第19話 手掛かりは手繰り寄せます
「ランディもマヒルも気付いてるんだろ? あれが明らかに何か企んでいることは」
「そりゃ、気付かない方が無理ですよ。メアリーは私のことを邪魔だと思ってらっしゃるでしょうし、ドイルさんが女性と出掛けたがるのもイメージできませんし、何より私は以前、散々なことを言われてますよ。召還に関係はないかもしれませんが、あきらかに変です」
「……何を企んでるか知らないが、ドイルはマヒルが召喚された者だと知らない。いくら封印を施していても、わざわざ近づけて危険にさらす必要はない」
眉を寄せたランディさんの言葉に、ギルバードさんは肩をすくめた。
「さっき会ったときだって何の反応もなかったんだ、お前の術は成功しているだろ」
「ドイルが気づかないのは最初からで、俺が使った術に誤りがないとまでは判断できない。安定しているように見えるが、万が一のことも考えろ」
「慎重すぎないか? もう少しお前は自分の実力を信頼しろよ」
楽し気なギルバードさんとは対照的にランディさんは私がメアリーの誘いを受けることには反対らしい。心配してくれているのが比較的率直に言葉に現れている辺り、かなり抵抗があるのだろう。
ただ、私としてはありがたくはあるものの、ただその言葉に追随するのも躊躇われた。
「でも、あちらから近づいてくるのなら、怪しまれずにドイルさんの周囲を探るには絶好の機会ですよね。何か別の目的を持って近づいてくるならなおのことです」
「お前、状況がわかってるのか」
「はい。ドイルさんから本当に探知されていないのかは私もよくわからないですけど、少なくとも私のほうはなにも反応しませんでした。前は、明らかに身体が反応していたのに。これ、ランディさんのおかげですよね」
「……」
「それに……私、思うんですけど……。今回のお誘いって、私を餌にドイルさんがギルバードさんを誘いたかった可能性、高いですよね。内緒話が聞けたりという可能性、ありませんか?」
私の言葉にランディさんからの返答はなかった。
「諦めろ、ランディ。お前は優秀すぎるんだ、心配なんて必要ない」
「ふざけたことを言うな」
「ならばまじめに言うが、なにもマヒルが元の世界に帰るか否かだけの問題であるなら、俺もお前の方針にとやかく言うつもりはない。けど、禁忌の召喚術を使ったものがいるのをのさばらせては置けない。警戒ゼロのドイルに近づけるチャンスなんだ。これは殿下のためだ」
ギルバードさんは宣言通り、いままでになく真剣な表情でそう言い切った。
「ことと次第によればマヒルの安全より殿下の懸念を排除する。それが俺の仕事だということ、わかるよな。何をするつもりかわからないやつを放っておけば、国土に災いが降る恐れだってある。俺が納得するような理由を言えないなら、俺はお前を殴ってでもマヒルを連れて行くぞ」
私よりも殿下を優先する。
それにまったく衝撃を受けなかったわけではないけど、おおよそ想像通りでもあったからそれほど驚くわけではない。餌にするとダリウス殿下から堂々と言われているのだから、多少もやもやする思いや懸念があっても、その利益を享受することは私にとってもとても大事なことだ。ギブ&テイク。関係ないのにギルバードさんの策略に巻きこまれたというわけではないんだ。
「大体禁忌を犯す奴が正攻法で捕まえられると思ってるのか」
「急いてはことを仕損じる。知っているだろう」
「お前本当に慎重だよな」
それは褒めているのか、いないのか。
私の心配というだけではなく、元来のランディさんの性格も含めてため息をついたらしいギルバードさんだが、説得を諦めた顔じゃなかった。
それに、どちらかといえば私もギルバードさんの案は悪くないと思う。
「私とメアリーとドイルさんだけという状況ではなく、ギルバードさんも一緒だというなら、ここは一度お話に乗ってみてもいいと思うんです」
「お、マヒルは俺の案に賛成か」
「賛成というか……。ギルバードさんは口達者なので、何か得られるのじゃないかと思って。あと、私もドイルさんを煽てるのはそこそこできたので、何かの役に立てるかもしれないですし……」
聖女のくだりも、こちらから聞かずとも聞きだせたことだ。
人に自分がいかにすごいかということを聞かせるのも好きそうなので、うっかり口を滑らせてくれたら幸運だ。
「懸念があるとすればメアリーですけど、表面上好意的に接してきているのであれば、なんとかなる……と、思いたいのですけど。嫌味くらいは言われると思いますが、流せますし」
ただ、こればかりは行ってみないとわからない。
それにこのまま放っておいたところでこれからも絡まれそうである以上、今回私を好意的に誘うくらい豹変したメアリーの真意を知っておくのも今後の立ち回りの役には立つと思う。
「それに何かの罠かもしれないって警戒しているときのほうが、不意打ちを喰らうより対処しやすいと思うんです」
「いずれにしろ、マヒルと俺は誘いに乗ることで考えは一致ってこった。多数決でも二対一、そもそも行くやつ二人がOKしてるんだから、ランディの意見は通らないな」
心配してくれているランディさんの意見を無視するのは少しだけ心が痛い。でも、やっぱり召喚の情報が得られるかもしれない大切な機会だ。私も役に立てることはしたいと思う。
「勝手にしろ」
俺は知らん、と続きそうな声で言ったランディさんに罪悪感は募るけど、すでに宣言してしまったのだから仕方がない。ならば、ここは納得させられるだけの成果を持ちかえらないといけないだろう。
でもその決意はさておき、このままの空気だと重いので、ランディさんの機嫌を取る方法もギルバードさんと考えたいところだけど……って、あれ、ギルバードさん、なんでこっちを見て楽しそうにしているんですか。
「じゃあ、俺はメアリーのところに行ってくる。マヒルはランディの看病を引き続き頼む」
『あとは任せた』
そう、副音声が聞こえた気がした。極上の笑みを浮かべて、押し付けて逃げやがったと思ってもこれは仕方がないことだよね……!?
無慈悲に去るギルバードさんは振り返ることさえせず、さっさとこの場を後にした。
物々しい雰囲気を背負ったランディさんに、どう話しかければいいのだろうか、それを考える暇すら与えられないほどだった。
「おい」
「はい!」
「うるさい」
「ごめんなさい」
謝りつつ、でも、思ったよりもランディさんの機嫌が悪くなさそうだと私は気付いた。いや、良し悪しでいえば圧倒的に悪いんだけど、普段の不機嫌のときとは変わらない程度の不機嫌度で、恐れなければいけないほどではなかった。
「あまり踏み込んだことはしなくていい。基本はギルバードに任せておけ」
「あ、はい」
「ギルバードもアホだが、悪知恵はよく働く。何を考えているのかわからんが、悪いようにはしない」
「つまりは、ランディさんもとても信用なさっていると」
「あ?」
「いえ、なんでもないです」
まあ、口にしなくても信用しているのはわかっていたけどね。
でも、もしもそれをランディさんが直接口にしたら――きっと、ギルバードさんは驚くだろうな。でも、驚いて「熱があるのか」と心配するのだろうか?
でも、それだけギルバードさんを信用しているならどうしてかと、一つ疑問が浮かんでくる。
「ねえ、ランディさん。前に、私に私の魔術の属性について言わないように仰いましたよね。ギルバードさんのことも含んでいるって思っていたんですが、ギルバードさんが悪知恵を働かせるほうだというのなら、お伝えしてもうっかり喋るという心配もありませんよね?」
「話したところで、人前で使えないのであれば言っても言わずとも同じだろう」
「……あ、まあ、それもそうですよね」
別に利点にならないなら、むしろ気を遣わせるか、過大な期待を持たせるだけになる。それなら信用の有無を問わず、やはり話さないほうが無難なのだろう。
「……一つ、話す利点としては、お前が対抗属性を含め多属性の魔術を使えることにより、破格の待遇の魔術師として扱われる可能性はある」
「え?」
「もちろんいまは未熟ゆえに相応の訓練は積む必要はある。だが異世界の出身で保証人がいないとはいえ、それで釣りがくるほどの価値はあると考えて差支えはない。むしろギルバードが保証人に名乗りをあげるだろう」
「別に、魔術師になりたいわけじゃないんですけど……」
そもそも待遇というにも不満などまったくない。
むしろランディさんからよすぎる待遇を受けているくらいだ。
「なら、やはり黙っておけ。ただでさえ魔術師はそれほど重宝されると同時に、畏怖の対象でもあるのは前に伝えた通りだ。今は落ち着いているとはいえ、過去には魔術師殺しが流行った時期もあるくらい、なにかとトラブルにも巻きこまれやすい。まだお前は魔術師にならないという選択肢を選べる段階だ。無事に帰りたいなら、黙っておけ」
「……それほど、特別な力なんですね」
魔術師として生きているランディさんからのメッセージは、必要な覚悟がどれほどのものなのか認識させてくれ、なおかつ私を心配してくれていることがわかった。
私はもちろん帰るつもりでいる。両親だって帰ってくるものだと思って、喜んで見送ってくれたのだと思う。だから私は、帰ると同時にこちらに再びやってくる方法も知りたいと今まで以上に強く思った。
もしも私が希少な魔術師としての素質を秘めているのであれば、いままでになかった行き来する方法も見つけられるのではないだろうか? この思いをランディさんに相談しよう……そう思って私はランディさんの方を見た。
そして、私は目を丸くした。
ランディさんの表情が、とても拍子抜けしたような表情になっている。
「どうかしましたか?」
「……お前の世界では、魔術師は一般的な職業……ではないんだよな?」
「え? 少なくとも、私は出会ったことありませんよ」
「未知のものに対する恐怖というものはないのか?」
そのランディさんの問いかけは私にとっては不意打ちだった。
知らないものをまったく恐れないとは言わないが……。
「その、魔術師に関しては見たことはなかったですけど、お話の……その、作り話の中ではすごくカッコよく書かれていることが多かったですし、恐怖よりもむしろわくわくのほうが強いですよ!」
「そんなものなのか」
「それにこの世界で最初に見た魔術師さんがランディさんだったっていうのもありますよ。なんだかおどろおどろしい雰囲気を醸し出してはいらっしゃいましたけど……どう見ても働きすぎの人にしか見えなかったので、そもそも魔術師として怖い以前の問題でした」
もう少しゆっくり仕事したらどうなんだろ、とは思ったけど、それだけだ。最初に人間にしか見えないので、希少な役割を果たしていたと聞いても、やっぱり人間にしか見えない。
「あと……こんなことを言っては不謹慎かもしれませんが……夢みたいな術って、わくわくするし憧れるじゃないですか。だから怖いというよりも、はしゃぐ気持ちでいっぱいでしたよ。いまも、まだその気持ちは抜けきっていません」
「夢、か。……俺も、そうだったから、使っていたのかもしれないな」
そう言ったランディさんの表情がいつになく穏やかだったので、見惚れそうになった私は急いで顔を背けた。なんだか変な空気になっちゃったし、相談は今度にしよう。
「デザート、用意してきますね」
「今日は朝からあるのか?」
「はい。楽しみにしていてくださいね」
本当は用意していないけど、口から出まかせで逃げようとしてしまったのだから仕方がない。何なら簡単に作れるかな。甘めの蒸しパンか、フレンチトーストだと……食事の追加になってデザートにはならないだろうか?
「お前は、魔法使いみたいだな」
「それ、魔術師とは別なんですか?」
「おとぎ話に出てくるような奴っていうことだ」
どういう説明なのか、こちらの世界のおとぎ話を知らない私にはよくわからない。
でもランディさんにはそれ以上説明する気がなさそうだから、ギルバードさんに聞いてみようかな。きっと悪い意味ではないと思うんだけど、どういう意味か分からない間はドキドキするなと思わずにはいられなかった。




