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第40話 取引をするにはお礼を受け取らなければいけないようです

 バーベキューはお肉が届いた日から二日後に決行することになった。


 そのため私は翌日、庭にブロックを積むなどしてバーベキューの会場づくりに取り組んだ。買い出しも直接行くつもりだったけれど、ブロックをいじっている私を見たイリナさんが『お忙しそうになさってるんですから、必要なものは一緒に買ってきますよ!』と、ありがたいお言葉をくださったので甘えさせていただくことにした。


 そして炭やトング、網や鉄板など諸々の準備も整え、当日に臨んだのだけれど……ひとつだけ、予想していないことが起きた。


 どうしてここにダリウス殿下がいらっしゃるのでしょうか。


「いや、ギルバードが楽しそうなことをすると言っていたからね。お邪魔してもいいかい?」

「衣類や髪にかなりにおいがつきますけど、大丈夫ですか……?」

「それは貴重な体験だね」


 王太子殿下相手に断れるわけもないのだが、果たして焼肉はいかにも王子様といった風貌の人にも似合うものであるのだろうか? お弁当を食べるくらいだから気にしないとは思うものの、香ばしいにおいを身に纏った王子様というのも珍しいことだろう。

 ただ、ご本人が楽しみにしていらっしゃるのだから、あまりしつこく確認をとるのも野暮だと思う。


「えっと、では。基本は焼けたと思ったものを自分で取って食べてもらって大丈夫です。でも、あんまり独占しすぎないように――っていうのは子供への注意になるので、今回は割愛しますね。あとはお肉ばかりではなく、お野菜もバランスよく食べてくださいね」


 そう軽く説明してから、私は脂を塗った網の上にお肉を並べた。

 一枚一枚お肉が置かれるごとにそれを目で追っている三人の成人男性の様子が少し面白かったけれど、せっかく興味を持ってくださっているのに笑っては失礼だからと私は平静に努めた。その目は塩コショウを振るのも興味深げに見つめていた。

 とりあえず今日はバーベキュー入門ということで、私は焼く係に徹するしかないだろう。

 焼けたと思ったら食べて大丈夫とは言ったけれど、この三人では、おそらくお肉をひっくり返すタイミングがわからない。私は合間にちょいちょいっと食べていこう。


「これもう取っていってくださいね。あ、そっちのおイモも焦げちゃいますからとっていってください」


 私はそう言いながら、新しい肉を乗せたりお野菜を追加したり、ついでに端で焼きおにぎりを作ったりと大忙しだ。けれど、こういう風に外で特別な調理をしながら食べるのはそれだけで楽しいご褒美だ。

 ただ、思ったよりもみなの食べるスピードが速く、しかも多量なので途中で切っていた野菜がなくなった。

 近くに簡易テーブルを用意しているので、そのうえでまだ切っていなかった野菜を用意していると、こちらにダリウス殿下がいらっしゃった。


「こう……調理する傍らから食べるのは一見つまみ食いで行儀が悪いように見えるけれど、確かに一つの形としてはなかなか考えられているね。自分好みの焼き加減を見極めるのは楽しいし、これより焼き立ての肉を食べるのは難しい」


 ダリウス殿下はそう仰ったけれど、私はバーベキューをそのように分析しながら食べたことがなかったので笑って誤魔化すにとどめた。私にとってバーベキューは『楽しくておいしい』というシンプルなものなのだ。けれどこのご様子だと、しゃぶしゃぶみたいな鍋物でも驚かれるんだろうか。冬ごろになればまたお声をお掛けしてみてもいいかもしれない。

 ランディさんも次々と食べるギルバードさんの横からうまく肉を奪取して食べているので、安心だ。

 ダリウス殿下はランディさんやギルバードさんのほうを見ながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「しかし、やはりマヒルは不思議な料理をよく知っているね」

「不思議と言っても、私の世界だとわりとよく知られてるお料理だったりするんですよ」

「そうか。それなら、ひとつ頼みを聞いてもらえないかな? 実は私の妹が、最近偏食で周囲を困らせているらしいんだけど、マヒルならそのわがままを黙らせられないかなと思うんだ」


 にっこりと告げられたお願いは、確かにお願いであるはずなのに断ると言う選択肢がそこにないような……無意識のうちに頷いてしまうような力が宿っている気がした。


「でも……ダリウス殿下の妹君ということは、お姫様ですよね?」

「そうだね。ちなみに年は十歳だ」

「庶民の味に馴染みは……ないですよね?」

「ないね」

「大丈夫でしょうか?」


 ダリウス殿下も本来私が作る食事とは縁遠い方だと思うのに、さらに馴染みがないという王女殿下に気に入ってもらえるのかわからない。


「ランディの例があるしね。そもそも妹が少し我儘を言って料理人にお願いしているのも原因なんだ」

「ややこしいことですか?」

「ああ。まあ、そのあたりは本人から聞いてほしい。言うことがすぐにかわるからね」


 気付けば引き受ける流れになってしまっているけれど、十歳の子が偏食だというのは確かに引っかかる。きちんと栄養を摂るべきだと思うので、どちらにせよ断ることを考えていない。


「それで報酬なんだけど」

「はい、ほう……しゅう?」

「どうしてそこで片言みたいになってるんだい?」

「だってお弁当作るみたいなノリだと思ったんですけど……あれ?」

「妹のために時間を取らせるんだ、相応の礼は必要じゃないかな」


 別に無償で引き受けるつもりだったのだが、ダリウス殿下の笑顔がどちらかと言えば脅迫のように見えるので、ここは何かをお願いするほうが正しいようだ。

 かといって今すぐ欲しいものは思い浮かばないと思ったのだが……未だ一定ペースで肉を焼いて食べているランディさんたちを見て、一つだけ思い浮かんでしまった。


「なら、ホットプレートが作れないか、ご相談させていただけませんか」

「ほっとぷれーと?」

「はい、私の世界にある調理道具の一つです。室内のテーブルの上で、鉄板を熱して今みたいにお肉を焼くときに使います。それができれば比較的簡単にまた焼肉パーティーができるかなって。火の調整は簡単であるほど嬉しいです」


 換気扇がないので窓を開けて風通しを良くしなければいけないけれど、何なら野菜多めで野菜の鉄板焼きでも楽しくできる。


「どういう形のものを想定しているのかはわからないけれど、火を使わずに鉄板を加熱するだけなら、比較的簡単にできる方法を知っているよ」

「本当ですか!?」

「魔石に火の力を付与してやればいい。マヒルは炎の属性を持っていたからできるはずだよ。魔石は着手金ということで私が譲るよ。魔力の譲渡を会得しているマヒルなら、付与も簡単にできるだろう」

「ありがとうございます……! でも、魔石って……もしかして高価だったりしませんか?」


 妥当な報酬であれば勢いよく頷くけれど、その魔石でホットプレートのようなものができるというのなら高いものなのかもしれない。そう思うと、ダリウス殿下は首を振った。


「こんなことを言っては悪いが、魔石自体の価値は高くない。魔術が使えなければ効力を付与できないし、使っても使わなくても付与した魔力は徐々に蒸発するからそれなりの頻度で力を付与し直す必要があるし、石自体もそう綺麗なものでもないからね。どちらかといえば使い捨てだと思われているようなものだ」

「そうなんですね。一瞬、魔石ってすごく人々の生活を向上させるすごいものだって思っちゃったんですけど、広めるなら魔術師以外の人も使えるような道具を作っていく必要がありそうですね」


 魔術があれば電気は不要という世界なのだなぁと思うと同時に、魔術も万能ではないのだなと改めて思ってしまった。


「魔石は後日届けさせるよ。鉄板の形状など、また教えてくれれば鍛冶師も手配するよ」

「ありがとうざいます。完成したら、殿下もお越しくださいね」

「それは楽しみにしているよ。付与の方法だけは……ランディ、聞き耳は立てているだろう? 任せるよ」


 にっこりと笑みを浮かべて少し大きな声で呼びかけたダリウス殿下はランディさんのほうを見た。え、結構な距離があるけど、今の会話が聞こえているの?

 ランディさんは無表情で短く「はい」と返事をした。

 その返事を聞いたダリウス殿下は満足そうに頷いた。


「では、妹の件はおいおい連絡するよ。だから私ももう少し肉を楽しんで焼こうかな」


 そして再び網のそばに近付かれたので、私も手早く野菜を準備した。


 しかし、魔石に魔力を込める、か。

 魔術の修行はまだしていないけれど、これを教えてもらえるなら、同時にお願いしてみてもいいかもしれない。ただしお姫様のことを考えればそちらを優先させるのならば、本格的に取り組むのは少しさきになってしまうかもしれないけれど。




 

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