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第17話 こんな空気は平和だと思いつつ

 それから二人そろって病室に入ると、ランディさんは露骨に嫌な表情を浮かべていた。


「なんで二人で入ってくるんだ」

「なに、俺だけが良かったのか?」

「本当にそう思うのか?」

「思われていたら気持ち悪いって思うだろうよ」


 ギルバードさんは軽口を楽しんでいたけど、唐突に思い出したように声のトーンを変えた。


「ここ、防音の魔術は施してあるのか?」

「当たり前だ」

「ほんとはそんなことせずに休んでろって言いたいところだが……まぁ、遠慮なく。さっきマヒルのことをドイルとメアリーに『俺の遠縁でランディの弟子見習いのマーサ』って紹介したからランディも覚えておいてくれ」

「なんでその組み合わせと話をしているんだ」

「鉢合わせだったみたいだぞ」


 そして確認するようにギルバードさんがこちらを振り返ったので、私も頷いた。


「メアリーを見て物陰に隠れたんです。そうしたら、そのうちドイルさんが出てきて……お二人がどこかに行くみたいだったので、その間に戻ろうとして見つかっちゃいました」

「もっと慎重に動け。ドイルに気付かれることはもうないと思うが……」

「そこは反省してます」


 姿が見えなくなるまで待機していれば、すくなくともメアリーに気付かれることもなかったはずだ。封印を施してもらったとはいえ、迂闊だったことは否定できない。


「そういえば、相変わらずランディはメアリーから求婚されているんだな。マヒルをお前の弟子だって紹介したら、すごい勢いで睨んできたぞ」

「知らん」

「されてるんだな」


 ギルバードさん、その顔、わかってて尋ねましたよね? 

 このままだとランディさんが不機嫌になりそうだったので、私は慌てて話題を切り替るためにごはんを押し付けた。


「ランディさん、これ朝食です」


 そしてギルバードさんに笑顔で「余計なこと言うな」と無言のお願いをした。

 せめてそれはご飯をたべた後にしてください。ほら、ランディさんが食べなくなってもこまるでしょう。そう思ったけど、でも、そもそも今も手が進んでいるように見えなかった。


「……苦手なもの、入ってないですよね?」


 ランディさんは食べ残しをしたことがないし、今回初めて入れている食材はない。

 卵もパンもケチャップも、いつも使ってるものと同じだ。


「……は、……か?」

「はい?」

「……お前はもう食べたのか?」


 一瞬聞き逃した言葉に私が反応するより、早く、ギルバードさんが驚いていた。


「お前、人の心配を口にできる奴だったのか」

「あ?」


 たぶん今まで見た中で一番凶悪な表情をしたランディさんがギルバードさんを睨んだけど、確かに直接そういう言葉をかけられたのは初めてかもしれない。ただ、私じゃギルバードさんが言わなければ普通に返事をしちゃって気づかなかったかもしれないけれど。

 というか今のギルバードさんはからかったわけではなく、純粋に驚いているようだけど……ただ、『口にできる』と言っているあたり、ギルバードさんもランディさんの気遣い度を当たり前のように言っているのになんだか和んだ。もちろん私なんかよりギルバードさんのほうがずっとランディさんのことを理解しているということはわかりきったことでもあるんだけど。

 って、あれ。なんだかそれは当たり前のことなんだけど、ちょっとひっかかるような……。

 でも、ひっかかる理由もよくわからないし、そもそもそう思うほうが不自然だと思うので、あまり深く考えないことにした。

 それより質問に答えなければランディさんも食べてくれないかもしれない。


「私は味見がてらに食べているので、お気になさらず」


 もっとも、味見がてらに食べたのはほんとに味見だったので実際にはお腹がすいてるけど、それを言えば気を使っちゃうと思うし、食器の片づけに戻った時に軽く食べるつもりだから問題ない。それに私も朝一番より少し動いたあとのほうがご飯が食べれるタイプだし。


「そういえば、ギルバードさんはもう朝食は召し上がられてます? よければ用意してきましょうか?」

「ああ、軽く食ってるから気にせんでくれ、ありがとな。でも……なんかここでそれを言われると俺は招かれた客で、お前らは夫婦みたいだな」


 笑いながらそう言ったギルバードさんに一切反応できなかった私は固まった。そして次に耳にしたのは、むせ返る音だ。それで緊張が解けた私は慌てて水を用意し、ランディさんに手渡した。


「ほら、そういうとこも」

「……、ギルバード、調子に乗るのも大概にしろ」

「いや、素直な感想だ。ランディもマヒルが嫁で困ることもないだろう?」

「馬鹿を言うな。そいつは帰る世界がある人間だ。この国どころかこの世界に留まるべき人間じゃない」

「そうですよ、ギルバードさん。あまり邪魔ばかりされると、ランディさんのご飯が進みませんから追い出してしまいますよ」


 どういう表情をしていいのかわからなかった私も、ギルバードさんに苦言を呈した。

 いや、別に『お前らくっつけ』とかそういう風なことを言っているのではないけど、ランディさんは受け流すタイプではないし、気まずいのは私も困る。そして私も私でランディさんの答えでちょっとだけなんとも言い難い感覚を抱いてしまった。


 私は帰ることをずっと考えてきた。でも、帰ることを考えながらも、この世界で生活し――別世界だとは思いつつも、いままで出会った人たちのことは外国人と出会うような雰囲気で、『異世界人』とまでは認識できていなかったし、だから行き来できるようにならないかななんて思ったりもした。

 もちろん自分が別の世界からきた人間だということを忘れたことなんて一度もない。

 でも今のランディさんの言葉は今まで自分が思っていたよりも私は別の生き物だという気がしてしまった。なんだか寂しいというか、なんというか。


 けれど、それは私のわがままだ。

 ランディさんは召喚の犯人探しもあるけど、私が帰れる方法を探してくれている。そしてランディさんも召喚した人を探す都合もあってついでだって口では言っているけれど、実際にはそんな都合がなくても探してくれそうな気がしている。

 素直には言わないと思うけど――帰れる場所があるなら帰るべきだと考えるランディさんは、帰る場所を失ったことがある人だ。帰るべき場所を私よりつよく意識しているのかもしれない。


「どうした?」

「いえ、ありがたいことだなと思ってて」

「何の話だ」


 突然黙ったからか、心配してくれたらしいランディさんに私は笑った。

 ランディさんは呆れていたけど、それ以上尋ねることはなかった。助かった。


 でも、食事を進めるランディさんを見て、私はやはりランディさんはもうちょっと自分のことを大事にしなければいけないと思った。問答無用で私に封印を施してくれたのは、私をドイルさんから守るためだ。けれどその結果倒れているのだから、申し訳ない気持ちがどうしても先立つ。

 ただ、そんなことを思いつつも白馬の王子様が似合う柄ではないのに、白馬の王子様よりよほどカッコよく見えるとも思ってしまう。こんなランディさんを知ってしまって惚れない人なんて世の中に存在するのかな。


 って、え?


 私、今、何を考えた。

 ランディさんに惚れない人だってそりゃいるよ、あのつっけんどんな性格だからそこまでそもそもたどりつかない可能性も高いし! でも、それより。そう思うってことは、すでに私は――。もしかして、行き来したいって思ったのも、ランディさんのことを好きになってしまっていたからだったりするの……!?


「おい」

「はい!?」


 思考を中断させられ、私は思わずひっくり返った声で返事をした。

 それにランディさんは表情を歪めて「うるさい」と言い、ギルバードさんは目を丸くしていた。……唐突ですみません、でも、今の私はそんなことに気をまわしている余裕なんてないんです。一大事なことを考えていたんです。

 でも、ランディさんの言葉は私が思っているよりさらに一大事なことだった。


「あとで、もう一度文様を見る」

「文様って……え、あの、背中ですか?」

「ほかに何がある。昨日は封印は行ったが、もう一度確認したいこともいくつかある」


 確かに召喚に関係するなら、なにかヒントがあるかもしれないよね。

 文様がいまだどのようなものなのかわかっていないけど、大事な手がかりだということは私にもわかる。ただ、堂々と見せるのは恥ずかしい。お医者さんだと思えばそうでもないかもしれないけど、いまさらランディさんをそう思うのは無理だし……!


「隠したいならこれを使えば問題ないだろ」

「あ、はい、シーツはお借りします……って、それだけじゃないんですけど」

「別に隠そうが隠すまいが興味もないが」

「興味云々の問題ではなく、羞恥心の問題ですから!!」

「じゃあギルバード、お前外に出てろ」


 うん、確かにギルバードさんもいるのも羞恥心の原因だけど、それだけでまったく気にせず済むっていうことはないんだけど……。ギルバードさんは肩をすくめながら「終わったら呼んでくれ」といって外にでた。たぶん、そこで終わるまで待機してるんだと思う。


「ほら、早くしろ」

「……わかりました」


 ランディさんにぺいっと投げられたシーツをかぶってごそごそと私は準備する。ランディさんはシーツで身体を隠せと言う意味でいっていたかもしれないけど、とりあえずシーツの中で服を使って体を隠すほうが恥が少ないと私は判断した。本当はまだ駄々をこねたいところだけど、ギルバードさんが大人しく外に出てしまった以上、どうせ出口は塞がれているも同然だ。恥ずかしがったところで逃げることもできない以上、諦めざるを得ないのは理解した。

 でも、なんていうか興味ないって言われるのも安心といえば安心だけど、複雑といえば複雑だよね。しかも自覚してしまったあとなんだし。


「お前、服一枚脱ぐのにどれだけ時間がかかるんだ」

「あの、そんなに時間は経ってないんですけど。ちょっとはデリカシーをもって考えてくださいよ」

「そんなもの、なんの役に立つ」

「人生の潤滑油くらいにはなるんじゃないですかね」


 そう言いながら、私もようやく準備を完了した。

 さあ、どこからでも見てやってくださいな。

 そう思ってシーツからもぞもぞと顔を出すと、そこには背を向けているランディさんの姿が見えた。

 前にギルバードさんが言ってたことを守ったということかもしれないけど、それでも口ではなんとでも言おうとも、一応デリカシーはちゃんとあったんだと思わず笑いそうになるのを私は必死でなんとか堪えた。

 

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