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第30話 驚きばかりが連続し

 ランディさんにオムライスを届けた後イリナさんとマークさんにパンケーキを振る舞った私は与えられている部屋でごろごろしていた。お弁当を売りに行くことができないのが常連さんには心苦しいけど、今日はランディさんが部屋に籠りっ放しだから勝手に行けないので仕方がない。そもそもいまから急いで作っても数は足りないだろうし、たとえ作れたとしても当日になってからイリナさんに売りにいってくださいとお願いするのも心苦しい。だって、イリナさんにも予定というものはあるだろう。


 でも、やるべきことがなければ暇である。

 ランディさんが部屋から出てきたら食べられるようにと、一度カップケーキを作りに部屋は出たけど、扉が開かれる気配はない。

 夕飯までには開けてくれるといいんだけれどと思ってみるも、見通しがたたない現状では作っていいものかどうかも悩んでしまう。食べるってわかってから作ったほうがいいんだろうか?

 どうしたものかなと悩んでいると、イリナさんから呼び出しを受けた。


「ヴァンス様がお越しです」

「ギルバードさん、やっぱり来られたんですね。ランディさんはこもってるし……残念だけど帰ってもらわないとですね」


 でも、そう呟きながら私は少し不思議に思った。

 イリナさんにもランディさんが部屋にこもってることは伝えているし、私と同じく「諦めてもらいましょう」って言ってたから、私があえて説明しなくても無理なことはギルバードさんにも伝わっているはず。あえてどうしてなのかと首を傾げれば、イリナさんは笑っていた。


「マヒル様にお会いになりたいそうです。お菓子をお持ちくださっています」


 え、私?

 そう疑問に思ったけれど、もしかしたら昨日の今日で気遣われてのお見舞いのようなものかもしれない。別にそこまで気を遣われなくても……とは思ったけれど、自分が逆の立場であれば間違いなく菓子折りをもっていくだろうと思ったので、とりあえず顔を出すことにした。それに、大丈夫であっても文句の一つもいっておきたい。


「ごきげんよう、ギルバードさん。よくも昨日は逃げてくださいましたね」

「ああ、悪い悪い。美味い菓子を持ってきたから、とりあえず機嫌を直してくれ」

「まったく……ランディさんの怒りの視線を一身に引き受けた私の気持ちわかってくださいよ」

「悪い悪い、でも、俺よりマヒルのほうが怒られなくて済むだろうなと思ってさ」

「それはギルバードさんが謝らないからでしょう。まだきっと、ランディさんはギルバードさんのことを怒っていますよ」

「まあ、ランディが俺のことを怒ってるなんてもう何年も続いてるから大丈夫だ」


 それ、全然大丈夫じゃない。

 大丈夫じゃないけど、それで二人の縁が切れていないのならいいバランス……と、言っていいのだろうか。まあ、互いがそれでうまくいっているなら、問題もないと思うんだけど……お仕事があったとはいえ、もうちょっとギルバードさんも一緒に謝ってくれればそれで済んだだろうに。

 気を遣ってくださったイリナさんがお茶を淹れてくださってから部屋を出たのを確認すると、ギルバードさんは少しほっとされたようだった。


「人にはあまり聞かれたくないお話をお持ちになったんですか?」

「まぁ、ここの使用人が噂好きだとは思わないが、公にすべきでもないものを人前で話すのも苦手でな」

「もしかしなくてもメアリーたちの話ですね」

「話が早くて助かる」


 思ったより本題に入るのが早かったなと思いつつ、私はお菓子を口に運んだ。まだまだ事後処理も残るなか、のんびり世間話をしている暇もないのかもしれない。


「メアリーの処分は言うまでもなく厳しいものになるだろうが、ドイルが半ば騙されていたような面もあるから、なかなか難しくなりそうでな」

「ああ……悪事をするっていう自覚ができてなさそうでしたもんね」


 そうでなければ、堂々と私にも聖女を探しているだなんて言わなかっただろう。

 頭が弱いとは思うけど、そこまで度胸が据わってないこともよくわかる。


「それに、メアリーは生贄の殺害を罪とできるが、ドイルは少々難しい。直接手を下していない上に本人が魔術をてんで理解していないもんだから、下手をすれば魔力を奪われた被害者にもなりかねない」

「お灸は据えて欲しいところですけどね」

「まあな。……いずれにしても聖女の召喚に関しては、伏せられた状態で話が進んでいる。聖女の召喚を行った罪といえば話は早いが、そうなれば『聖女を呼んだ者』として崇拝する者が現れる可能性がある。そのうえで裁こうというのなら、手法がどうであれ王家に反感が向かう可能性もある。下手に扱えないのが心底面倒だ」

「なるほど……と言いたいところなんですけど、呼んだくせに殺しにかかってきたの、メアリーなんですけどね。だいたい聖女ってなんですか聖女って。私、ただの異世界の一般市民ですよ」


 ギルバードさんも聞き耳を立てていたというのなら、私に何らかの変化が起こっていたのはわかっているはずだ。見ていないからわからないということもあると思うけど、メアリーの怯えた声が私に起こった変化を伝えていたと思う。だからといってそうそうに聖女だと断定するのはどうかと思う。

 けれど、ギルバードさんはゆるく首を振った。


「声を聞いていた限りだと、マヒルはメアリーの魔術を無効化でもしたんだろう? 俺は魔術が使えないが、嫌な気が消えた直後、メアリーはお前を聖女だといって怯え始めたのは聞いている。そのうえでランディがマヒルに協力を得て何らかの術を使ったと考えれば……『聖女』にあてはまるかどうかはさておき、かなり特殊な魔術師であることは確定だ」


 ランディさんの力が介入してこそだったと思うけど、確かに霧は霧散した。


「互いに攻撃し合っていたなら、メアリーの術とマヒルの術が対抗して打ち消し合ったという可能性もなくはない。けれど状況は違っていたし、メアリーの反応が合わないからな」


 正常な反応がわからないので私は応えあぐねたが、この世界の常識を私が知らないことを知っているギルバードさんは気にする様子を見せなかった。


「まぁ。いずれにしてもあの魔術馬鹿のランディがマヒルの魔力を何らかの形で欲したことから、特別な魔力を持っているのはわかる。ぶっちゃけ俺も自爆なんてされたら逃げなきゃ死ぬかなって思ったけど、収めてくれて助かった」

「死ぬかもって思っても逃げなかったんですか?」

「それはお互いさまだろ」


 そう言われれば、なんとも返事はしがたいところだ。


「ま、とりあえずあそこに連れて行ったのが特に口が堅いイクスとスピアのコンビでよかったよ。あと、ホントにマヒルがあいつらの前に召喚されなかったことを幸運に思う」

「それは私もですね」

「気が合ってよかったよ」


 やや冗談っぽくそうまとめたギルバードさんに私も肩をすくめた。


「なあ、マヒル。その菓子、美味いか?」

「ええ、美味しいです。ありがとうございます」

「そうか。それは王宮の菓子なんだが、殿下の婚約者になればたらふく食える。興味はないか?」


 その話の流れを汲むまでに、私に時間が必要だったことは許して欲しい。

 そして言わんとすることを理解したところで信じられなかったのも、信じてほしい。


「ちょ、何言ってるんですか! ふざけてるならお帰り願いますよ……!!」


 菓子で釣られて王妃様、なんて冗談にもならないことだ。

 というか、今まで真面目な話をしていたのではないのかと私は抗議したが、目が合ったギルバードさんもまた、口調とは違って真面目な表情を浮かべていた。


「言っただろう。『聖女』の存在でどれだけ国が変わるか。メアリーがドイルに言った、聖女召喚で王位簒奪もあながち夢物語ともいえない部分はある。まあ、聖女と呼ばれるくらいの能力者なら、というわけだが」

「でも、それは私が聖女じゃないって思われれば済む話で……」

「まぁ、実際のところはまだその魔力にも不明な点は多いが、調べればわかることだろう。ぶっちゃけ、『殿下が聖女を助けてそのまま婚約』ってシナリオにすると俺の仕事も凄く減るんだが」

「ちょっと、でも、そもそも私は殿下に嫁ぎたいなんて思ってないんですけど……!!」


 なのに勝手に話を進めないでいただきたい! そう声にならない声で主張すると、ギルバードさんは首を傾げた。


「別に一つの案というだけだぞ? それに殿下は顔もいいし、『可能性の一つ』くらいならアリじゃないのか?」

「あの、殿下相手にその言い方ってどうかと思うんですけど……でも、変な感じですね。私が異世界人だってわかっても餌くらいの扱いだったのに、殿下の妃を勧められるなんて」

「気を悪くしたか?」

「それは全然」


 エサとされても私にとって利益であれば、気になるどころかありがたいくらいだという思いに変わりはない。

 けれど常識がない者に妃の座を勧めるほど特殊な力を持っているとなると、どうしても不思議だと感じてしまう。


「私自身は何も変わっていないのに、力の有無だけでいろいろ変わるんだなって思って」

「……まあ、魔術師ではない俺がみた限りだと『可能性』だがな。だが魔術を行使できるものが少ない世界で、なおかつそれが希少種となればそれくらいなんてことはないんだ」

「なんだか、怖いですね」


 希少な多属性持ちであったがゆえに運命に翻弄されたランディの話を決して忘れたわけではない。けれど、それがどのような意味なのか、実際に自分に関わることとなれば、言い表しがたい気持ちになる。


「とりあえず、ご紹介の件は遠慮させていただきます。誰でもいいから紹介してほしい! っていうときなら喜べるんですけど、いまはそんな気分じゃありませんし」

「いい男だぞ? まあ、俺のほうがいい男だが」


 これは肯定するべきなのか、それとも否定するべきなのだろうか。


「おい、何か言え」

「何かといわれましても……そもそも私もまだ自分の世界に戻るお話もありますし……」


 そう返してから、私は自分の言葉で少し気が重くなった。

 いま、私はどういう状態なのだろうか。

 確立している技術ではない送還を探している人に対して行き来したいと相談するタイミングはいつなんだろうか。召喚には生贄が必要だといっていたけど、それを使わず行き来することはできないんだろうか?

 でも、自分の両親が召喚された経験を語っていた時に悲壮感はなかった。もしも召喚に犠牲が必要であると両親が知っていたなら、きっと私が召喚されたときに喜ぶことはなかったと思う。


 よし、やっぱりその方法を探すために、私も魔術をもう少し学びたいとランディさんに相談しよう。果たして理由はランディさんの食生活が心配だからで事足りるだろうか。ランディさんが好きだから会えなくなるのが……というのも本心で、言うことで叶うなら堂々と言うけれど、まだ帰れるか確定していない時点で告白して断られれば色々と気まずすぎる。でも帰れるって確定してからだと遅い気がするし……。


 そう思った時蹴破るような勢いでドアが開き、直後強烈な風が流れ込んできた……というか、ギルバードさんを襲っていた。

 あきらかに自然の風ではない流れに、私の頬は引きつった。

 これ、絶対ランディさんだ。


「痛ッ、つか、何てことしやがる!」

「うるさい。人の家で何ナンパしてやがる」


 ランディさんだと姿を見る以前に思ったのは私だけではなく、ギルバードさんも明らかにランディさんの仕業だと分かったように怒っていた。ただ、冷ややかな目をしたランディさんはまったく動じない。


「別にいいだろ、マヒルだってこの世界にいるなら安定した地位も悪くないだろ」

「今はいるが、こいつは帰る場所がある。余計な枷をつけて残そうとするな」

「それ、なかなか困難じゃないか。メアリーはなんも吐かないし、召喚には入念な準備を行っていたようだが、そもそも還す方法なんて考えてなかったと思うぞ。なんせ生贄にするつもりだったんだし。実際のところ、現実的なのか?」


 ギルバードさんの言葉にランディさんの眉間の皺はますます深くなった。

 これは最低でもまだ見つからないという言葉は覚悟しなければいけないだろう、そう思わせる顔で呟いたランディさんの言葉は私の想像とは違っていた。


「理屈は理解した」


 その言葉を聞いた私とギルバードさんが一斉に目を見開いたのは、言うまでもなかった。







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