第1話 つながり広がる販売タイム
お弁当は中央通りからほんの少し離れたところで毎日売っている。
中央通りのほうが人通りは多いんだけど、ごちゃごちゃしていて腰を落ち着けた販売は難しい。
それに対して今の場所はある程度ゆっくり話もできるし、中央通りに行く人たちも通るし、お弁当は作れる数が限られているから、そこまで人の流れの中心に行く必要はないんだよ。
お弁当販売はこの世界のことを知る大事な情報収集の時間だ。話ができないところじゃ意味はない。
私が定位置に向かうと、そこにはすでに二人のオジサマが待ってくれていた。
「よう、嬢ちゃん。今日も可愛いねぇ」
「調子がいいこと言っても割り引きませんよ。こんにちは、イクスさん」
「じゃあ、イクスには二倍の値で売りつけてやれ。そのかわり俺のは無料だ」
「それだとイクスさんが泣いちゃいますよ、スピアさん」
イクスさんとスピアさんは最初に常連客となってくれた二人組で、帯剣しているから、たぶん戦いを生業にしている職業なんだと思う。
そしていろいろと最近の情勢のことをよく話してくれている。
っていっても、私は『剣って普通にあるんだ』と最初に思ってしまったくらいこの世界の基礎知識自体がないので、半分くらいは理解できていないのだけど。
ただ、この二人の話を聞いたおかげで、この世界には魔術というものが存在しているということを知ってしまった。
魔術だよ、魔術。
凄い確率で私の帰還に関係してそうじゃないですか。
ファンタジーな世界だなぁと思っていたけど、本当にいるんだよ魔術師が。
ちなみに稀にだけど魔物もでるらしい。
でも、『私も魔術を使えたらなぁ』なんて言ったら、そりゃ魔術なんて誰でも使いたいにきまっていると大笑いをされてしまった。
魔術が使えるかどうかは幼少時に検査が任意であるらしくて、私がそれを通っていないならまず魔術の素質がなかったんだろう、と。
私はそもそも受けてないんだけど、とりあえず珍しいものだとわかったのは収穫だ。
ただ、任意といえども魔術が使えればエリートコースはほぼ確定なので受けさせないということは少なくとも王都ではまずないらしい。シンデレラストーリーの定番みたい。
ただしイクスさんもスピアさんもそこそこいいところで働いているらしく、会話の雰囲気から職場に魔術師さんがいるみたいなんだよね。
だからその魔術師さんにコンタクトがとれないか、狙っているんだけど――でも、まずそれよりはお弁当!! お弁当を買いに来てくれてるんだからお弁当を売らないとね!
せっかくの常連さんががっかりするような接客は厳禁だ。
「今日はなんの『オベントウ』なんだ?」
「今日はオムライスですよー」
「なんだ、その『おむらいす』っていう食べ物は」
「えーっと、オムライスとはですね……」
そう言いかけて、私は言葉を止めてしまった。
私に今かかった声はイクスさんでもスピアさんでもない声だ。
私が顔を上げればそこには見たことがない人と、慌てて敬礼する二人の姿があった。
「……お客さん、ですか?」
新たな声の人はイクスさんやスピアさんより若いけど、二人の態度を見れば上司なのかな。
というかイクスさんとスピアさん、敬礼してるっていうことは軍人さんとかだったんだろうか。
『なんのお仕事なさってるんですか』って聞こうとしたことはあったんだけど、もしかしたら普通の人が見たら服装でわかる仕事なのかもしれないから、まだ聞けていないんだよね。
そんなことを思いながら首を傾げた私に、お客さんは楽しそうに笑っていた。
「お前が噂の箱詰めの飯売りだな。『オベントウ』という商品名の」
「え? 噂……かどうかは知りませんが、ご飯は売ってますよ。お弁当で正解です」
「じゃあ、それ一つくれ」
「はい。七百ジィダです」
噂になっているかどうかはともかく、この人が買いに来てくれたのは同じ職場に勤めているらしいイクスさんとスピアさんのおかげなんだろうか。
二人の驚きようから積極的に話したわけではなさそうだから、たぶん目にする機会があったのかな?
それなら美味しそうな見た目だって思ってもらえてるってことだよね。
匂いもあるかもしれないけど、お弁当は視覚も重要な要素だからとても嬉しい。
この人もリピーターになってくれるのかなと思っていたら、おもむろに上蓋を開けていた。
え、ここで!? 気にしてもらえるのはありがたいけど、そこまで気になっているんだって思うと緊張するじゃないですか!
「……」
しかも、無言だし! 何か考えてるみたいだし!!
「なあ」
「はい!」
「これ、もう一つもらえるか?」
「え、あ、はい。……量、足りませんでした?」
お弁当はそこそこな量が入っていると思う。
だってイクスさんもスピアさんも足りないなんていってたことないし。でも今の考える反応って、足りないからってことなんだろうか。
「いや、近くで見たら思った以上に美味そうだから、究極のものぐさ野郎に買って帰ってやろうかと思ってな」
「……ものぐさ?」
見ただけで人に買って帰ってあげようと思ってくれたのは嬉しいけど、それより『究極のものぐさ』っていう響きが気になった。だけど、お客さんの言葉に常連二人が納得していた。
「ランディ様ですか」
「ランディ様ですね」
ものぐさ=ランディさま。一応覚えてみたものの、ものぐさの響きだけで理解されるってどんな人なんだ。
そんな疑問が私の顔にも出てしまっていたのか、お客さんは真剣な顔で口を開いた。
「あいつは食堂に行くのは面倒臭い、携帯食は食いモンじゃない、パンを食うなら空気を食っても同じと言いやがる」
「はい?」
「大気中の魔力をコントロールして身体にとりこめば、飯を食わずとも生きられるんだと」
それは仙人が霞を食べて生活している……というのと、同じなのだろうか。
しかしリアルに実践している人間がいるのを聞くのは初めてだ。
というか……。
「そんなこと、できるんですか?」
「普通の人間にはまず無理だろう。ったく、魔術師は変人だが、あいつは飛びぬけて変人だ。でも、絶対食った方がいいだろ? 魔力で筋肉がつくかっての。なぁ?」
「あ、はい。その……気に入ってもらえるといいと思います」
魔術師……!!
私は一応返事をしながらも、はっきりと言われた言葉に強く魅かれた。
三人の反応から相当変人だろうことは予想できたが、私にとっても魔術師はお近づきになりたい存在にほかならない。
このまま気に入ってもらえれば、コンタクトが取れるかもしれない。
アズトロクロア王国から日本に戻る手掛かりが、すぐそこまできたかもしれない。
このお弁当を、そのものぐさ魔術師も気に入ってくれて、どうかコンタクトがとれるようになりますように。お気に召したなら、配達でもなんでも致しますから!! そう願いながら、私はもう一つのお弁当をお客さんに手渡した。
どうか、気に入ってもらえますように!