第21話 対峙直前
二日後のおやつ時、予定通り納品された衣装を身に纏い、私はランディさんの前に顔を出した。
「ランディさん、私、服、似合ってます?」
そう尋ねた私に、ランディさんは嫌そうな顔をしていた。
え、似合ってないって思われた? そう、私は一瞬焦った。
「似合わないわけがないだろう。わざわざ似合うように見立ててある」
「似合うように見立てていただき、ありがとうございました」
あの顔は当たり前のことを聞くなと言っていたのかと思えば、緊張も一気にほぐれた。
けれどランディさんの表情は難しいままだ。
「どうなさいました?」
「……それの指定をしたのはイリナだ」
「え? あ、はい」
ランディさんが直接選んでくれたわけじゃなかったのかと思えば少しだけ残念な気もしたけど、でもイリナさんのセンスは最高だったので、すぐにそれも思い直した。きっとランディさんだってイリナさんのセンスの良さを知っているからこそ頼んでくれたのだ。
でも、ランディさんの不機嫌な表情は戻らない。
「俺に女の装いがわかるわけがないだろう」
それだけ言ってふいと横を向いてしまったのを見て、思わず笑いそうになるのを必死にこらえた。だって、よくよく考えたらイリナさんに頼むことだってランディさんにとっては絶対に慣れないことだということに思いついたんだもの。
でも、そろそろこっちを向いてほしいかな。
「ところでランディさん、今日は腕によりをかけたシフォンケーキを作ってきたんです。いちごのソルベも添えてますよ」
そう言えば、睨むような表情ではあったけど、ランディさんはこちらを向いてくれた。
今日焼いたシフォンケーキはカップケーキのサイズのものだ。本当はドーナッツ状の型があればいつも通り焼いたんだけど、残念ながらその型の取り扱いがどうもないらしく見つからなかった。ただ、味見をしてもなかなか美味しい仕上がりになったから問題はないはずだ。
ランディさんはシフォンケーキが乗った皿を手にすると再び後ろを向いてしまったけど、フォークの動きの速度から、どうやらお菓子はお気に召したのだということが伝わってきた。機嫌を少しだけ損ねているので、今日はさすがに美味しいですかと問うことはやめておくけど、これもまたリピートしていい感じかな。
「そういえば、あれからメアリーとはお会いになられていますか?」
「ここにいれば会わずに済むのに、なぜわざわざ会わねばならん」
「あ、そっか」
ここに出入りするには認証が必要だといっていた。
働いているとはいえメアリーがここに通う理由がなければ顔を合わせることもなさそうだ。
「ほっとしました」
「なんでお前がほっとするんだ」
「メアリーと顔を合わせたら、ランディさんの眉間の皺がより深くなっちゃいますからね」
そんなことを言いつつも、私だってランディさんがメアリーと一緒にいるのは気分がよくないんだけどね。ランディさんが嫌がっているから……というだけなら、最初に私がきたときとあんまりかわらないとは思う。でもあの人、いくらランディさんが好きだといってもやっぱりちょっと、ね……。でも、メアリーが性格も美人なら、ランディさんも心が傾いたりしたのかな……?
「お前、なに不細工な顔になってるんだ」
「ぶ……!?」
「普通にしてろ」
しれっとひどいことを言いながらソルベを食べるランディさんに、さすがに溜息がでてしまった。こんな言葉をかけられるのが日常なのに魅かれているって、私、相当惚れてるな。
「当日はあの女に嫌味をねちねち言われるだけかもしれないぞ」
「もとより覚悟の上です」
「腹が立てば殴って帰ってこい。あとの処理はギルバードがやればいい。あいつがやれと言ったんだから、何があっても対処するだろ」
「さすがに殴れませんよ。彼女、折れちゃいそうじゃないですか……じゃなくて、私も乱暴じゃないですから!!」
反論すればランディさんはふんと鼻を鳴らせて笑っていた。
それにちょっとだけイラっとしたけど、なんだかこんなやり取りをしていたら悩むことは一度やめることにした。今はまず、ギルバードさんの作戦に協力できるようにがんばらないと。
だって私が帰る方法はもとより、悪いことをしようとしている人を捕まえるためにも必要なことなんだから。
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そして迎えた当日の夜。
迎えに来てくれたギルバードさんと一緒に私はメアリーのご招待へ向かうことになった。そして今になって私は極度の緊張に苛まれていた。いままでそんなに緊張していなかったのに、いざその時になると落ち着いてもいられない。それはメアリーやドイルさんがどうこうというよりも、よくよく考えるといわゆるセレブが集まる場所に向かうのが人生で初めてなのだ。
もちろんダリウス殿下やギルバードさん、それからランディさんも身分が高いもしくは高そうってわかっているんだけど、知らない人ばかりの場所だと不安もある。
「ねぇ、ギルバードさん。私が変なことしたら全力で止めるか誤魔化すかしてくださいね」
「大丈夫だ、大人しくしていたら。観劇も予習をしてきたんだから、感想を求められても大丈夫だろ」
「それはそうですけど」
「それに世間知らずの娘が社会見学の最中ってことになっているんだ。ドイルやメアリーなら何をしても誤魔化せる」
うん、そもそもなにも回答を求められることもないと思うから、それで大丈夫だと思うんだけど……その観劇の感想だって求められたら困るんだよね。
演目はこちらでは有名な古典の物語らしいんだけど、正直暗い恋愛ものであんまり好きじゃないくらい。しかも悲恋だよ、悲恋。いい悪いは別として、私の性格にはまったく合わないし、あんまり今みたい演目じゃないよね。
「俺が今日用事があるのはドイルだけだ。でも、メアリーもプライドの高いお嬢様としてなにか企んでるかもしれない。気を付けておけよ」
「はい」
「じゃあ、いくか」
もう到着したことに驚きを隠せないまま、私は馬車から降車した。
夜の街を出歩くのは初めてだけど、周りもかなり高そうな服を着た人ばかりであったし、街灯も贅沢なほど輝いている。それはこの国に来てからまだ見たことがないほどだった。
「この辺で待ってたら見つけられるだろ。あいつらなら一番近いところまで馬車で来るからな」
「ここで降車したらかなり目立ちますね」
「迷惑になりかねないから普通はここで降りるなんてしないけどな。まあ、あいつらを注意できる人間なんてそうそういないから」
「めんどくさいですね」
「まあ、今日は受け流してやれ」
「いい気分になってボロをだしてもらわないと困りますからね」
「お、マヒルもなかなかいうねぇ」
あんまり人のことを悪くいうのもどうかと思うけど、私だって相当見下されていたし、軽口に乗る程度なら許されるはずだ。というか、周囲がキラキラとし過ぎて黙っていると緊張がよりひどくなる。
「安心しろ。充分マヒルも周囲に馴染んでる」
「私、なにか口にしましたっけ?」
「表情を見ればわかるさ。もっとも今日はいつもより抑え目だし、それなりにつき合いがあればわかる程度だ。不自然じゃない」
「よかったです、一見してわかりやすいとかではなくて」
もしもそうなれば作戦失敗もいいところだ。
「でも意外だな。マヒルはまったく知らない土地でいきなり商売始めて生計を立てるくらい度胸が据わってるのに、これは怖いか?」
「……言われてみれば、それより大したことはないですよね。じゃあ、大きなお土産持って帰れるように頑張りますか」
ただ、もともと前向きに物事を考える方ではあったと思うけど、こちらに来た時はそもそも迷う余裕すらなかったと思う。考えられる余裕があるだけ今は安心しているんだなと思うと同時に、もう少し最初の勢いある前向きな気持ちを取り戻そうと思った。
だって、そもそも悩むなんて私の性格にあわないんだもの。




