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第36話 リスタート

 無事日本からアズトロクロア王国に再訪してから、はや十日。

 おおよそ一か月ほどだと予想されるインターバルがあるとはいえ、自由に行き来できるのはとても幸せなことである。ただ、消費する魔力の回復までの時間を考えれば、さすがに無計画に行き来するという予定はできないけれど、いまのところ問題ない。


 そして再会したランディさんの屋敷での居候は――なんというか、以前とまったく変わらない調子でございます。

 ……あれ?


 私としては感動的な再会と言えば大袈裟かもしれないけれど、それなりに脈もあると思わせる再会だったと思う。というか、むしろ期待してもいいようなノリだったと思う。

 けれどなにか変わったかと問われれば、そんなことはまったくないと断言できた。


 今から思えば『とりあえず帰してみたけど飯が思った以上に大変だった』という思いからああいう反応になったのではないかと疑いたくなるくらい、普通だ。


 いや、わかるまでと言っていたから、むしろわからないなら今まで通りで正解なのかもしれないけれど……なんというか、拍子抜けするくらい本当に普通なのです。そしてこれは絶対に意識されていないと言い切れる対応なので、私はだいぶ頑張らなければいけない状況なのだと思う。

 ……などということを考えていると目の前にいる相手がやたら器用なスプーンの使い方をしていた。


「ちょっとランディさん、なんでそんなに器用に豆だけ避けているんですか」

「別に避けてない」

「いや、明らかに避けてますよね。そんなに固めて入れてないですよ!?」


 今日の昼食はベーコンと玉ねぎのガーリックピラフだ。少々彩りが寂しかったので、みじん切りにしたニンジンとグリンピースを加えてみた。それなのにお皿の端に目立つ緑の一団が築かれていることに私は突っ込まずにはいられなかった。

 しかし今までのランディさんがこのような細かい避け方をしているのを見るのは初めてだ。どちらかといえば面倒くさがって丸飲みをして誤魔化しそうなのに……などと言えば、怒られるだろうか?


「スプーンに乗らないだけだ」

「それより小さいニンジンを乗せておいてよく言いますね」


 言い訳はすごく適当だったけれど、それでもこれだけたいそうな避け方をしているのであれば、本当に苦手にしているのかもしれない。これは、とても大事な情報だ。


「何にやけているんだ」

「いいえ? ただ、ずいぶん子供っぽいことをされるなぁと思っただけです」


 これくらいのことであれば、なにかがあった時の対抗手段にするにもちょうどいいかもしれない。いや、何かって言ってもグリーンピースで対抗するようなことってどんなことなのかよくわからないけれど……それを抜いても好き嫌いは覚えておいて損はないはずだ。だって、仮にグリーンピースのポタージュなんて作って出したら、ランディさんは不機嫌になってしまいそうな気がするもの。


 それもアイスでご機嫌取りができるならいいけれど、どこまで嫌いなのか判別できないうちはそれも冒険になりすぎる。やめておいたほうが賢明だろう。

 でも、最初のランディさんならここまで嫌いなものが入っていたら全部食べないという選択をするところだったかもしれないと思えば、これも進歩だ。


 そんなことを考えていると、ランディさんがひどく不機嫌そうな表情で私に向かって口を開いた。


「俺は別に子供じゃない」

「知ってますっていうか、そんな図体が大きな子供がいたらいやですよ。あくまで、子供みたいだと思っただけです」


 そう思ったことを口にしたけれど、少しからかいすぎてしまったかもしれない。今のランディさんはたぶん黒いオーラを背負っている。

 うん、まずい。

 これは釈明をしておいたほうがいいかもしれない。


「ほら、ちょっとかわいいって思ったんです。ギャップ萌えっていうわけじゃないんですけど、ずぼらなくせにグリーンピースを気にするとかって……」

「あ?」

「ナンデモアリマセン」


 なんだか修正どころか逆に悪化したような気がするので、私は黙った。

 とりあえずグリーンピースを食べなければ死んでしまうわけではないので、今はスルーだ。食べられないより食べられるほうがいいけれど、栄養は別の食品でも摂取できる。


「あ、ランディさん。食事が終わったら一つ相談したいんですけど」

「なんだ」

「そろそろ私、お弁当屋さんを再開したいと思うんです」


 そう、私はこちらに戻ってきてから十日間ほどすごくおサボりしているような気がする毎日を過ごしている。

 ただし本当は何かお手伝いをしたりして過ごしたいとは主張した。

 だが、それはたいそう人相の悪い顔でランディさんが却下した。

 しかしその時になって『そういえば以前ランディさんが倒れたのも魔力を消耗し過ぎだことが原因だった』と思い出し、それを心配してくれている可能性に思い至ったため、諦めてご飯を作る以外はおとなしく過ごすことにした。

 台所に立つことも渋い顔をされたけれど、注意されるというところまではいかなかったのであえて突っ込むようなことはしなかった。藪蛇はごめんだ。

 まあ、うぬぼれるところがあるならランディさんも私のご飯が食べたかったから……とか思いたいんだけど、それは単なる私の希望だ。久しぶりに披露したご飯も前と同じように食べていたので、感動していたかどうかはわからない。まあ、休めと言われたところを作っても小言を言われなかったと思えば、可能性がわずかにもないわけではないと思うことにしよう。


 そして四日目からはだいぶ体も軽くなっていたので、もう平気だと思ったら今度は留守番を任されてしまった。正確には「数日出かけてくる」といったランディさんが、珍しく玄関から屋敷を出たのだ。


 そう、玄関から!!


 城に行くならまず転移陣を使うはずなので、この行動には驚いた。

 そしてどこに行ったのかは、翌日ランディさんに会いに来たギルバードさんですら知らされていなかった。

 まあ、それも二日前に帰ってきたんだけど……


「おい」

「何ですか」

「やる。飲め」


 そう言って差し出されたのがジュースなら、私はきっと喜んだ。

 いや、水でも文句は言わない。熱いからとかのどが渇いているからとか、気遣ってくれたのかなあって前向きにとらえられる。

 でも、これ、明らかにまずい。


 なんだか生臭いし、黒くてどろっとしてるし、その割にツーンとした匂いがするし……私の本能は口にするものじゃないと言っている。これならケールの青汁のほうがよっぽど我慢して飲めるだろう。


「……ランディさん、なんの冗談ですか。それとも罰ゲームですか」

「冗談でこんなもの作るわけがないだろう」

「堂々と言わないでくださいよ!」


 よっぽどそのほうが性質が悪いわ!!

 大真面目に何を作ってくれたんだと、叫ばずにはいられなかった。

 以前料理が下手と言っていたけど、その実力がこれだというのだろうか? それなら――ちょっと下手とか、そんなかわいいものではない。味覚も嗅覚も圧倒的におかしいと言わざるを得ない状況だ。


「薬だ。苦いくらい我慢しろ」

「……薬? 何のですか?」

「お前の背中。封じてはいたが、消えはしていない」


 封印してもらってからは気にしていなかったのだが、いわれてみればドイルさんの文様が刻まれているのは確かによろしくない。むしろ、消せるならさっさと消したいとすら思う。

 しかし……これは素直に飲むには躊躇わざるを得ない存在だ。


「ちなみにこの薬は何を材料にしているんですか?」

「別に悪いものが入っているわけじゃない。竜の肝と諸々の薬草だ。それを飲んだらこの上に立て」


 そうしてランディさんが取り出したのは、おどろおどろしい一枚の紙だった。大体一メートル四方といったところだろうか。紙自体は生成り色で不自然ではないのだけれど、いかんせん……そこに描かれている文様が明らかに怪しい色だ。


「ランディさん、お聞きするんですけど……それ、血に見えるんですが……なんで血判状を取り出しているんですか?」

「血判状なんてもんじゃない。これはドイルの血を混ぜたもので書かせた魔術陣だ」

「へー……魔術陣って、え!? やっぱり血で間違いないんです!?」

「別に大したもんじゃない。血っていっても少し切った程度で、ほんの数滴しか混じってない」

「いやいやいや」


 一応偉い人なんだよね?

 メアリーはともかく、本気でただ単に使われただけ(しかも意識がない)ドイルさんは謹慎という状態ではあるけど……一体どういう手をつかって血をとったというのか。


「快く提供しやがった」

「快く……って、そんな献血じゃないんですから! そもそも竜の肝って、いったいどこに売ってるんですか」


 日本人の感覚からいえば、竜は大きなモンスターだ。

 少なくとも前回こちらに滞在したときにはお目にかかっていないのだが、どこから仕入れるというのだろうか?


「狩った」

「ええ、ですから買ったんですよね」

「だからそう言っているだろう。南西の山で狩ってきた」


 ここで、私の想像とランディさんの言葉が異なっていることにようやく気付いた。


「って、もしかしてこの間の出かけてたのって竜を狩りに行っていたんですか!?」

「それがどうした」

「どうしたって……え、この世界の人って普通に竜を狩れるんですか!?」


 いや、そんなことはないはずだ。

 実はトカゲでした――みたいなオチがありえないわけではないけれど、ここにきた当初から発動している自動翻訳がそこだけ都合よく間違えるわけがない。サイズや姿かたちははっきりとわからないけれど、概念としては私が想像している竜なのだと思う。


「俺が狩れればそれでいい」

「そういう問題じゃないですよね!?」

「じゃあどういう問題だ」

「黙って危ないことをしないでください。びっくりするじゃないですか」


 ランディさんがかなり高位の魔術の使い手だということはわかっているけれど、文様を消すために竜退治だというなら一言くらい相談してくれてもいいではないか。

 なにかできることがあるかどうかはわからないが、聞かなければそれすら判断できない。

 しかし相変わらずランディさんはしれっとしていた。


「普通の中型種の討伐はそう珍しいことではない。そもそもそれを狩るのも俺の仕事だ」

「それなら、仕方ないかもしれませんが……」

「お前の懸念がそれだけだと言うなら、さっさと飲め」


 私のためであっても、私がついでであっても、いずれにしてもランディさんが用意してくれたものを飲まないわけにはいかないことはわかっている。そもそもドイルさんの刻印が身体に刻まれたままというのは私も嫌だ。

 一時の苦痛で懸念が解放されるのであれば、それくらいは受け入れるべきだとも思う。


 私はぐっと気合を込めて一気に竜の肝を飲んだ。

 それは言葉では表せない味で、飲んでいる途中で吐き出さないようにするのが辛いもので、飲み込むのはとんでもない苦行だった。

 良薬口に苦しとは少し違うかもしれないが、仕方がないことなのかもしれない。私は『せめて夕食の準備までにこの匂いが鼻から消えますよう』にと涙を浮かべながら思ってしまった。

 しかしそんなことを考えられたのも途中までだ。

 あまりの不味さに、私は意識を途切れさせた。

 それでも吐き出さなかったのは、やはり文様を消すこととランディさんが作ってくれたものだという強い意識があったからだったと思う――。


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