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第18話 不穏なお誘い

 ランディさんが文様を見て私が服を着直した後、ギルバードさんが再び部屋に入ってきた。そしてランディさんと二人で難しい表情を浮かべてやり取りしていた。


「想像できていた通り、ドイルの魔力を燃料として他者が召喚を行ったことは確定だ。誰がというところまでは、特定できないな。幸いにも封印は安定しているから、ドイルがこいつに気付きはしないだろうが」

「一応俺もドイルとそれなりに仲がよさそうな魔術師がいないか探ってみているが、召喚ができそうなほどのっていうのがなかなか難しいんだよな。数がいなさすぎて」

「探せ」

「探してるっての」


 ランディさんの苛立つ様子に、ギルバードさんは慣れた様子で肩をすくめた。


「落ち着け、まだ昨日の今日なんだよ。しばらくドイルの所に潜入すれば何か見つかるかもしれないと思ってるけどな。誘いはもらってるし、証拠をつかむのだってたやすいだろう」

「ああ……あれなら確実にお前が行くというだけで浮かれるだろうな」

「納得してくれるのはいいんだけど、ちょっとは気の毒とかいたわりとか感じないのか? 四六時中あれのそばにいるのは、さすがに俺でもしんどい役割だって思うんだけど」


 確かにドイルさんの口は軽そうだけど、一緒に行動するとなると面倒くさいのは火を見るより明らかだ。とても損な役割だと思うし、私なら絶対にやりたくない。でも、それをランディさんが口に出していたわるかと言えばそうじゃないんだと思うだけど……。

 だって、現にランディさんは片眉を吊り上げている。


「なぜ俺がお前を労わる必要がある」

「ったく。まあ、俺の仕事はそういうモンだってのには反論しないけどね」

「えっと……お疲れ様です、ギルバードさん」


 たぶんいまの様子だとランディさんから激励やねぎらいの言葉はかからないだろう。もしもランディさんが言うなら私もそれを待ってから言いたいと思ったけど、この表情からは望み薄もいいところだ。だからギルバードさんの望みとは異なるかもしれないけど、私の言葉も伝えてみた。ただ口にしてから気が付いたけど、『お疲れ様です』は仕事が終わった後にかける言葉だったかな。ほかにふさわしい言葉があったかもしれない。

 でも、ギルバードさんは私の言葉でも喜んでくれた。


「ありがとな、マヒル」

「いえ、私も何かお手伝いできたらいいんですが……」

「それは、なんかあった時に頼むよ」


 そう言いながら、満足そうにギルバードさんは笑った。

 そして、その時だった。

 コンコンコンと軽やかな音で、けれどドアの向こうから漂う気配はどことなくどす黒い空気だと感じてしまう状況に陥ったのは。


「……あれ、まさかメアリーじゃ」

「居留守を使うぞ。どうせ、中の音は漏れてはいない」

「いや、音が漏れていなくても明らかにいるのはわかるだろう。鍵がかかってる上に、昨日来たんだろ?」


 そうしてこそこそと言っている間にも、ノックの音は一定間隔を保ちながらも鳴りやまない。

 よく言えば粘り強く、素直な感想としてはしつこいとしか言えないそれは、ドアを開けるまで永遠に続きそうな勢いであるように感じる。


「これ、開けて適当に追い返したほうが早いんじゃないか」

「……」


 ランディさんは無言で溜息すらついていないけど、同意はしているのだろう。


「ただ、メアリーが来るならマヒルは隠れていたほうがいいか? 変に絡まれても面倒だろ」

「確かにそうですけど、隠れられる場所ってあります?」


 ギルバードさんがいてくれるなら、メアリーやドイルさんがきてもうまくあしらってくれることだろう。だから私が隠れていても問題はないけど、隠れられそうな場所もない。さて、どうするか。


「ベッドの下はどうだ」

「え」


 そんな典型的なところ……と、思う。

 一応見えにくくはあると思うし、入れないことがない程度のスペースはあるのだが、私がいることを怪しんでる人なら見つけてしまいそうだし、こんなところに隠れているのがみつかれば余計にややこしくなるかもしれない。


「安心していいぞ、こんなところをのぞき込むためにメアリーが服を汚すと思うか? しゃがむわけがない」

「……わかりました」


 でも、汚れるのは私もいやかな……と思ったけど、床は綺麗に掃除されていて汚れる心配はなさそうだ。行き届いた清掃は私も見習わなければいけないと思う。

 そして私がベッドの下にもぐりこんだ後、ギルバードさんがドアを開けたようだった。


「お待たせいたしました。申し訳ございません、ランディが着替えておりましたもので」

「あら、それは急かしてしまい、申し訳ございません」


 入ってきたのはやはりメアリーだった。言葉とは裏腹に、私にはあまり悪いとは思っていなさそうな声色に聞こえた。


「でも、ギルバード様がこちらにいらっしゃるのは予想いたしておりませんでしたわ。御親戚はどうなさったのですか?」

「マーサなら食事に向かわせましたよ」


 ああ、私、マーサということになっていたなと再度確認を取りながら、私は本当に気づかれていないらしきことにほっとした。それにしてもギルバードさんもよくそこまで出まかせが言えるなと感心した。


「それより、メアリー様はどのようなご用件でこちらに?」


 話す気がないだろうランディさんにかわって、ギルバードさんは話を運んでいた。それはめんどくささなんて一切感じられない様子で、むしろ好意的にも聞こえる。演技派だ。それは私の観察眼があまりにないからというだけではなくて、ギルバードさんの演技が凄いんだと思う。気を付けないと、ギルバードさんには何かあった時にうっかり騙されてしまいそうな気もする……と、そんな失礼なことさえも思いたくなってしまうくらいだ。

 そしてその対象であるメアリーも、ギルバードさんのことを胡散臭いと思うことなく、気分よさそうに返答していた。


「私はマーサ様に用事があって参りました」

「マーサに?」

「ええ。ギルバード様の御親戚ともあろう方ですもの。世間を知らないというのなら教えて差し上げようと存じまして。観劇など、ご興味はございませんこと?」


 うん、ギルバードさんの対応に好感を抱いたところで、私が観劇に誘われるとは考えにくい。一体、どういう思惑なのか。さっきだってあの形相だったし、表面上庶民ではないことになったとはいえ、額面通りに受け取れというほうが無理だろう。

 そもそも、この人、ランディさんを前に私にしか用事がないわけなさそうだけど。


「とても素敵な誘いですが、まだ人が多く集まるような場所に行ったことがないものですから、少しだけ相談させていただけますか」

「あら、配慮が足りていませんでしたね。もちろん、構いませんわ」


 おおお、ギルバードさん即答を回避してくれた!

 そして気分を害した様子もないメアリーはゆったりと言葉を続けた。


「でも、観劇はおすすめしておいてくださいな。マーサ様に問題がなければ、従兄もご一緒したいと申しておりますので」

「え? ドイル様もですか?」

「ええ」


 え、あの自分本位なドイルさんが従妹とはいえ女性のお出かけに付き合うなんて……って、どう考えても何かありそうだ。というか、メアリー以上に何か企んでいる気しかしない。


「わかりました。ひとまず、マーサにはお伝えさせていただきます」

「ありがとうございます」

「ですが……正直、あれは観劇以前にそもそも外出することに慣れていません。不安も多いでしょうから、もしも可能であれば私も同行させていただければ嬉しく思います」

「もちろん問題ございませんわ。むしろ、お願いさせていただくつもりでしたから」


 ギルバードさんの柔軟な対応に私は心の中で拍手喝采した。

 断り辛いのは重々承知で、それでも逃げ道を残したうえで一緒に行くという選択肢も生んでくれた。ありがたい。メアリーもそのつもりだったとは言っていたけど、ギルバードさんが申しでていなかったら言われないままだった可能性もあるし!

 そしてこれはむしろドイルさんがギルバードさんに会うために、メアリーに指示をしたんだろうかとも思った。願うつもりだったって、そういうこと……かな?


「ランディ様、こちらお見舞いの品でございます。お花ですから、かざっておいてくださいね」


 あ、嫌みをいわれたやつだ、と思いつつ、私はメアリーが去っていったのと同時にベッドから這い出てきた。あれ、本当にほぼ私にしか用事がなかったのかな。

 高そうな花瓶に生けられた花を見てからランディさんとギルバードさんを見たんだけど……ランディさん、その目、ギルバードさんを射殺しそうです。


「どういうつもりだ、ギルバード」

「落ち着け、ランディ。それからマヒル。これは大きなチャンスだな」


 そう言ったギルバードさんは、ちょっとだけ怪しい笑みを浮かべた。

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