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第33話 再び「ただいま」をするために

 それから、一週間。

 私はなかなかハードな日々を送ることになった。


 ただし渡界術や魔術という観点から厳しい修行を行ったというわけではなかった。むしろ教えてもらった時間は全部合わせても三時間なかったと思う。大変だったのは、お母さんから教えを請うためにこなすお手伝いだった。


 お手伝いは屋根裏掃除や網戸の修繕など色々あったけど、日常的なものでいえば食事の準備があった。食事なら得意と言いたいところだけど、お母さんは『豪華で安くて美味しいもの』というリクエストを付け加えてくれるので、品数が必要な上、各々の工程が多く、なかなか時間もかかれば頭もひねる必要がある。

 あちらの世界で作っていたのは『ボリュームがあって早く作れて安くて美味しいもの』だから、見栄えより実益重視だったんだよね。


 でも、なんだかんだで色々考えるのって楽しいし、あっちでもこれを作ったらランディさんも喜んでくれるかな、なんて一瞬考えたこともあった。そう、一瞬だけ。だって悲しいかな、よく考えたらランディさんが見た目を楽しんで食事をしているところが想像できない。もちろん食欲をそそる色合いなどには影響されるとは思うんだけど、基本的に食べやすい食事と甘い食べ物が好きな人だ。

 そういえば帰ってくる前に作ったクリームシチュー、ちゃんと温め直して食べてくれていたんだろうか? もしもランディさんが放置していても、きっとイリナさんたちが食べてくれていると思うんだけど……ランディさんに食べてほしくて作ったのだから、食べてくれていないってことになってたらちょっと怒りたくなってしまうかな。


 ちなみに日本に帰ってきても、私は無事アズトロクロア王国で使えた魔術を問題なく使うことができている。


 お母さん曰く『一度開花すれば問題ない』そうなのだけど、日本での私たち一族の魔力は『冷蔵庫の中で眠って春を待つ球根状態』であり、太陽の代わりに別世界の空気に触れれば一気に立派に開花へ進むということらしい。そんな苦労する設定、いらない……!!


 ただ、やはり日本で使うと目撃されたときが大変なので、あまり使わない方がいいと遠い目をしたお母さんからアドバイスを受けた。どうやら過去に何かあったようだけど、怖いのであえて聞くことはできなかった。知らぬが仏という言葉だって世の中には存在しているのだ。


 そして肝心の修行は、主に感情のコントロールだった。

 この言葉だけだと私が情緒不安定のように聞こえるかもしれないけれど、私が「ファイア」と唱えるだけで火が起こったことが示すように、魔術の行使にはとにかくイメージを強く持つことが大切らしい。確かに「ファイア」なんて口にするときは、私は少なくとも火のイメージを抱いている。大きな火が起こりすぎたりするのはぼんやりとしたイメージしか抱いていないせいで、ありったけの魔力を遠慮なく注ぎこんだりしてしまうらしい。


 そんな状態で渡界術の練習もしたんだけど、まずは『同じ世界内で移動すること』から始まった。理屈はランディさんの持っていた転移陣と同じということだけど、陣は存在せず、自分の部屋にある持ち物を転移の地点とするものだ。これで慣れれば世界の境界だって超えられるということだったけど――正直、当初は不安なことこの上なかった。なんせ、ものの気配を探るのが上手くいかないのだ。


 でも、それは最初の頃だけ。

 三日目からは庭から自分の部屋の気配を探れるようになったし、昨日は家から少し離れた公園からもその気配を察知することができた。ただ、万が一にも人目についたらまずいということで転移は昼間に行わず、深夜人通りが皆無になってから土管の中に入って、そこから試してみた。結果は、自分の部屋に帰ることに成功した。受け継いだ力のおかげもあると思うと、大感謝だ。


 こうして練習していく中で、私は距離の都合や媒介は愛用品や特に思い入れが強いものでなければいけないことを理解した。これがお母さんの言っていた『縁』なのだと思う。


 ただ、そうなると少々困る。

 ランディさんのいる世界に私はスマホを置いてきているけど、スマホは大事とはいえ思い入れが強いわけじゃない。データだって、どうにかなるものしか入れていない。


「媒介にできそうなもの、なにかあるかな……」


 想う人のところに飛ぶというのができれば便利なのだが、あまりに思い入れが強過ぎる場合は対象物を呼び出してしまうことがあるとお母さんは言っていた。だから対象が人の場合、私がされたように召喚してしまう恐れがあるという。召喚には生贄がいるのではないかと驚いてお母さんに聞いてしまったが、世界を渡ることができるくらい魔力の読み取りができるものであるなら、そんなもの必要ない……むしろ、他の世界でもそんな犠牲が必要だった記録はないと逆に驚かれてしまった。術式に何か問題があるのかもしれないけど……どちらにしろ、こちらにランディさんを呼ぶのは気が引ける。ただし相手が高位の魔術師であれば召喚を拒否することもできるだろうが、力が拮抗した場合は互いに時空の狭間に落ちるかもしれないとも言っていた。

 それはあくまで予想であり確定していないが、万が一にも事故が起こればと思うと、やはりランディさんを目標物にするのはためらわれる。


 そんな中で一つ思い浮かぶのが、ランディさんにもらったドレスだ。

 あれはもらったものだから私のものだし、万が一こちらに呼んでしまってもなんら問題はないと思う。でも、ドレスよりはランディさんに会いたいという思いが上回ってるから、思い入れが強すぎるということもきっとないはず……だと、信じている。


 お母さんの話によると、数百メートル先の転移ができるようになれば、異世界への転移も可能になるらしい。いわく、一キロ先に転移するよりよほど境界を超えるほうが楽だという。

 それを聞いた私は、両親が私を送り出したときに心配しなかった理由がわかるような気がしてしまった。私自身は気付けなかったけど、そんなに簡単に帰宅が叶うとは……。


 そんなことを思い返しながら、私は夕食の準備をしながらリビングにいるお母さんに声をかけた。


「お母さん、私、明日あっちの世界に一度行こうと思うんだけど」

「そう、じゃあネックレスを持っていきなさい。もし失敗して境界の狭間に落ちちゃったなーって私が思ったら、引き上げて戻すから」

「……そんなことできるんだ」

「とある世界を救った真昼ちゃんのお母さんの実力、なめちゃいけないわよ?」


 万全の救助体制だな!!

 そう思いつつ、そんなことができるなら長期間家に帰らなければ呼び戻してもらえていたのかもしれないと私は気付いた。……うん、それなら明るく送りだしてくれたのも頷ける……って一瞬思ったんだけど、呼び戻すまでの間に危機に瀕していることだってあるんだからやっぱりあれはお気楽すぎたんじゃと思わなくもない。もっとも、自身が異世界から帰ってきているから『なんとかなる』の思いが余計に強いのかもしれないけれど。


「向こうにいったら十日は休みなさい。そうすればきっと魔力も回復するわ」

「わかった。ついでに教えてもらえたらうれしいんだけど、私の魔術の属性ってどんな種類があるのか、わかる? やっぱりこれって家系の影響も強く出るものなの?」

「属性かぁ。そういう概念はないかも」

「え、ないの?」

「属性がないと言えばいいのか、それとも全属性ともいえばいいのか悩むところなんだけど……。そういう概念はそもそも私たちの一族にもお父さんの一族にもないはずよ。だから念じればなんでも使えない?」

「うん、使えはするんだけど……でも、反対の属性も使えるのかってあっちでは凄く驚かれたよ」


 そんな私の言葉にお母さんは笑っていた。


「だって別世界に呼ばれて勇者になることが多い家系なのよ? それくらいのアドバンテージがないと、一族が途絶えちゃってるわよ?」

「あ、うん、そう、だよね。でも、私が行った世界だと二つの属性が使えるのはとんでもないことだったから、どれも使えるのがあたり前みたいな感じでお母さんが言ってるのがすごく不思議で……便利なんだけどね」


 別に嫌だというわけではないし、むしろ便利なことはいいことだと思う。

 けれどどこか漠然としたなんとも言えない感覚も確かにある。


「不安?」

「え?」


 どうしたらこの感情を伝えられるのかと悩んでいた私に、お母さんは優しいけど芯のある声で言った。お母さんは私の反応にかまうことなく言葉を続けた。


「魔力の性質は普通の人とは違い、魔力そのものもかなり莫大。正直圧倒的な力になり得るわ。そんなものを持っていれば権力があっという間に転がり込んできたり、忌避されたり、あるいは使役しようと思うものもいるでしょう」


 それは、ランディさんからも言われたことだ。火と水の両方が使えることは隠すほうがいいと、ランディさんが教えてくれた。でも現実は反対属性でも行使できるという程度でも収まらない。今思えばランディさんがいそぎ私をこちらに帰したのだって、私が異端の扱いを受けないようにということもあったと思う。ランディさんは、自身がその立場だから余計に心配してくれたんだと思う。


 でも、私が感じたのはそういう人からの扱いじゃない。


「そういう不安がないわけじゃないけど、どっちかっていうと私自身がこの力でずるをしちゃったり、わがままを言っちゃったりしないかなっていう不安がつよいかも」

「そういうことを考えている間は大丈夫よ。それに修行をしなければそこそこしか使えないから、そもそも心配いらないわ。すごく性能のいいエンジンを積んでいる車でも、運転手が下手ならエンストして終わりっていうみたいな感じで」

「それも、わかるんだけど……」


 訓練をしなければ自在に使えないのなら、不安があるうちはしなければいいということは理解できる。いままで魔術は使えなかったけど、それで生活に困ったこともない。でも努力しなかったせいで「もしも頑張っていたら……」と思うようなことが起きれば後悔するに決まっている。


「訓練したい、でも不安。そんな私の娘のために、一つアドバイスをあげようかな」

「おすすめの方法があるの?」

「ええ。信頼できる強い人を一人見つけておくの。もし暴走したら、殴ってでも止めてくれそうな人がいれば、暴走したところで頭も冷えるでしょう?」

「……」


 かなり実力行使を伴う止め方を聞き、私は顔を引きつらせた後、苦笑した。


「そういう人なら、すでに心当たりがあるから安心かな」


 痛いのは嬉しくないので、できればそういう風になってはいけないと強く思う。そもそもランディさんに止めなければいけないと思わせる状態は呆れられるし、下手をすれば軽蔑されかねないと思えばその心配もしなくていいかと思ってしまった。


「ずいぶん素敵な人と出会った様子ね?」


 探るような様子のお母さんに『いつかちゃんと紹介できるようになれば』と思いながら、私は笑ってごまかした。

 少なくとも私があの世界にもう一度戻るまで、詳しい説明はお預けだ。





 

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