第28話 反省会は食事の後で
現れたギルバードさんは実に爽やかそうに「よっ」と、ランディさんの手を防いだ方と反対の手をあげていた。
それは今し方こちらが大変なことになっていたのとは無縁な気の抜ける表情でーーと思っていたら、ランディさんはつかまれた腕とは逆の手で拳を作ってギルバードさんのわき腹に見事なクリーンヒットを繰り出していた。わぁ、痛そう。
「なにしやがる、魔術師の細腕だって決まりゃ痛……」
「もう一発いくか?」
「ストップ、ストップランディさん。それより、いったいいつからギルバードさんはいらっしゃったんですか」
ギルバードさんがいるとは思ってなかったので、私はこのやりとりに驚いた。
ランディさんは気付いていたから真っ直ぐギルバードさんを殴りに行ったのだろうが、気配は感じられなかった。というか、そもそもなんでギルバードさんが殴られることになっているのか、聞きそびれたままだ。
いろいろ疑問を抱く私に、ギルバードさんは尋ねたことにだけ答えてくれた。
「メアリーに付いてきて、様子を窺っていた」
「やっぱり私がギルバードさんに直接言わずにメアリーと帰るのはおかしいと思いましたよね」
メアリーはハナから作戦の成功を信じて疑っていなかったけれど、やっぱりおかしいって思ってくれていたという事実にいまさらながらほっとした。
「マヒルがうまく煽ててくれたおかげでドイルもいつも以上に饒舌だったし、メアリーも油断してくれて助かったよ。マヒルは案外芝居が上手いな」
「じゃあ、お役に立てたんですね」
「ああ。なんていうか、もともと話を聞くのがうまいよな。表情を見てるのか?」
「そういうつもりはないんですけど……でも、そう言っていただけて嬉しいです」
役に立つようにと思っていたけど、なんだかその褒められ方はくすぐったい。
さっきまで緊張の場面だったのにとは思うものの、今抱いているのは安心だから、それも仕方がない――なんて自分に言い訳をしていると、隣からランディさんの冷めた声が飛んできた。
「騙されるな。ギルバードはメアリーの関わりに気づいていた。そう、顔に書いてある」
その声に私は動きを止めてしまった。
「騙される……? って、何がですか?」
「おいランディ、ひとぎきが悪いことを言わないでくれ。メアリーがこの空き家を使っていたというのは、本当に調べられていなかった」
「そんなことはどうでもいい。だが、こいつが攫われることを理解したうえでメアリーと庭に行かせたことを伏せたまま話を進めるな」
厳しい口調に、私も目を丸くした。
「え、でも私を庭に誘ったのはメアリーで、ギルバードさんに行って来いって言われたわけじゃないですよ。それに私だってギルバードさんがドイルさんと込み入った話をしやすいようにって自分から離れた部分もありますし」
「それがギルバードの狙いだ」
「できればそれには気づかないでほしかったなぁ……つっても、ランディ相手じゃ無理か」
ランディさんの指摘を今度はあっさり認めたギルバードさんは、目を逸らせていた。ランディさんの目はメアリーに向けていたものと同じくらい冷たく、それでいて明らかな軽蔑が含まれている。
「で、でもそれだったら利害一致ですし、悪い作戦ではなかったかと……。提案を受けていても私は受け入れましたよ」
「あ?」
『この人こんなに柄が悪い人だったっけ』と思うけど、下手なことを口にすれば私にまで怒りが飛び火することは明らかだ。でも、ギルバードさんだけを生贄に差し出すのは心苦しい。
だとすれば、やはり意を決してランディさんへの申し立てが必要だ。
「終わり良ければすべてよし! という言葉も世の中にはあるんですよ!」
「そんな偶然に頼るような言葉に何の意味がある」
「偶然でも成功は自信になりますし!! それに今日は本当に意味があったし!! それにギルバードさんは考えていたから偶然でもないし!! ご心配をおかけした件に関しては今後善処するように努めますので!!」
「そうだそうだ、それより先にメアリーを連れて帰るし説教は後でな。俺も部下も待機させているから先に行くな」
俵を担ぐようにメアリーを拾い上げたギルバードさんはそのまま逃げた。
ちょっとまって、今、私はあなたを庇ったんだけど……置いてけぼり!?
あまりの素早い行動に私はあぜんとそれを見送ってしまったのだけど……ランディさん、さっきより怒っているの、私が一人でお話するの……!?
どうしよう、反省する点をまず列挙すればいいのかな。
なんて考えていたけど、それよりも先に私のお腹が大声を上げてくれた。
ランディさんの視線が非常に痛い。
「……その、何も食べてないですし」
「俺も食べてない」
「じゃ、じゃあ反省の前に、まずは帰って食事にしましょう!! やっぱりお腹がすいていると考えがまとまらないというのもよくあることですし」
離脱へのきっかけになったと、私は自分の腹の虫に感謝した。
毒気が抜かれた……とまではいかずとも、ある程度はランディさんの気を削ぐことができたらしい。
「忘れるなよ」
「覚悟しております。……って、あれ? 本、持って帰るんですか?」
「ああ」
ランディさんは本棚により、先程読んでいたであろう本から数冊を手に取っている。勝手に持ち帰ってもよいのだろうかと思ったけど、ランディさんは殿下の困ることはなさらないから、たぶん大丈夫なものなのだろう。そもそも仮にメアリーのよろしくない魔術の指南書なんかがここに置いてあったら大変だし、その対処なのかもしれない。
しかしランディさんの眉間に刻まれた皺が深くなった気がした。
「帰るぞ」
「あ、はい」
でも、尋ねる前にランディさんが歩き出してしまったので、尋ね損ねてしまった。でも、その表情があまり喜ばしいものではないことから、何らかのいい知らせではないことだけはわかった。
その本が魔術に関するものであるなら、知識が足りない私が役に立つのは難しいかもしれない。でも、さっきランディさんが言ったみたいに、私を介して何らかの魔術を使うみたいに、役に立てることもあるかもしれない。……そもそも、さっき起きた変化はなんだったんだろうか?
けれど、その質問は全部満腹になったあとでいいかと思った。
だって、腹の虫を鳴かせているのは私だけじゃなかったから。
まずは食事が必要だ。
「あ。でもランディさん。メアリー、やっぱり強かったんですか? ランディさんが止められないほどに……」
「別に止める方法がなかったわけじゃない。ただ、あれは下手をすると暴発する恐れがあった。仮にあのまま爆発されたところで俺は自分に防御は張れるが、お前が怪我をするだろう」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
「だから逃げろと言ったんだ」
そう言いながらさっさと歩くランディさんだが、自然にそんなことを言われて顔が熱くならないほうが無理というものだ。心配させたことを申し訳なくなると同時に、やっぱりこの人のことが好きだなと思ってしまった。
 




