第27話 真昼の魔力
「ずいぶん好き勝手に言っていたが、お前の気持ち悪い趣味につき合う気はこれっぽっちも無い」
ランディさんはそう吐き捨て、メアリーを床に押さえつけて制圧した。
ランディさんの登場にメアリーは瞳を揺らせて動揺していたが、話をすべて聞かれていたことはすぐにわかったのだろう。
「すべて聞かせてもらった。音声も保存している」
「そんなこと、できるはずが……」
「ないと思うのはお前の勝手だ。完成したばかりだが……再生してやろうか?」
尋ねる調子の声色だったが、返事より先にランディさんが持つ小さな水晶玉からメアリーの声がクリアに響いた。その水晶玉は小鳥姿のときの首飾りだった。それを聞いたメアリーの顔色はますます青くなった。
この様子を見る限り、ランディさんは今までこの世界に存在しなかったボイスレコーダーを作り出したらしい。家と城をつなぐ移転の術式を作っていたことを考えればそれほど不思議ではないかもしれないけど、この方、やっぱりすごい魔術師だ。
「弁明は牢で考えるがいい」
「牢になんて……どうして私が……ねぇ、ランディ様。そんなところに向かえば、私はあなたに会えなくなってしまいますわ」
ランディさんに縋るメアリーの言葉に、私は胸に何かが渦巻く奇妙な感覚を覚えた。
当然、メアリーは罰せられることを認識している。けれど、そこには謝罪につながる気持ちはない。色仕掛けに走ったのか、それとも本気でそれが困るからと言っているのか。
どちらにしても、ランディさんの顔色をみればそんなことが無意味だとわかるはずなのに。
メアリーに私の常識が通じないのは想像ができている。
けれど彼女が何を考えているのか尋ねたくなった私は膝をついてメアリーを見た。
「ねえ、どうしてあなたはそれだけ近いところにいても、ランディさんを見ていないの? 今は体勢のせいで見れないかもしれないけど……それまでは見れたでしょう? 今もランディさんの声を聞けば表情だって想像できるでしょう?」
殿下といるランディさんの表情が気に入らないとメアリーは言っていた。
確かに殿下が殺されることがあればランディさんの心に闇を落とすのは間違いない。
でも、ランディさんの表情を変えているのは殿下だけではないことを、メアリーは気づいているのだろうか?
「ランディさんの側にいたいと願っていたけど、ランディさんはあなたの思うような人ではないわ。口は悪いし目つきは悪いし、ぶっきらぼうよ」
「おい」
「でも、不器用でも優しいから、私たちはランディさんのことが好きなのよ。あなたがそんなに昔のランディさんの表情に惚れたなら、人形でも作ってもらえば済む話じゃない」
結局彼女が欲しいのはそれで事足りるのではないだろうか。
でも、それを聞いたメアリーは不気味に笑った。
「あなた、何もわかっていない。私がお慕いしている方が、そのような似合わないお姿をなさる必要自体、どこにあるのです。それに……そのようなわかった口を利くあなたは、一体ランディ様のなにが分かるというのです!!」
メアリーの叫びと同時に、部屋の窓、戸棚のガラス、それらが音を立てて弾け飛ぶ。
メアリーを中心にまがまがしさが渦巻いているようで、私は身構えた。ランディさんも今までよりもメアリーを強く押さえつけた。けれど、メアリーにひるむ様子は微塵もなかった。
「ランディ様とお会いできなくなるくらいなら……私ごと、あなたもランディ様も死ねばいい……!!」
そのメアリーの言葉とともに黒い霧があたりに広がった。
何がどうなるのか、理屈はまったく分からない。でも、呪いの魔法陣が奇妙に光った。
「馬鹿、呆けてないで逃げろッ!!」
そんなランディさんの声が聞こえた。
でも、そんなことができるものか。驚きで足がすくんでいるだけじゃない。
ランディさんがメアリーを押さえつけたまま、動いていない。それがメアリーを逃がさないためなのか、それとも私が逃げる時間を稼いでくれているのか――そんなことはわからないけど、でも、どちらでも一人で離れるわけにはいかない。
「ランディさんを置いていけるわけないでしょう!!」
どうしていいのかなんて、まったくわからない。
でも、無理矢理にでもこの空気を止めるのならばメアリー自身を止めるしかない。
メアリーを抑えつつ苦しそうにしている天才魔術師のランディさんが発動を止めきれていない魔術を私に止められるのか、まったく予想もできはしない。
でもランディさんにできなくて私にできる魔術は一つしか思い浮かばないから、選択肢はなかった。
「ごめんなさいランディさん、約束破ります!」
「何をしている、早く逃げろ!!」
ランディさんの叫びが聞こえたけど、もうかまっている余裕はない。
私は目を閉じて両手を固く組み、心の中で強く念じた。
風がこの霧を遠くに運んでくれても、火がこの霧を照らして消し去ってくれても、水がこの霧を飲み込んでも、大地や木がこの霧を取り込んでくれてもかまわない。全部を使いきってでも、霧をこの場から祓って、私とランディさんを救って欲しい。
魔術を使わず生きてきた私の中に立派な魔力が宿るというのなら、それをすべて使ってでもランディさんと一緒に帰りたい。
そう強く願ったとき、私の中に暖かな光が宿った気がした。
そして目を開くと、私自身が光っていた。
思いがけない変化に戸惑いはある。けれど、それ以上に先程まで感じていたまがまがしさを感じないことに驚きを感じていた。部屋の中には黒い霧は残っている。でも、それすら怖いようには感じなくなっていた。
「まさか……あなた、本当に聖女だというの……?」
私の気持ちとは対照的に、メアリーの声は焦りに畏れが混じっていた。
しかし私に聖女のつもりはないから、肯定することは不可能だ。そもそも聖女が何かをよく知らない。けれど本来聖女を求めていたなら、メアリーの声は不似合いだとは思う。
いずれにしても今の私にそれを深く考える余裕はなかった。
今の私はとにかく身体から不思議な力が溢れていて、見えない何かに包まれている。その状態に対する戸惑いの方が強くある。
「こ、こっちに来ないで……!!」
私が何も応えずにいても、ランディさんに押さえつけられたメアリーはさらに怯え、逃げようともがいていた。それをみれば私は戸惑う。
でも、私の次の行動はランディさんの一声で決まった。
「こっちに来い!!」
私の状態がどういうものなのかはわからない。でも、先ほどは逃げろと言ったランディさんの口から出た逆の言葉に、私は迷わず駆け寄った。
ランディさんは私の方に右手を伸ばした。そしてその手が私の額に触れた瞬間、私を中心に閃光が走った。
あまりの眩しさは目が開けられないほどだったけど、まるで花火みたいにそれはすぐに止んでしまった。
私が恐る恐る目を開くと、周囲から霧は消えていた。
そしてランディさんは、メアリーから手を離した。メアリーにはもう意識はなく、抵抗はいっさいない。
「……死んでませんよね」
「残念ながら。まぁ、公としては死なれてはこまるだろうが」
不機嫌なまま、テキパキと拘束をすすめていた。その間、無言だ。
「あの、ランディさん。その……いまの、どういうことが起きたのか教えていただくことは……」
「その話は後だ」
「……怒ってます、よね?」
ここでのメアリーとのやりとりは、後半をのぞけば概ね予想通りでランディさんの許可も得られていたはずだ。
でも、そもそもランディさんは最初から作戦に反対していた。
だから怒りが募るに募っている可能性もある――なんて思っていたら、ランディさんは立ち上がった。
そして、一言。
「部屋の外に殴りたい奴がいる」
そう物騒なことを言って大股で歩き、ドアを開けた。
その直後、ランディさんは拳を振り上げたが、殴るような音ではなく、それを受け止める音が私の耳に届いた。
そういえば、外に大男がいたのを忘れていた――などと思っていたが、聞こえてきた声はよく知るものだった。
「いきなり物騒だろ、ランディ」
「ギルバードさん……!!」




