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第15話 『メアリー』というお嬢様

 メアリーと名乗ったお姫様みたいな女性はとても綺麗な顔をしていた。ちょっと化粧は濃いかなと思うけど、この顔ならナチュラルメイクどころかすっぴんでも全然問題ないと思う。年齢は……正直この世界の人がそれぞれ何歳なのかよく分からないので断言しづらい面もあるんだけど、たぶんランディさんとそう変わらないか、少し若いくらいかな。

 けれどその美人に対しても、ランディさんは動揺する様子を微塵も見せず、むしろより迷惑そうに表情を歪めた。


「入室は許可していない」

「はい。お返事がいただけませんでしたので、確認のために入室させていただきましたわ。お休みでないのなら、お返事くらいいただいてもよいのではありませんか?」


 にこにこと言うメアリーさんはまったくランディさんの拒否を受け入れることなく――むしろ、責めていた。

 ただ、お姫様みたいに見えてもこの人はお姫様じゃないな。だってメアリーさんに対する言葉遣いがギルバードさんに対するものと同じだもの。仮にダリウス殿下の妹君であれば、もう少し言葉遣いも変わると思う。


「それよりも、いかがなさったのですか。倒れられるなどあなたらしくもない」

「お前には関係のないことだ」


 こうして一応見舞いに来ただろう相手に対してハッキリというのだから、親しいわけでもなさそうだ。ただ、その、見舞いにきた人なんだから「少しいろいろあって」くらいで濁すのも処世術じゃないかと思うけど……いや、うん。ランディさんなら言わないか。私だって初対面で物凄く物理的に攻撃を受けたんだし。いや、あれは物理というよりは魔術攻撃なのかな……?

 ただ、メアリーさんの様子を見る限り、まったくの知らない仲というわけではないようだ。いや、むしろ見舞いに来ているのだから知り合いだろうけど、ランディさんの目はギルバードさんを見るときとはまたちがう、とても冷たいものだ。最初、私もあんな目を向けられた覚えがある。

 でもメアリーさんは冷たく言葉を放つランディさんを見て、楽しそうだ。


「関係なくはございませんわ。私はあなた様に求婚をさせていただいているのですから」


 にこにこと、照れることなく言いきるメアリーさんに私は思わず目を奪われた。

 求婚? え、交際を申し込むではなく、いきなり求婚……!?

 ランディさんは顔色一つかえず物凄く嫌そうにしているけど、え、どういうことですかこの状況!! 混乱する私とは対照的に、メアリーさんは優雅で余裕を持ったまま、私の方へゆっくりと顔を向けた。


「ところで、こういう場合は使用人は席を外すものではございませんか?」

「え?」

「勝手に入ってきたのはお前だ。それに、こいつは使用人じゃない」

「あら、ではどのようなご関係で?」


 あ、それは私も気になります。

 客人かお食事係かなら、すごく上等。居候だと、うん。まあ、その通りかな。

 でもランディさんはどう答えてくれるんだろう?


「わからん」

「「はい?」」

「そもそもお前に答える必要も義務もない」


 思わずメアリーさんと声を重ねてしまったけど、わからんってなんですか、わからんって!!

 まあ、確かに一言で言い表わすのは面倒だし、ひょっとしたらランディさんにとっては召喚の関係が私に絡んでいるからっていうのもあると思うんだけど――でも、でも……!! まさかわからんで片付けられるなんて、想像してなくても仕方ないよね!?


「よく、わかりました」


 メアリーさんの声でその言葉が聞こえ、私は思わず耳を疑った。

 何がわかったというのだ、私にとっては欠片もわからないことばかりだというのに!


「つまりは私が特に気に掛ける必要もない方ということですね」


 あ……そうですか。

 そもそもメアリーさんにとって気にするのはランディさんに女性の影があるかないかという問題だけで、恋人や婚約者みたいな回答が出ない限りはたいして気にする必要がないことであったのかもしれない。

 ただ、その言われ方はすこしカチンとくるものがあるかな。

 ランディさんにとってはメアリーさんより私の方が気を許せると思うのは私の自惚れでないと願いたい。だって、ランディさんにここまで嫌な顔をさせたりは……してないはずだし。うん、してない。自信を持て、私。

 でも、そんなランディさんの様子なんてメアリーさんにはやはり関係なかった。


「では、早速ですが、私、ご看病させていただきますね」


 そうして手にしていた荷物をサイドテーブルに置こうとしたので、私はその前に立ちはだかった。


「看病は私がダリウス殿下から仰せつかっておりますので、お気になさらないでください」

「まぁ、ダリウス殿下からですか?」

「はい、殿下からです」


 そもそもメアリーさんってランディさんから入室許可さえ受けてないのに、ここまで自分の考え通りにしか動こうとしないのは凄いなと思った。それに、ランディさんだって少し嫌がっているというものではない。たとえばギルバードさんが相手ならば、多少不快そうだったり迷惑そうだったりしているけれど、心の底から嫌っているわけではなさそうだ。でも、メアリーさんに向ける表情は違う。こんな顔をさせていては、休養にならないことなんて明らかだ。

 メアリーさんはそれでも怒るようなことはしなかった。

 ただ、本当に不思議そうに首を傾けていた。


「もしかして、殿下は視力が弱くいらっしゃるのでしょうか?」

「……どういうことですか?」

「ランディ様のご看病をさせていただくというのに、あなたのお顔ではあまりに辛気くさいのではないかと思いまして。治るものもなおりませんわ」


 心底理解できないという、しかもそれが一切の悪気がないというものである場合でも、失礼極まりない言葉にはこれほど腹が立つものなのかと私は思わずにはいられなかった。

 辛気くさいってなに!! たしかにあなたほど綺麗な顔じゃないけど、人生で今までそんな風にいわれたことはないんだけど!! この人、ドイルさんと同じくらい失礼だな……!!

 けれど、ここで吠えてしまえばランディさんに迷惑もかかるだろう。病室は決して喧嘩をする場所じゃない。

 でも、私のそんな配慮をランディさんは一瞬で吹き飛ばした。


「化粧の厚い女が顔について語るとは、傑作だな」


 ランディさん、吹かそうとしないでください。

 さすがにランディさんの言葉にはこの人も表情を変えるかなと思ったけど、予想外のことに実にしれっとしていた。


「顔を作るのは当然でしょう。愛する殿方に見ていただき、また、隣に立ってもみっともなくないようにすることは必要ですから」


 いや、その愛する殿方が厚化粧っていってるんだから、改めたほうがいいと思うよ? なんて、私がここで口に出したらたぶんとんでもないことになるから黙っておく。


「ですが、今日は仕方ありませんから一度帰らせていただきます。殿下のご配慮が本当なのか、その娘の言葉では確認が取れませんし……嘘を言っているのであれば、殿下の名を騙ったと相応の処罰を求めることも叶いましょう」

「嘘なんてついていませんよ」

「そもそも嘘がなくとも、再考を願い出ることは必要でしょう? では、ごきげんよう」


 ごきげんよくなるわけないだろう!!

 その言葉を飲み込んだ私は、代わりにメアリーが出て行った部屋で大きくため息をついた。


「ランディさん、あれ、なんなんですか。求婚されているというのは本当ですか?」

「勝手に言っているだけだ。あれを嫁に欲しがるとなれば狂気の沙汰だろ」


 想像以上に辛辣な物言いに、私は多少メアリーに同情したけど、それよりも大きい割合でほっとした。


「どうしてあそこまで惚れられたんですか? 言い方が悪くなりますけど、ランディさんって愛想よくないし、人付き合いもろくにしないし、会話も初対面で成立させるのは難しいと思うんですけど」

「お前、たいがい失礼だな」

「ランディさんもでしょう」


 私の反論にランディさんは大きく息をついた。


「あれはドイルの従妹にあたる。母親の親戚だからダリウス殿下とは無関係だ。城の書庫で働いている。初対面の時からああだから、何を考えているかは知らない」


 それは、一目惚れでもされたということなのだろうか?

 確かにランディさんも顔立ちは綺麗だものね。でも、普段は圧倒的に不機嫌オーラでそのイケメンが台無しになってしまっているけど。

 しかしそれはともかくとして、あのお嬢様が働いているとは驚きだ。しかも書庫で働いているといえば、一人で作業するものでもないだろう。


「彼女だと、周囲の人も大変そうですね」

「役には立っていないが、立場上辞めさせにくいらしい。多少仕事をしてくれれば失敗も生じ退職を迫りやすくなるだろうが、そもそも動かないがためにそれもない」

「それはずいぶん困りものですね。かなり有名なんですか?」


 部屋に籠りっぱなしのランディさんでも書庫くらいは行くだろうが、あのお嬢様の前で同僚が噂をしたりはしないだろう。しかし、だからといって噂を聞く場面もあまり想像ができなかった。


「ギルバードが何だかんだ言いにくる。こっちは興味ないってのに」


 なるほど、確かにギルバードさんなら情報を色々持ってそうだよね。


 しかし、一目惚れか。

 するほうはいままで経験がないし、される方は今後も縁がなさそうだけど、世の中顔だけじゃないなと思い直す。そう、可愛さは正義だけど、あれは中身が可愛さを相殺してしまっている。少なくとも私はそう感じてしまったから、羨ましさはない。まったくないとは言わないけど、ほとんどない。まあ、あの子のほうが素敵だっていう人もいるかもしれないけどね。


「さて、お食事が冷めちゃいましたがどうします? 温めなおしてきましょうか?」

「いや、言うほど冷めてない」

「あ、猫舌ですもんね。ちゃんと食べ切ったら、あとでアイス作ってきますよ」


 材料はもう屋敷に準備しているから、帰って混ぜるだけですぐできる。

 ただ、ここで氷の魔術を使うのもあれだし、先に持ってきたら溶けちゃうんだよね。


「……最近思うんだが、お前、俺を子ども扱いしていないか」

「しましょうか?」

「余計なことはしなくていい」


 少しだけしてますけどねなんて思いつつ、納得してくれたことと空になっていくお皿を見て私はほっと胸をなでおろした。

 そしてあのお嬢様がいたときに吊りあがっていたランディさんの眉は、特になんともない、普段のちょっと気難しそうなという雰囲気のものへと変わっていた。それを見れば、もう『終わったこと』で処理されたんだろうなと思ってしまう。


 まあ、変なお嬢様の襲来もあったけど、変なドイルさんのときと同じで一時的なものであり、これでまたもと通りの生活になる。私も忘れよう――そう思っていたものの、その見通しが甘かったのは翌日知ることになってしまったのだけれども。




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