第22話 上面の笑み
間もなくしてメアリーとドイルさんがやってきた。
メアリーは黙っていればとても品がある美しい少女に見えた。うん、初対面でもそう思ったからね。ドイルさんは美形だけど、少し鼻で笑っているような顔に見えたけど……まあ、こういう人もいるよね。
二人の姿を見たギルバードさんは一歩前に進み出た。
「ごきげんよう、ドイル様。メアリー様。今宵はお呼びいただき、ありがとうございます。私もマーサも喜んでおります」
「ごきげんよう」
ギルバードさんに続き私も一歩進む。
するとドイルさんは機嫌よく笑った。
「お前とゆっくり話す機会ができて嬉しいぞ、ギルバード。マーサも、今日はなかなかだぞ」
「ありがとうございます」
ギルバードさんへの言葉はともかく私のことはついでだと思うけど、それでも罵倒は飛んでこなかったのでひとまずほっとした。ただ、メアリーは「ごきげんよう」にこにこと微笑みながらも、なんだか怖い笑顔だった。
正直、ドラマや漫画で見てきたお嬢さまのイビリというかイジメがここから展開されるのかと充分想像してしまう雰囲気だった。
でも、さすがにここは人前だ。
「さあ、参りましょう。よい席をご用意いたしております」
それ以上何も言うことはなく、ただし道中誘ってくれたはずの私とは一切話をせずに劇場へと向かった。
**
劇は非常に豪華だった。
ただ、話は予習した通り暗かった。心優しき一人の姫君が運命に翻弄される青年を救うために様々な苦難を乗り越え、想い合い、結ばれるかと思ったときに二人そろって死んでしまう。その間の揺れ動く感情がエピソードが名作の理由と聞いているが、バッドエンドはかなり苦手なので途中のどのエピソードを見ても『これがどんなバッドエンドにつながるのか』と、思うと嫌などきどきが止まらない。
なので少しでも気を紛らわせようと劇を見ている人の顔を窺った。隣のメアリーはうっとりとしている。その向こうのギルバードさんは若干眠そうなのをうまく隠していそうで、ドイルさんはよく見えない。
どういうわけでこの劇に誘われたのかはわからないけど、メアリーのお気に入りの演目だということだけはわかった。目がものすごく潤んでいる。
そしてクライマックスに近づいたころ、ぽつりとメアリーは呟いた。
「もしも……もしも私があの姫君なら、もっと素敵な結末を招きたいものですわ」
その言葉には、私も同意はできる。
結末は幸せのほうがいい。
けれどその言葉を呟いた表情がどこか邪なものだと感じてしまい、同じことを考えているようには思えなかったし、怖いとすら感じてしまった。
**
観劇が終われば夜も更けて、そのまま解散してもよい時間帯ではある。
けれど、やはり観劇だけでは終わらなかった。
「いい店を予約している。お前たちも満足することだろう」
「ドイル様、そのお店を紹介したのは私ですわ。ご自分の手柄にするのはよしてくださいませ」
そもそもギルバードさんを勧誘したがっていたドイルさんは劇を見た程度で満足しないだろうし、メアリーだって本当に私と劇が見たかっただけではないと思う。私たちも情報収集に来たのだから驚き自体はなかったんだけど、連れて行かれた店の荘厳さに私は再び圧倒されかけた。
そりゃこの二人が連れてきてくれる場所なのだから、私が行ったことがあるような店じゃないことは想像できていたけど、シャンデリアがきらきらと輝く空間は先程見た演劇の世界の中にいるようだ。テーブルとテーブルには距離があり、よほど大きな声を上げない限り話が聞こえることもなさそうだ。
料理を選べとのことであったものの、私にはあまり高価な料理の品目がよくわからないので、ギルバードさんを信じて『同じもので』と無難に注文をした。その折りに周囲を見回すとがっつりとした料理ではなく、軽食と飲みもので楽しむという雰囲気だった。この時間からがっつり食べれば胃もたれがするので助かることだ。
そして注文が終わり、飲みものが出されるとかるくグラスを傾けるだけの乾杯を行い、それに口を付ける。見た目はワインのようだが、アルコールがやや強めのお酒はフルーティーな感じでもなく、うっかり飲み過ぎたら簡単に酔っぱらってしまいそうだ。けれど見た目だけは大人しそうなメアリーは普通に飲んでいるし、意外と酒豪なんだなと思う。
と、その時メアリーと目が合った。
「さて、マーサ様。王都での観劇は初めてかと思いますが、ご感想はいかがでしたか?」
「そうですね。まず、大道具に圧倒されました。あのような大がかりなものが次々に……まるで、本当にその場面を見ているような気分でした。音響も素晴らしく、臨場感がたまらないと思いました」
「劇場も大きい場所ですし、細やかな設計がされていますからね。ですが、マーサ様、それではまるで技師の感想ですわ」
さぁ、物語の感想も言いなさい。
そう言わんばかりの勢いだったのに、横からドイルさんが割り入った。
「しかしあの物語は好まんな。名作といわれていることは分かるが、そもそも平民のためになり振りを構わなかったあの姫君の意向がよくわからん」
その言葉に私はぎょっとした。
メアリーが物凄く好いている話なのによくそんなことが言えるな!!
ドイルさんがそういうことを言うのはわかっていたけど、さすがにこれは空気が読めなさすぎる。メアリーはドイルさんを冷めた目で見ていた。
「ドイル様には聞いていませんわ」
「そんなことよりもギルバード、私の話を聞く気はないか? 何度も言っているが、私のもとにくれば厚遇するぞ」
その言葉に、ギルバードさんはにこやかな笑みを返した。
「お話を伺うだけでしたら、ぜひ。時間はたくさんございますから」
「釣れんな。だが、今日はその気持ちを覆すだけの話をする時間はある。酒もな」
ギルバードさんの笑みは『望み通りだけど早すぎて逆にびっくりするな』と、うしろに文字が浮いているようだった。でも、知らなければそうは見えないと思う。
「まったく、ドイル様はあくまで私がマーサ様をお誘いしたついでだということをお忘れなきよう」
この調子であれば私に何を言おうとも、全部ドイルさんが話を奪っていきそうだ。
それにしてもドイルさんは本当に口が軽そうで、身分が高い人としてという以前に社会人としてどうかと思ってしまう。そして、本当にこの人のところに召喚されなくてよかったなと私は思った。
「マーサ様。少し、庭の方へ参りませんか? ここでは、せっかくお誘いしたのにお話もあまりできないままお開きになりますわ」
「……そうですね」
本当はあまりギルバードさんから離れたくないんだけど、ギルバードさんもドイルさんと話すときにメアリーがいてはやりにくいかもしれないし、私がメアリーの誘いを断るのも体面が悪い。それに庭であればそれほど広くないし、ここから目が届かない場所に行くわけじゃない。
「メアリー様。すぐそことはいえ、暗いところはご婦人方の足をとられる危険がございます。お気を付けください」
「存じております。ではマーサ様、参りましょう」
「はい」
ですが、精々いびらないでくださいね。
そう思いながら、運ばれてくる料理を尻目に私はメアリーと外に出た。
同時にギルバードさんが情報のしっぽを掴める時間を稼げることを祈った。




