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第26話 女の戦い

 私が連れてこられた部屋の中には本もたくさん置いてあり、ランディさんは窓際でそれを読んで時間を過ごしていた。残念ながら魔法陣同様私には解読することができなかったので、私は時折襲い来る眠気と戦いながらメアリーを待った。せっかく気合いを入れたのに、眠気というものは遠慮なくやってくるものらしい。

 もしもランディさんのように魔術に関する本が読めれば気も紛れたのかもしれないけど、学ばなければ読めないなら、今は諦めるしかない。だって、ランディさんはかなり集中して読んでいたから、私が邪魔することなんてできない。どうしても気になるなら帰ったあとに読み方を教えてもらおうかな。……ただ、英語や古典の授業があまり得意ではなかった私がすぐに読めるようになるのかといえば疑問が残るけど。まだお屋敷の魔術書もちゃんと読めないし。


 でも、真剣に本に向き合うランディさんの表情を見ていたら、ここにある本は重要なものであるらしいことが私にもわかった。興味魅かれて読んでいるわけではなく、必要なものだからこそ真剣に調べていることが伝わってくる。もしかしたら殿下を陥れるための術が他にないのか調べているのかもしれないと感じた。


 手伝うことができないのであれば、せめて帰ったときに心ゆくまでランディさんが食べたいと思うものを作ってお礼をしよう……なんて考えていたとき、背中に嫌な寒気が走った。

 白み始めた空の下メアリーがやってきたのだと、本能が私に伝えてくる。


「なに、この不気味な感じ……纏わりつくみたいで気持ち悪い」

「逃げるか?」

「逃げないですけど!!」


 怖いというより、じめじめとした梅雨時の不快さを感じさせるこの空気はなんとも表現しがたい感覚だ。


「なんていうか、言葉が通じる相手であることを願うばかりですね。で、ランディさん、私の手を縛ってください」

「なにかあれば強くねじれ。解けやすいように結っておく」

「了解です」


 そうして放り込まれたときと同じ状況を演出した私はメアリーが部屋の中に入ってくるのを大人しく待った。

 ランディさんは小鳥の姿になり、本棚の影に隠れた。


 やがてやってきたメアリーの表情はいかにも気分がよさげで、彼女の纏う空気と異様なほど合っていなかった。


「お待たせいたしました、マーサ様。ご機嫌はいかがでしょうか」

「最悪ですね」

「あら、それは失礼いたしました」


 いままでかけられた声の中で一番優し気な声で、しかしまったく悪いとは思っていなさそうな状況に私も軽く溜息をついてしまった。


「一体どういうおつもりですか。あとでと仰ったまま、何も説明を受けず……そこにある文様は、私がここに閉じ込められたことと何か関係があるのですか」

「あら、もっと鈍い方かと思っていましたが、意外とお気づきになられるのですね。それとも、ランディ様のところでご覧になったことが?」

「彼はこんな趣味の悪いものを書きませんよ」


 何が書いてあるのかわからないし、呪術に関するものであると教わっていなければ、私もこれを悪趣味なものだと判断できなかっただろう。でも、ランディさんはそんなことをしない。その思いからメアリーを睨むと、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。


「そうして私よりランディ様のことをわかっているように振る舞われることは、大変気に障りますの。でも、今日は許して差し上げます。だって、あなたは私の望みを叶えてくれるかもしれないですし、失敗してもあなたはもうランディ様のもとへ戻れないんですから」


 いびつなメアリーの笑みに、私も自分を叱咤した。

 さぁ、ここからが勝負どころだ。


「ずいぶんと手荒くお招きいただいたので、碌でもないことに巻きこまれたのは理解しております。ですが、メアリー様の望みを叶えるという言葉がどうにも理解できそうにありませんね」

「ふふ、では、あなたの命と引き換えに教えてさしあげますね。私も、ランディ様のお側にいたあなたには、できれば恐怖や絶望を味わいながらこの世を去ってほしいと願っていますから」


 どんどん調子を強くするメアリーの様子に、私はうまく相手を乗せられたのだとほんの少しだけ安堵した。けれど、この表情をみていたら気を抜くことなんてできなかった。

 また、そんななかでもメアリーがいかにランディさんに執着しているのかは強く感じた。


「まずは私の失敗から。実は私、昔から魔力を扱うのが得意でしたので、ぜひ異世界の聖女を欲して召喚術について研究しましたの。古の術で、異世界から聖女を呼ぶ――それができれば、とてつもなく莫大な魔力を持ったものを手駒にできると、張り切っておりましたの」


 ランディさんに聞いていたこととはいえ直接聞いたことで思わず息を飲んだけど、メアリーは自分の過去に想いを馳せている為、気付かない。


「でも、私には魔力が足りませんでした。いくら最高の生贄を用意したところで、一向に成功する兆しがない。だから、ドイル様の魔力を消費し、私が召喚を行うことにしましたの。ドイル様は頭は悪いので召喚どころか魔術の知識も悲惨ですが、王族の流れを汲んでいるため魔力保有量は多い。もしも伝説の聖女を召喚できれば王位が得られることでしょうといえば、簡単に協力いただけました」


 確かにあの煽てられやすい人なら、簡単に乗せられたことだろう。

 だが、今気掛かりなのは生贄を多数使ったと思わせる言葉を言っていたことだ。


「でも、ドイル様も私が殿下を殺める呪術に捧げる供物を得る為に召喚を行ったなど、想像だにしていらっしゃらないことでしょうね。それどころか召喚に供物をささげる必要があることすら、理解していらっしゃらないでしょうから」

「殿下を殺すために、犠牲を払って聖女を呼び、さらに聖女も殺そうとしたというの?」

「ええ、だって必要なことですから」

「殿下の存在を消し、ドイルさんを王位に就け、その上で国政を操りたいとでも考えているの?」


 もはや敬語で尋ねる余裕もない。

 いらだちを見せればメアリーは勝ち誇った表情を浮かべた。


「私、ランディ様を好いておりますの」

「……ええ、そうでしょうね」

「ですから、ずっと殿下が憎かったのです。だって殿下が、私が惚れたランディ様の表情を変えてしまわれるのですもの」


 子供が口を尖らせるような言い方で、メアリーは続ける。


「私が初めてランディ様にお会いしたのは、幼少期、ランディ様が稀有な力ゆえに人攫いに遭われ、救出された時のことです。私は幼いランディ様と同年代で魔力を持つものだからと、ランディ様がご自宅にお送りされるまで、城からご一緒することになったのです」


 メアリーは懐かしい光景を脳裏に浮かべているのだろう。

 その姿だけをみれば、まるで夢見る少女だった。

 けれど、それはすぐに一変する。


「ですが、失礼ながら道中はまったく面白くありませんでしたの。ランディ様は何か焦っておられるばかりで、私などいてもいなくても一緒と言わんばかりの勢いでしたわ。でも――到着したとき、その表情が大きく変わられたのです。顔からすべての表情が抜け落ち、空っぽの姿を見せられ、それから絶望したような表情を浮かべられたのです。そこに、私は美しさを感じ、ランディ様のそのようなお顔をずっと眺めていたいと思ってしまったのです。人はこのような美しさを秘めているのかと思いました」


 狂気。

 その言葉が私の中で浮かんだ。


「その後、唯一のご家族が亡くなられたとお聞きしたので、私はランディ様が再びそのようなお顔を見せてくださると思いました。ですが、殿下が邪魔をなされた。でも、ランディ様はいつもおひとりでいらっしゃる。ならば、殿下を失えば再びあのお顔を見せてくださるのではないかと思いました」

「それで、殿下の殺害を計画ですか」

「ええ。生贄はドイル様でもかなうことかもしれませんが、さすがに身分が身分ですのでことが発覚してしまうかもしれません。そうなれば私がランディ様に近づけなくなってしまいます。ですので、異界の聖女を求めたのですが……召喚自体は成功したはずなのに、行方知れずで困ったものです。ドイル様も魔力を使いきり、召喚自体も次に行えるのがいつになるかわかりませんのに」


 私はメアリーを睨んだ。私と目があったメアリーは微笑んだ。


「ですから、いつ見つかるかわからない聖女はひとまずおいておくことにして、ひとまずあなたで試してみようと思うのです。魔力がどれほどあるかは存じませんが、私よりはありますし……失敗だったとしても、ランディ様の側にいた女性といえば許し難く思いますから都合がよいのです」

「私もギルバードさんの親族ですよ。いなくなれば探すと思わないんですか」

「ですが、ギルバード様は私の説明を信じてくださいました。そもそもご実家もドイル様ほど厄介な地位ではないのですから、問題ありません」

「じゃああなたが思ってるそれが、幻想だって言うことを私が見せてあげるわよ、と!!」


 大人しく聞いていたが、さすがにもう限界だ。

 私は腕をねじり、手の拘束を解いてメアリーに近付き張り手をお見舞いした。乾いた大きな音が、その場に響く。 


「お返し。庭で食らったの、結構痛かったんだからね」

「な……このっ!!」


 激高したメアリーは同じく手を上げようとしたが、それは叶わなかった。メアリーの手首は既に掴まれており、動かすことができなかった。

 そしてその手首を掴んでいるのは、小鳥から人間に姿を戻していたランディさんだった。


「いい音だったな。俺も一発殴りたくなったくらいだ」

「ら……ランディ様!?」


 メアリーは驚愕の表情を浮かべたが、すぐにその形相は恐怖へと変貌した。





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