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第2話 彼が噂の魔術師さん

 そして、翌日。


 同じ場所で、少し遅れた時間に昨日のお客さんは現れた。

 今日もお弁当は順調に売れたので、このお客さんが買っていってくれるかもしれないと思ってよけておいた二個以外は残っていない。来てくれる保障はなかったけど、置いておいて本当によかった。


「美味かったよ、昨日のオベントウ」


 そうにこやかにお客さんは言ってくれてるけど、嬉しい感想でも今の私にとっては最も重要なことはそれではなくて……


「あの、魔術師さんはどんな反応をなさっていましたか?」


 そう、喜んでさえしてくれていれば、宅配の申し出だってしてみたい。

 そしてとにかく直接コンタクトを取らせてほしい……!!


 だけど、私の言葉にお客さんはなんとも言い難い表情を見せた。

 あれ、この反応って……


「もしかして、魔術師さんのお口に合いませんでした……?」

「いや、それは悪い、その……食べるところまでしてなくて。あ、でも、別のやつが食っててすごい喜んでて、今日もそいつが食いたいからって買いに来たからさ!! 二つくれるか?」

「あ、はい……」


 捨てられることなく誰かの口に無事に届いて、美味しいって思ってもらえたことは嬉しいことなんだけど……でも、世の中甘いばかりではないということか。


「ほんとに、お嬢さんの飯が悪いとかじゃないからな!」

「あの、その……やっぱり食べるのが面倒くさそうっていうことですか?」

「あー……なんか、スプーン持つのすらめんどくさがってる……」


 敵は思った以上にものぐさ度が強かったのか。

 でも、それが原因だというのなら……せっかく見つけた獲物だ。仕方がないと諦めるには惜しすぎる。


「お客さんは……その、その人にご飯を食べてほしいんですよね?」

「ああ、まぁ。一応同僚だし心配だし」

「だったら、私その人が食べる気になれるものを作るんで!! だから、その人をひと目見てみてもいいですか!!」


 下心満載で、私はお客さんに申し出てみた。

 ここで逃してたまるもんか。そのぎらついた闘志がお客さんの目にどう映ったかわからなない。ただ、情熱だと誤解してくれたら助かるけれど!


「……あれ、『お客さん』って、お嬢ちゃん、俺の名前は知らないの?」

「イクスさんとスピアさんの上司? の方……ですよね?」

「そっか。その認識なのか」


 なんだかまずい認識なのだろうか?

 けれど、お客さんは気を悪くしたようではなく、むしろ納得したような様子であった。


「俺の名前はギルバード。ギルバード・ヴァンスだ」

「私は真昼です」

「マヒルか。ユニークな名前だね」


 なかなか控えめながらも驚くくらいには、やはりこちらで真昼という名前は珍しい響きみたいだ。もっとも、日本でもメジャーな名前じゃないんだけど、それを聞いて少なくとも名字まで名乗らなくてよかったと思ってしまった。


「それで、なんでマヒルはランディを見たいんだ?」

「その人を見たら、どんな雰囲気のものなら食べそうかなってわかるかもしれないじゃないですか」

「見ても何も食べなさそうって思うかもしれないぞ」

「……そんなに、めんどくさがりな人なんですか?」

「そこまで絶望的じゃない……と、思いたくはあるんだけどな」


 申し出に対して目を逸らしたギルバードさんに、私も若干不安が募る。

 けれど、そこまで面倒くさがりならたとえコンタクトがとれたとしても、元の世界に帰る協力を得ることはかなわないだろう。友好度を上げればなんとかなるかもしれないが、それをするにもまずはコンタクトがとれなければ始まらない。ならばやはりここは弁当売りとして攻めるしかない……! そう思えば怯んでいる暇なんてない。


「まぁ、見るくらいはいいか。ただ、ひかないでやってくれな?」

「大丈夫です、多少の驚きは些細なことですから」

「些細……な。それだと頼もしいかな」


 散々ものぐさだといっていた後だけど、魔術師さんを庇う言葉でギルバードさんは本当に仲間思いなんだろうなと思った。

 そして同時に、やはり予防線を張らなくてはいけないほど魔術師さんは変わった人なんだなと思ってしまった。



 そうして私はギルバードさんについていって、どう見てもお城としか思えない場所の、さらには明らかに一般人が入っちゃダメに見える場所にやってきました。


 え、ここに入っていいの? ここ……っていうくらい自分の場違いさを感じているんだけど……え、思ったよりギルバードさんって偉い人? というか、そういうことならその魔術師さんも偉い人じゃ!!

 もちろんだからといって何がどうってこともないことなんだけど、でも、やっぱり緊張するのも緊張したりとかね……!


「その様子、やっぱり気づいてなかったんだな」

「今、ちょっと対応に困ってるんですけど……」

「まあ、いまさらだから気にするな」


 それはとても助かるけど、スピアさんたちもエライ人だってもうちょっと教えてくれてもよかったのに!! ギルバードさんの反応を思い出せばわりとみんなが知っているだろう有名人だっていう可能性もいまさらながら思い浮かぶんだけど……本当にいまの今まで知らなかったし!!

 そういえば、噂のものぐささんも『ランディ様』って呼ばれていたし、様っていうことは相当エライ人なのだろうか……?


「この奥にランディがいるんだけど……まあ、こっそり覗く程度な。不機嫌なときに話しかけたら何を言われるか……というか、物理的に何が飛んでくるかわかったもんじゃないし」

「そんな命の危機を考えておかないといけないんですか」

「見たらわかる。だから注意して見てくれ」


 エライ(かもしれない)のに、ものぐさかつ短気な人とは一体どんな人なのか。

 そう思いながら、私はそっとドアから中を覗いてみた。


 そして、理解した。


 ランディさんという人、ものぐさと言うより……仕事に追われに追われている人だということを。


 部屋の中にいたのはたった一人なので、あの人がランディさんで間違いないだろう。

 瞳は見えないけれど、燃えるような赤髪がはっきり見える。ランディさんは大きな机に大量の書類を積み上げ、頭をかきむしりながらペンを走らせていた。見えないけど、眉間にしわを寄せていそうなイライラした雰囲気だ。そして魔術師というより誰かに仕事を押しつけられて残業をしなければならなくなってしまったサラリーマンみたいに見える。部屋の分厚いカーテンがほぼ閉まっていて部屋が暗いせいか、ドリンク剤を片手に深夜業務をしているような幻影さえ見えてしまった。


 私はドアをそっと閉め、ギルバードさんを見た。


「あの、ギルバードさん。ランディさんってものすごく忙しい方なんですね」

「見ての通りだな」

「あれ、分担しないと死んじゃいますよ」


 どういう仕事の割り振りかわからないけど、明らかにオーバーワークだ。あれは食事を摂るのが面倒臭いんじゃなくて、食べる暇がないだけなんじゃないのだろうか。


「いや、今、あれランディは休憩中だ」

「はい?」

「魔術に傾倒しすぎてるっていうか馬鹿っていうか……割り振られた仕事はとっくに終わってるはずだ」

「いや、それなら間違いなく馬鹿でしょう」


 っていうかあのイライラしてる姿も趣味をしててイライラしてるの!? マゾなの!? 絶対そうよね!? そう思ってしまうけど、うん、まぁ、人の趣味には口は出さない。出さないけど……あんな状態になるくらいなら、休憩するべきだよ!


「飯でも食って気分転換したほうがマシだろうって思うんだけどな。そんなの面倒くさいし疲れるし時間がもったいないって言ってさ」

「面倒くさい人ですね」

「ああ、まったくだ」

「おかげで、俄然やる気が出てきました」

「だよな、だけど諦めないでくれ……って、は?」

「諦めませんよ、やる気が出ましたから」


 やる気というか、義務感という気もするけれど。

 もちろん今も日本に戻るためにお近づきになりたいという思いはある。でも、それ以前にあの状態はダメだ。絶対そのうち倒れちゃう。魔力を体内に取り込む云々の理屈はわからないけど、あんな状態でずっと座ってるのも身体に悪いだろうし、あの表情を浮かべている時点で絶対に精神的にも良くないわ!! ランディさんは他人だけど、それでもあれはどうにかしなければいけないと思ってしまう私の性格も大概面倒くさいけど、ここはお弁当に見向きもしてもらえなかったという新米お弁当屋のプライドもちょっとはあるし!!


「要は、書類から目を離さなければいいんでしょう」

「マヒル、顔が怖くなってるぞ」


 そんなギルバードさんの声が聞こえてきたけど関係ない。

 今の私はこのものぐさ魔術師専用のご飯を考えるので、頭がいっぱいなんだから。

 まずは食べることを覚えさせて、それで食事っていうのは休憩をとってでも食べたくなるって思わせて、それで生活状況を改善させよう……!!


「ねえ、ギルバードさん。ランディさんの胃の調子はどうなんですか。濃い食べ物だめとかありますか?」

「たぶんそれはないんじゃないか。多分だけど」

「そうですか。じゃあ、本当に遠慮しないでいこうかと思います」


 そうして、私は早速今から材料を買いに市場に向かおうと心に決めたのだった。







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