつかれた。


「だいたい私だって食べたいときは好きに食べるわ。けれど、皆して『何でもしますから毎食食べてください』と言うのだもの。だから、本当に私が望む料理を出せたなら、要望を聞いてあげると言ったのよ」

「……えっと、つまり……それができたら、アリシア殿下は以降三食召し上がってくださるとお約束してくださるのでしょうか……?」

「ええ、そういう認識で構わないわ」


 まったく想像していなかった流れになってしまったけれど、アリシア様からの課題をクリアすれば問題解決、つまりは依頼達成となるようだ。


「わかりました。では、楽しんでいただけるお料理をできるだけ早く考えて参りますね」

「あなた、相変わらず笑っているけれど私が認めない可能性を考えないの?」

「え? その、お気に召してもらえなければやり直しになる可能性は考えていますが……」


 怪訝そうな表情を浮かべるアリシア様には、私が余裕綽々だという風に見えたのだろうか?

 そう思っているとアリシア様は少し苛立ちを交えて言葉を続けられた。


「だーかーら! 何を持ってきても私が認めない可能性を考えないのかって!」

「それは考えていません。今のところ、ではありますが」

「どうしてよ!」

「だって、それなら私が依頼を受けたこと自体に気を遣ってくださることもなかったでしょう? もちろん、おまけがあるとも思っていませんが……」


 アリシア様が最初から認めないつもりであれば、王族からの依頼どうこうというこの世界の常識も私に仰ることはなかったと思う。

 尖った雰囲気で振る舞おうとされている理由はわからないけれど、根は優しそうなお姫様だ。だったらまずは心を開いてくださるように、気に入ってくださるお料理を作らないと……などと思っていたらアリシア様が顔を真っ赤になさった。


「明日よ」

「え?」

「期限は明日!! 私のお茶の時間に合わせて持ってきなさい!! そしてそれがわかったなら早く帰りなさい!!」


 突然告げられた制限時間は、想像以上に短かった。

 けれど幸い、『雲』なら心当たりがある。

 アリシア様としっかりお話をするためにも、まずはこのお題をクリアしなくてはと私は部屋を後にしながら意気込んだ。

この度、カドカワBOOKS様より書籍化することになりました。

そのため、タイトルも『お弁当売りは聖女様! ~異世界娘のあったかレシピ~ 』に変更となります。

詳しくは活動報告にて。よろしくお願い申し上げます。

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お弁当売りは聖女様! ~異世界娘のあったかレシピ~

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