第20話 思いがけないプレゼント
メアリーと出かける日は誘いを受けた日から五日後に決まった。
メアリーは明日にでもと言っていたらしいんだけど、ランディさんの体調がよくなるまでは私が看病をするから無理だと言ってくれたらしい。
その猶予期間は、貴族の女性と外出できるような衣装など持っていない私にとってはとてもありがたいものだった。いくらなんでも普段着で出かけられるものでないことは私にもわかる。
ただし準備の時間ができても、私には高価な衣装を買うお金はない。
だから古着屋でも探そうかなと思っていたんだけど……ランディさんが病床から復活した翌朝、私はランディさんとギルバードさんによって馬車に放り込まれ、街に連行されていた。普段なら『街に連れて来てもらった』って表現したいところだけど、本当に連行という言葉が似合う、有無を言わせない強引な勢いだった。
そして、二人に引きずられるようにして入った店は、この世界どころか日本でも縁遠かった高級店だった。
固まる私を前に、ランディさんはしれっと言った。
「好きな服を選べ」
「好きな服って……」
「持っていないだろう」
私が衣装を持っていないことをランディさんやギルバードさんも把握してくれていたこと、だからこそこの店に連れてきてくれたことは理解できる。
そう、理解はできるんだけど――。
「必要な分だけ選べ。普段着を含めて数着必要なら、それも購入する」
「購入するって……え、その、ランディさんが買ってくださるおつもりなんですか……?」
「それがどうした」
「どうしたって、え、だって……!?」
一体どうしたら驚かずにいられるというのだろうか。
たぶんこれがもっと日用品的なものなら「え、いいんですか!?」って絶対に聞いていた。でも、これらは明らかに値段が違うよ。いくら高級品に慣れていない私でも見たらわかる。
「マヒル、遠慮はするな。ランディもけっこう金は持ってるんだが、普段は使わないから貯まる一方だ。普段飯を作ってやってるんだから、たまにはお礼でもされておけ」
「あの、でも」
「大体マヒルもこいつの看病で二日間商売できなかっただろ。今日の分とあわせて、その給金だと思えばいい」
「いやいやいや、二日分のお弁当ではこんなに稼げないですって!」
「お、値段がわかるのか?」
「知りませんけど高いのだけはわかります!!」
だって、キラキラした石が付いてるの、絶対高いよ。
もはやキラキラし過ぎてビーズなのかはわからないけど、物凄く高いのは確定しているよね、これ!! 明らかにカッティングがしっかりしてるからこれだけ輝くってことだと思うし……うん、高い。むしろビーズじゃなかったらどうしよう。
でも、ランディさんは私に「うるさい、叫ぶな」と、ため息をつきながら言った。
「くだらん遠慮はいらん。早く選べ」
「そんな難しいことを言わないでください……!!」
『はい、では好きに選びますね!』なんて言えるほどの度胸は私にはないんだよ……!
ただ、ランディさんの表情を見れば、徐々にいらだちが募りだしているのも分かる。
でも、やっぱりこれを甘えるのはハードルが高すぎる……!
「じゃ、じゃあ妥協案で分割でお支払いさせていただくなどはいかがでしょう……?」
今すぐ支払いができるわけじゃないけど、日本の例の百円均一グッズもそれなりの額で売れるはずだ。生活費がかかっていないので、お弁当の販売を頑張っていればなんとか一着分くらいなら私も返せると思いたい。でも、それももとは百円だと思うと良心が痛いんだけど……!
けれど、ランディさんは私に返事をすることなく、店員さんを呼んだ。
「これの意見は無視していい。似合いそうなのを見繕ってくれ」
「ランディさん!!」
「選べないなら黙っておけ。世の中には格好の一つで防げる面倒もある。つまらん意地をはるのはやめておけ」
それ、言い方!! 言い方!!
そう私は思うけど、ランディさんは「少し出てくる」と言い、店から出て行ってしまった。そしてその様子を見ていたギルバードさんはくつくつと笑った。
「出てくるつっても、どうせ外で見張りをやってんだぜ。わかりやすいよなぁ」
「わかりやすいって……そんなことよりも、本当にお代は……」
「ああ、それなら本当に気にするな。というか、本当はランディじゃなくて俺が買うつもりだったんだ」
「え?」
「だって、これは俺が受けたくて受けた誘いだ。必要な物資を用意するのは当然だろう」
そう言われれば、確かに少しは納得できる。
「あれ、じゃあ、どうしてランディさんが……?」
むしろランディさんは誘いを受けることを反対していた。
それなのに服を買ってくれると言っていることに、私の疑問は膨らんだ。
でも、ギルバードさんは軽く笑った。
「礼のつもりなんだろう。あれのことを思うなら、受け入れてやってくれ」
ギルバードさんもそれ以上説明してくれる気はないのか、私にそれだけをいうと「あそこに座ってる」と店内にあるソファーの方へ行ってしまった。そして残されたのはお店のお姉さんと私だけ。
「さぁ、お嬢様。お手伝いさせていただきますね」
人生でお嬢様と呼ばれた経験は今まで一度もなかったが、店内に女性客が私しかいないこの状況では私がお嬢様と呼ばれているということはわかる。
でも、冷静に考えればこの店の中の服が私に似合うとは思えない。服はとても素敵なものがありそうな雰囲気だけど、絶対私が服に着られる。だってこれ、服というよりもはやドレスじゃ――。
「お嬢様はどんなドレスでもとても映えそうでいらっしゃいますね」
そんな店員さんの世辞を聞きながら私はもはやどうにでもなれと心の中で叫んでいた。けれどせっかくのランディさんの贈り物であるのなら、せめて豚に真珠という悲劇の状態にだけはならないようにと心から祈った。
**
そして人生で初めて経験した着せ替え人形体験が終わりに近づいたころには、私は信じられないほどに疲れてしまっていた。もちろん着替えるという行為自体にも体力は使うけど、実際に消耗したのは精神力のほうだったのかもしれない。いくら店員さんとはいえ、人前で着替えなど、私の常識からは外れており、並々ならぬ羞恥心を抱かざるを得なかった。
堂々と見せれるプロポーションならばこんな思いも抱かなかったかもしれない――そう思っても、今更どうにかできることでもない。
ただ、本当に疲れただけ、というわけでもない。
似合うか似合わないかは別として、途中で好きだなって思うドレスにもいくつか出会ったし、一番最後に残しているこの青と水色のドレスは見た目からしてかなり好みだ。そんなに派手じゃないんだけど、地味すぎず、程よい具合がほっとする。そしてこれなら私が着ても大丈夫じゃないかな、と、思いたい。
既製品ではあるけど、今までのドレスよりもサイズがぴったりだったそれはほぼほぼ私の身体に合っている。そして、ドレスに着られているという印象も薄かった。なんというか、ちゃんと着ることができている。
「あら、お嬢様。やっぱりこちらのものが一番お似合いですね。どうせですから、髪も結ってみましょう。それから軽くお化粧も」
「え」
こちらの世界に来てから一度もしてない化粧にどこか気恥ずかしさも感じつつ、店員さんにされるがままになっていた。でも、確かにドレスを着るならこういうことも大切なのはわかるんだけど――それなら試着するときからでもよかったんじゃないかな。
そう思っていると、店員さんは小さく笑った。
「こちらのドレス、サイズを少し調整しまして明後日にはお渡しできるようにさせていただきますね」
「えっ」
確かに気に入ってはいるが、まだ、買うとは言っていない。
買うならこれがいいなとも思うけど、それも値段と要相談だ。それに調整だってほぼ不要なはずだ。
だけど店員さんは逆に不思議そうに私を見た。
「ほかのものはともかく、こちらは既にお支払いもいただいておりますよ?」
「……え?」
「カーライル様が詳しいサイズは不明だけれど大体これくらいの背丈で~といった具合で、しばらく前に注文なさったのですよ。ですので、よりサイズ調整もしやすいようなものにさせていただいております。せっかくでしたら見てくださればいいのに、お店の外に出てしまわれたんですね」
店員さんの言い方から、カーライルというのがランディさんの家名であることがわかった。
そんなことも知らずにいままで過ごしていたのかということもあるけど、ランディさんも私の苗字なんて知らないはずだからおあいこかな。
……なんて、現実逃避して考えるけど、顔が燃えそうになっているのは言うまでもない。
そう、衝撃的だったのはランディさんの家名よりも服の注文をされていたことだ。ランディさんが倒れてからこんな場所に来る余裕なんてなかったはずだから、注文されているとすればそれより前。つまり、私がまだこんな服が必要になるっていう前の話だ。
どうして服を注文してくれていたんだろう?
一瞬お礼なのかなって思ったけど、そもそもランディさんからすればちょっと残念過ぎる服装に見えてた可能性もすぐに思い至った。いや、私としては古着でも可愛いものを選んだつもりだけど、異世界の流行とかセンスとかまではわからないしその可能性はゼロじゃない……! でもそれならそれで、さりげなくギルバードさんが教えてくれそうなんだけど、それがなかったから、その可能性は低いと思いたい。そもそもセンスが悪そうな服装の弁当売りなら、お弁当を買いに来てくれるひとだってもっと少なかったよね……? って、なんか考え逸れてきた……!
でも、いろいろなことを思いつつ鏡を見れば、やっぱり一番この服装が似合っているように見えてきて、詳しくはまた後で直接聞けばいいかなとも思ってきた。よくわからないけど、ランディさんからのプレゼントだ。
買ってやると言われれば遠慮するけど、すでに買ってもらっているのをもらうのはなんだか嬉しいしくすぐったいし、こそばゆい。あと、こちらからも何をお返しすればいいかなと思えばわくわくする。
しばらく店員さんに採寸をしてもらっていると、ギルバードさんがやってきた。
「それに決めたんだな」
「はい」
「いいのがあったんだな」
ギルバードさんの口振りからは、どうやらギルバードさんもこの服がすでに注文されていたとは知っていないように感じられた。
「どうした、嬉しそうな顔をして……って、そりゃ気に入る服が見つかれば嬉しいか」
「はい」
この服を着ている姿を見れば、ランディさんも似合うと言ってくれるだろうか?
私にとってはとても似合うものに見えているけど、ランディさんから見ても及第点はとれるように着こなさないとと私は自分に気合を入れた。
そして、これならメアリーとの外出もきっと乗り切れ、ドイルさんからの情報収集も上手くいくんじゃないかと妙な自信が湧いてきた。




