第34話 その答え、聞く日まで
荷物をまとめて準備万端となった私は、思い切ってランディさんたちがいた世界をイメージして自分を飛ばした。もしもすでにドレスが処分されていたら飛べないかもしれない、なんて思ったけれど、そんなのやってみなきゃわからない。そもそもランディさんが掃除をするイメージなんてないんだから、残ってるはず!!
そんな決意で飛んだ久しぶりの世界、私はあまりにピンポイントでドレスがある場所に到着した。そして……おそらく、クローゼットの中に到着した。
暗い。
あまりの暗さにあったら便利だろうと思った懐中電灯をつけてしまった。
「……まあ、そりゃそうよね」
タンスの引き出しでなかっただけありがたいと思わなければいけないだろうかと思いつつ、若干気分は泥棒にでもなったようなものだった。できれば感動的にランディさんの前に現れたかったけど、こればっかりは仕様なので仕方がない。
クローゼットから這い出た私は、ここを去った時のままの部屋を懐中電灯を照らしながらぐるりと見回した。
日が落ちたあとなのか、それとも明け方前なのか、どちらかよくわからなかったけれど、いずれにしても部屋は暗い。これだとイリナさんたちは寝ていそうだ。物音を立てていたら不安にさせてしまうかもしれないし、ひとまずここで明るくなるのを待つべきだろう。
ランディさんの部屋はわかるから向かってもいいんだけど、ひたひたと深夜に侵入者の気配がするのはやっぱりどうかと思うよね。明るくても同じかもしれないけど、姿が見える分誤解も解けやすいとやっぱり思うし。というか、ランディさん自身もお城のほうにいるかもしれない。
それなら朝まで待っておこう……などと言いたいところだけど、実際はまだここに来れたことにほっとしていて、まずは私自身が落ち着くための時間が欲しいという思いもある。失敗しないって信じていたけど、成功したらやっぱりほっとして、今更ながら心臓から汗が吹きだすような気分だ。心臓なんて汗をかかないのは重々承知しているんだけど。
ひとまずベッドに寝転がって朝までイメージトレーニングでもしていようかと思っていた時、慌ただしい足音が廊下に響いているような気がした。それは徐々に近づいてくる。
この家の中でイリナさんたちはこんなにうるさい走り方なんてしない。
かといって、果たしてランディさんが走るなんていうことをするのか……? なんて疑問を持っている間に扉が木っ端みじんに吹き飛んだ。
「え」
なにが起きたのか一瞬理解が追いつかず、私は呆然としてしまった。
ただ、思わず向けた懐中電灯が照らしたランディさんの形相があまりにひどく、私が怒るつもりだったのに足がすくみそうになるほど怒っていた。
「え、あの、こんばんは」
何を言っていいのかわからずひとまず挨拶をするものの、目を吊り上げたランディさんは明らかに不必要なほど大きい足音を立てながら進んできた。
この間、無言。
さすがにいきなり殴られることなどないと分かりつつも、そうなってもおかしくないような顔つきに私も思わず後ずさりする。手から懐中電灯がこぼれても拾いなおす余裕もない。というか、私が怒って帰ってきたのに、なんか怒られてる気がするんだけど……!!
そしてランディさんやはり言葉がないまま、腕を思いきり掴まれた。
「うわっ」
「……どうしてここにいる?」
遠慮なく強い力を加えるランディさんに、私は思わず「ストップ!!」と声を上げた。
「ちょっとランディさん、手、痛い。緩めて!!」
「本当に、いるのか」
「いるよ! 文句を言いに来たんですから!!」
いないものとして判断されていたのかと苦情を申し立てるのを堪え、私は緩んだ手から腕を抜き取った。相変わらず細身に見えるのに、すごい力だった。
「文句? 誰かにまた呼ばれたわけではないのか?」
「呼ばれてない……っていうか、それよりランディさんばっかり質問しないで!! 私だってできるだけ早くこっちに戻るために頑張ったんですから!!」
一方的に質問ばかりされるのはずるい!
そう思いながら訴えると、ランディさんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「戻る? お前、元の世界に戻りたかっただろう。ここは戻ると表現すべき場所じゃない」
「そりゃ急にこっちに飛ばされれば一回は戻らなきゃって思うでしょう!? でも、元々私はこっちとあっち、行き来できないか相談したいと思ってたのにランディさんってば強制的に人を向こうの世界に戻しちゃうし!! いや、戻す方法を見つけてくれたことには感謝しかないんですけど、でも、一言あってもよくありません!?」
訴えながら、だんだん自分が我儘だらけだとおもってきた私は叫びながらもランディさんから目をそらしてしまった。戻る方法をランディさんが見つけてくれていなかったら、往復もできるようになるっていうことを私はいまだに知らないままだ。
けれどランディさんは私に向かって大きくため息をついた。
「何を喚いているんだ。そもそもお前ももう、お前の力がこの世界ではあまりに特異だということは理解しただろ。また災いに巻き込まれることに……」
「大丈夫です。この世界、そんなに悪い人達ばかりじゃないです」
「メアリーを思い出せ」
「だからそんな人ばっかりじゃないんで、それも大丈夫です。っていうか……メアリーさんが私を呼ぶためにしたことは許されないけど、私は、大変だったけど、嫌なことばっかりじゃなかったですよ」
だからとりあえず話を聞け。
そう言わんばかりの勢いで私はランディさんの言葉に自分の言葉をかぶせた。
話を聞かないやつだと思われてもいい。どんな順番で話をするのかも考える余裕もなくて、もう思ったことをぽんぽんと口にしていくしかない。
「一つ尋ねます。ランディさんは、私がいたら邪魔ですか」
「どういう意味だ」
「そのままの意味です。私にトラブルが来るかもしれないから、そのあおりを食うのは困るから、ランディさんは私を元の世界に戻したんですか?」
もしそうなら、私は大人しく日本に帰るべきだと思う。
ランディさんは一緒にいたくないと思っている、そうなれば私がここにとどまる理由は今のところ見つかっていない。
けれど、もしも……ランディさんが私のことを心配した故の言葉だというのなら、私はまだここにいたい。
「……邪魔だと思ったことは、確かにある」
「過去形、ですか?」
「正確には邪魔くさい、か?」
挟んだ私の質問には答えず、ランディさんは素直な評価を私に告げてくれた。
『邪魔くさい』か。
それはギルバードさんと同レベルに扱われているような気がするから、少なくともマイナスという意味ではないのだと思う。うん、悪い意味ではないな。でも、言い直したところで過去形だということには変わりがない。
「で、今はどうですか?」
「帰ればいいと思っている。ここにいて、お前に利点なんてないだろう」
「私の都合はおいといてください」
って、そうじゃないか。
私の都合を考えずに言ってくれ、なんて願いをランディさんにするのは間違っている。だって、ランディさんの理由はどうであれ、私に戻ってきてほしくなかったと言っている。
ランディさんに言われるのが『帰れ』だけであるのなら、私だって納得させられる理由を告げなければ平行線だ。
でも、いきなり告白するのもちょっとどうかと思うので、まずは……そう、二番目の理由であるランディさんの食生活への不安を話そう。
「あのですね、ランディさんは私がもとの世界にいる方が安全だって思うかもしれませんけど、私、あんな別れ方したらまったく安心して暮らせないんですよ」
「元の場所にもどれたわけじゃなかったのか?」
「いえ、それは平気でした。でも、そうじゃなくて……精神的にですよ! だって、ほら。いまだってちょっと一週間目を離しただけでランディさんの顔色が悪くなってるじゃないですか。ご飯、ちゃんと食べてますか? っていうか、あの日のシチューもちゃんと食べてくれました!?」
そして叫んでから、私もはっとした。ちがう、ちがう。それを問い詰めるのは後だ。
けれど途中で思考が逸れた私に、ランディさんは表情をゆがめた。
「お前、結局何が言いたい」
「だから、ランディさんの様子が知ることができない場所にいるほうがとても気が気じゃないですって言いたいんです。まためんどくさがってご飯を食べなくなるんじゃないかとか、それで倒れたりしないかとか」
「気にするな」
「そんな無茶を言わないでください、だって、世界の壁を自分で越えられるようになるくらいランディさんのこと、私好きなんですから」
それができたらこんな場所にまで来ていない。
そうため息をついてから、はっと気が付いた。
「ちょ、待ってください。やりなおし、やりなおしさせてください」
「なにがだ」
「なにがだって……!!」
こんな告白あってたまるか!!
そう思ったけれど、ランディさんは先程から何一つ表情を変えていない。
え、ちょっとこれはこれで……問題があるような……。
「あの、もしかしなくてもライクの意味で受け取られました?」
「意味が分からない」
「意味って……もしかして、英語が通じてないの!?」
いや、私の発音完全にジャパニーズイングリッシュだけど!!
でも、ランディさんの反応を見ればそういうことは僅かにも私の気持ちなんて予想していないだろうことが何となく伝わってきた。ライクが通じるか通じないか以前に、好きはちゃんと今まで通じてる言葉で言った。最悪だ。いや、やり直しができるならいいかもしれないんだけど……これはこちらにまったくそういう意識を持っていないからだと思う。肯定がなくてもライクの意味でとられているのは確定だ。
そう思えば、さっきは『後でいい』と思っていたことを急に撤回したくなってきた。
だって、問題だよ。うん、告白紛いのことをして、一切気付いてもらえないなんて。
こんなもの、良い雰囲気になるまでって思っていたら多分一生想いが伝えられる日は来ないと思う。
「……ランディさん、私、決めました。私、ランディさんと一緒にいたくてこっちに戻って来ました。だから、もっとランディさんのことを知りたいので居候を継続させてください、とお願いします」
「な」
「あ、実家に戻る戻らないでしたらご安心を。行き来するすべは持ちあわせていますので。嫌いだと思ったら今後、帰れと一言言っていただければ帰ります。自分で帰れますから」
ランディさんの呆けた顔を見ると、すこしだけしてやったりという気分になる。
少しだけ「帰れ」と即返される可能性も考えていたから、これはとてもほっとする。うん、いやなら即帰れって言う人だもんね。
「……お前、馬鹿だろ」
「ランディさんには言われたくないんですけど……!!」
「帰し辛くなる前に帰したってのに……」
え、と返す前に私はランディさんに引き寄せられた。
ぽすんと胸に飛び込むような形になったけど、え、どうしてこうなってるの?
「まあ、正直よくわからんが、わかるまではいても構わない」
それはだいぶ偉そうで、中途半端で、告白した方としては捉えにくい回答にがっくりくるところなのかもしれない。でも、この頭にある手は絶対に顔を上げないようにしているもののような気がする。つまり、おそらくランディさんらしくない表情を浮かべているのだろう。
その光景はとても見たいが今はぐっと堪えて、ただただ早く脈打つランディさんの心臓の音を楽しむことにした。これを指摘したらどうなるだろうかと思うけど、まだ追いだされることはしたくない。
でも、この様子ならチャンスは充分。
覚悟してくださいと宣言した通り、私はランディさんに振り向いてもらうよう努めることを、心に誓った。
明日で第一章は終わりです。




