第24話 簡単に降参なんていたしません
メアリーの作戦通り、私は馬車で途中に襲撃されて大男に連れ去られたことになり、古びた屋敷に連れてこられた。メアリーはメアリーが手配していた御者とともに嘘の報告をするため、まだこちらには来ていない。
メアリーの報告が怪しいということはギルバードさんにも伝わるだろうけど……この場所まで来てもらえるかというところまではわからない。一応道は覚えたので、逃げ出し応援を呼んでも再びこの隠れ家にやってくることはできるだろう。そう、逃げ出しさえできれば。
私は屋敷の二階の埃っぽい一室に、手を縛られたまま放り込まれた。
大男は部屋の中に入らず、外から鍵を閉めていた。私の見張りをしているというよりも、外から誰か来ることを警戒しているようだった。舐められてるな。
部屋に閉じ込められた私の手は後ろ手に縛られたわけではなく、前で縛られている。なんだか油断されまくっている気もするけど、意外と手は動かない。若干ガラスが割れた窓を開けようとしても手が上がらず叶わないので、今は飛び降りるという選択肢も選べない。もっとも、二階と言えどもけっこうな高さなので飛び降りれば怪我は免れないと思われているんだろうけど――別に手が前に縛られようが、後ろに縛られようが、燃やしたら早いのだ。
「ファイヤ、っと」
言葉とともに目の前で生じた炎は手の拘束を見事に焼き切った。
だが、少し威力が強すぎた。
「あっつ……!!」
熱さに思わず声を出すと火はすぐに消えたけど、これはちょっと火傷になったかもしれない。外を気にしながら私は小さな氷を作り出して患部に当てた。ただし固定する布がない以上、ずっと左手で押さえるのは邪魔だと感じられたので、少ししてから冷やすことは諦めた。応急処置にはなったと思うし、これに気を取られるくらいなら逃げる算段も考えなきゃいけない。
そう思いながら私は再び窓枠に手を伸ばした。
だが、開かない。
古くさびているからなのか、それともあかないようになっているのか……月明りである程度は部屋の配置はわかるものの、あいにく充分な明るさはない。火を発生させれば室内を照らすこともできると思うけど、先程のように威力が強すぎれば自分でコントロールすることも難しいかもしれない。事実、さっき縄を焼き切ることも制御がしきれていなかったわけだし。
でも、そうこうしているうちに自分の足元を見て驚いた。
そこには幾何学模様と円とヒエログリフのようなものを組み合わせた陣が描かれていた。ただしその陣が何を示すのか、あいにく私にはわからなかった。この世界の文字は日本のそれやアルファベットとは違うが、それはいままで自動翻訳されて脳内に届けられていた。けれど、これはなにが書いてあるのか私にはまったくわからなかった。
ただ、こういうのを見れば思ってしまうのは……。
「ランディさんのところにもあった転送陣に似てる気もするけど……メアリーの言葉を考えれば、もしかして召喚のためのもの……? いや、ちょっと違うかな……これは文字の雰囲気がおどろおどろしい気がする……」
これが何なのかはわからないけど、怪しんでくださいと言われているような気がしてならない。しかも放り込まれたのがこの部屋だというのなら、私になにか関係しているような――。
「いや、代わりになるって思われてた程度だから関係ないか」
むしろ逃げるのが先決だ。
創作物では屋敷から逃げ出すといえば通風孔っていうのがセオリーだと思うんだけど、これだけ天井が高ければ届かない。
なんて、色々考えていても仕方がない。
ここはいっそ爆発覚悟で窓を破壊してしまおうか。風も一応使えるから、飛び出して着地するくらいはできなくないけど……大火傷になったらって思うとやっぱり最終手段かな。ランディさんには控えるように言われていたけど、やっぱり、もうちょっと魔術も鍛えておくべきだったか。
そう私が考えていると、壊れた窓のところに一羽の小鳥がやってきた。
小鳥は燃え上がるような赤い色をしていて、体が淡く発光しているかのようにさえ見えた。そして首飾りのような水晶を身に付けた目つきの悪い小鳥と目が合った瞬間、私は気づいた。
「え、ランディさん……?」
私の言葉と同時に窓枠からこちらに向かって飛び立った小鳥は、やがて人型へと姿を変えた。小鳥の姿と同じく目つきは悪かった。
「お迎え、早くないですか」
ピンチに登場してくれた相手に何を言っているんだろういう自覚はある。
でも、ぱっと浮かんだ言葉がそれだった。だってギルバードさんならまだしも、ランディさんって一緒に外出したわけじゃなかったし……!
私の言葉にランディさんは眉間の皺を深くした。
「遅い方がいいのか?」
「いえ、まったく!! ありがたいとしか思っていません!!」
「あまり大きな声を出すな。部屋の外すぐというわけではないが、人の気配がする」
てっきり外に大男が張りついているのかと思っていた私は、ランディさんの言葉に驚き、それから感謝した。一人で放り込んでいるはずの女が叫んでいれば、何かあったのかと部屋を覗きこんでも不思議ではない。
「でも、どうしてこちらへ?」
「お前らを付けていた」
「へえー……って、へ?」
「メアリーの小言だけで済めばいいが、仮にもドイルはお前の召喚に関わりがある人間だ。なにが起こっても不思議じゃないだろ」
ぶっきらぼうに言われたが、それはどう翻訳しても「心配だった」で間違いない……と、思う。
「あの、ありがとうございます」
「礼を言われる覚えはない」
「ランディさんがそう言うならそうでもいいんですけど……。こうなった経緯はどのあたりからご存じなのですか?」
「劇の内容は眠くて覚えていない。飯を頼むだけ頼んで庭に出たのは知っている」
つまり、ほぼ最初からご存じってことですよね。
「ランディさん、ずっと可愛い小鳥さんのお姿でいたんですね」
「何が言いたい」
「いえ、その、可愛いとか思っているのもありますけど、それよりすごく魔術師さんっぽいなって思って……!!」
より不機嫌になったような声ですごまれたので、私も慌てて言葉を変えた。
物凄く可愛いって思ったのは事実なんだけど、魔術師というか絵本で見たような魔法使いっぽいなって思ったのは本当だし、嘘じゃない。
「だから騒ぐなと言っているだろう」
「す、すみません……」
「それにしてもお前の世界の魔術師の概念はどうなっているんだ」
たぶんランディさんの思っている魔術師よりもだいぶメルヘンだと思います。
でも、ランディさんは呆れた言葉を言いつつも、私ではなく部屋の中を見回し始めた。それを見て、私も気を引き締めた。
「面白い場所を隠し持っていたんだなと思うが……怪しんでくださいと言わんばかりの部屋だな」
「やっぱりランディさんもそう思います?」
「思わない方がおかしい」
言いきったランディさんは床に描かれた文様の前まで足を進めた。
「この文様、ランディさんは読めますか」
私の質問にランディさんは無言だった。
答えられないわけではなく、集中しているからこそ返事がないのだと、その表情を窺えば知ることができた。
「……これは、呪術を行うための術式だ。しかも、殿下を呪い殺したい様子だな」
呟かれた言葉はあまりに衝撃的で、私は目を見開いた。
「え、殿下? でも、私はここにメアリーに連れてこられて……」
「メアリーが碌でもないことを考えているということだ。ドイルの魔力でお前を呼んだのはメアリーだということも、間違いではないだろう」
ランディさんの言う通りこれが殿下を害するものであるなら、私をここに連れてきたメアリーが怪しいということは理解できる。理解できるけど、それでも戸惑った。
殿下を害して、ドイルさんが王位継承をするようにと企てたのだろうか?
でも、どちらかといえばメアリーはドイルさんのことをやや邪魔に思っていたようにも感じられる。そんな人を王位に就けるために暗殺なんて試みるだろうか? しかも、多数の犠牲を出したうえで……。
「お前がここにいるということは、メアリーもここへ来るだろう。あれはここにお前を監禁したいわけではない。お前を留め置いているなら、何か動きを見せるだろう」
「そういえば私、メアリーの術を無意識に弾いたみたいなんですけど、そうしたら『王族や異界の巫女の代わりになるかもしれない』って言われたんです。でも、意味がわからなくて……」
「あれは、お前を呪術の供物にしようとしたんだ。より強い魔力を持つ者を呪術で殺めるならば、同等以上の魔力を持つ人間の魂を供物として捧げなければ成立しない。殿下の魔力量は多い。ただ……おそらくお前にかけようとした術が効かなかったのは、『マーサ』という名が本当の名ではなかったからだろう」
ランディさんの言葉に、私の背には冷や汗が伝った。
ギルバードさん、偽名をくれてありがとう……!




