第38話 届いたお肉は高級品
「お久しぶりです、ギルバードさん」
「ああ。昨日ランディからマヒルが戻ってきてるって聞いて驚いたんだが……本当にいるんだな。しかもこっちに戻ってきたの自体はもうちょっと前だったって、本当か?」
「……といいながら、まだ本当にいるか疑っていますよね。目の前にいるのに」
「悪い悪い。でも、仕方がないだろう? 『実験中に起きた理解不能な現象でいなくなった』からの『突然戻って来た』なんだから。説明不足にもほどがあるってもんだ」
そう言いながらギルバードさんはランディさんを睨んだけれど、ランディさんはどこ吹く風といった具合でそっぽを向いてしまっている。
私もその説明には苦笑してしまった。
私が日本に戻ったことは、どうやら事故にされていたらしい。
「そもそもランディがそんな不用心なことをするわけないんだから勝手に帰したんだろうって言ってもそんなことする理由がないなんて突っぱねやがるし、別世界に帰した証拠なんて集めようがないし……ったく、困ったもんだよな」
ランディさんが私の送還した事実を伏せたことから考えると、ギルバードさんにとっては私があの時点で帰ったのは不都合だったのだろう。
メアリーのことに関しては同じ場所にいたランディさんも見聞きしたことしか私は知らないけれど、知らなかった場合でもその記録を残さなければいけなかったのかもしれない。
そのほかにも心当たりがあるといえば、ギルバードさんからいろいろな提案を受けていたけど……そちらのほうはすっぱり断ったはずなので、『困ったもん』にはカウントしなくてもよいだろう。
「でも、そう仰るわりに怒っていませんよね?」
「怒ってないわけじゃないが、これでも安心しているんだ。本当に事故でどこかに飛ばされていたなら、心配だろう?」
少し冗談めかした口調ではあったけれど、それでも実際に心配してくれていたのは伝わってきた。ただし日本に戻った時、私はギルバードさんについては考えなかったので、心配をかけたのに申し訳ないと少しだけ思ってしまった。
「しかしマヒルもマヒルだ。帰るなら帰るで一言くらい言ってくれてもいいだろう。だいたいなんでお前ら黙ってそんなことをしたんだ。しかもこっちに戻ってくる方法も見つけているし……っていうか、ランディが呼んだのか?」
「いえ、別に隠したわけじゃなくて、むしろ帰れるなら私も事前に教えて欲しかったと思ったというか……。そもそもこちらに戻ってこれるようになるなんて私も帰る前は想像していなかったですし、ついでに私がどういう風に説明されていたのかも今聞いたばかりですし」
ギルバードさんの中では私とランディさんはきっちりと相談したことになっているようだが、あいにくそのクレームは私がランディさんに向けて伝えたことに近いものだ。
とはいえ、ここはギルバードさんの発言に肯定したり強く同調したりするわけにはいかなかった。
私は私でランディさんにさんざん文句は言ったけれど、あれもランディさんが私を厄介ごとに巻き込まないためにと思っての行動だったので、直接抗議をすることがあったとしても、ほかの人に不満を共有したいわけではない。
そもそも下手に話し始めると諸々の経緯を話さなければならないので、私としてもとても恥ずかしい思いをすることになる。
そんな思いを抱きながら曖昧な返事をすれば、ギルバードさんが目を丸くして驚いていた。
「ちょっと待て、それだとマヒルも知らなかったって……本当に事故みたいな話じゃないか」
私の言葉足らずな説明はギルバードさんに誤解を生んでしまったようだ。
それに対して一瞬訂正したほうがいいかと思ったけれど、一連の経緯を誤解されていても不都合がないことや、むしろ正確に話すことでランディさんが困るかもしれないと思ったので愛想笑いで誤魔化していた。
「……だから俺は当初から事故だと言っていただろう」
「お前が言うと嘘くさすぎる。マヒル、何か心当たりは本当にないのか?」
「しつこい。ただ、そいつは今、元の世界とこちらを往復する力をつけている。あまり無茶な要望をすれば、すぐに自分の世界に帰るぞ」
畳みかけるランディさんの言葉に私は心から感謝した。
演技が不得手な私がこれ以上追及されれば、ぼろが出かねない。いくら愛想笑いが日本人の特技だといっても個人差があるし、ばれないようにするには限度がある。
しかしギルバードさんが鋭いことを考えればランディさんから援護を受けても厳しいかとも思ったけれど、意外にもギルバードさんはランディさんのほうを向いて苦笑し、こちらからは注意が逸れていた。
「別に無茶なことをさせるつもりなんてないし、普通に心配してただけだっての」
「どうだか」
「お前、一応俺を信頼してくれてるんだろう? っていうか、事故が起きた原因にランディが関わってるなら、お前こそもっとマヒルの心配をするべきだっただろう?」
このギルバードさんの苦笑はたぶんメアリーの件で私が餌役を担ったことに関係しているような気がした。あの件に関しては私も納得しているし過ぎた話だと思っているけれど、ランディさんはまだ納得していないらしい。
「……まあ、その借りを返すっていうわけじゃないけど、一応これ以上の追及はやめておくよ。残念なことに不都合な点は見つからないしな」
うまく流すことはできたけれど、これがギルバードさんの妥協でしかないのは明らかだ。
それでもこちらとしては大助かりなのだが……。
「とりあえずこっちにいるっていうならいろいろ協力願えるし」
「おい」
「別に無茶な願いをする気はないさ。それにマヒルだって、事前の相談があれば引き受けてくれるんだろう?」
「……まぁ、ことと次第によりますが」
ギルバードさんらしいなと思いつつ、ギルバードさんが関わる案件はすべて面倒くさそうだなと思ってしまうのは間違いだろうか?
ただ、それでも今までの付き合いから必要なことだろうと予想できるので、できることなら協力すると思う。
ただ、今はそのことよりも……。
「それで、ギルバードさんは今日はどんなご用件でいらっしゃったんですか?」
このままではギルバードさんとランディさんで話題がループしてしまいそうだからと尋ねてみると、ギルバードさんはにやりと笑って箱の上部を叩いた。
「これを届けに来たんだよ」
「これは?」
「ランディが狩った竜の肉だ。功労者だってのに取りに来ないから、預かってきたんだよ」
「へぇ、竜の……お肉?」
それを聞いた瞬間、口の中にはほとんど消え去っていたはずの竜の血の味が蘇ってくる気がした。
「うまいんだよなぁ、これ。ランディが狩ったからって、できるだけ美味い部分を選りすぐってきたんだからな……っていっても、大体どの部位でも異なる味で美味いんだけど」
「そ、そうなんですか? っていうか……それ、食べ物なんですか?」
魔物は瘴気から生まれると聞いたせいで私の中には禍々しいものであるという印象があるけれど、それを食べても平気なのだろうか?
ギルバードさんがあけた木箱には丁寧で牛肉のような綺麗なお肉が見えるけれど、どこか不安だ。
しかしそんな私にギルバードさんは首を傾げた。
「何を心配しているんだ? 凶暴な獣を食べてもいいのかって不安なら、サメも凶暴だけど食べるだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「特に味もいい竜は多量の魔力を含む高級肉だぞ」
ギルバードさんの説明になお疑問を浮かべる私の視線を受けたランディさんは軽くため息をついた。
「魔物の肉は魔力を多く含んでいるから健康にいいとすら言われているぞ。そして特に竜の肉は肝とは違い美味い……らしい」
「らしいって、お前、もしかして一回も食ったことがなかったのか。いや、まぁ考えりゃ予想もつくけどさ」
いくらランディさんがこれまでに狩ったことがあったとはいえ、食事を摂っていなければ食べる機会は巡ってこない。
というか、肝がものすごくまずいのに、本当にお肉は美味しいんだろうか……?
「マヒル、焼いてやってくれるか? なかなかいいステーキ肉になるはずだ」
「あ、はい」
「ついでに俺とマヒルの分も焼いてくれ」
「配達っていうか、食事が目的でいらっしゃいました?」
少し呆れながら私が言うと、ギルバードさんはにやりと笑った。
「ドラゴンステーキなんて、店で食ったら一般人の給料一か月分が飛ぶくらいのレアものだぞ。食わないで帰るなんて選択肢、あるわけないだろ?」
「いっかげ……つ?」
それは私のお弁当の何食分になるものだろうか。
巨大なプレッシャーがかかるので、できれば焼き終えるまでは言わないでほしかったと私は思わずにはいられなかった。




