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第14話 エンカウント第二段

 わざわざ私に仰ったということは、何かの意図があってだろうか。

 でも、そういう風にランディさんが装っていたとしても、その意図がわからない。何のために私に仰ったのか――そんなもやもやとした気持ちを抱きながら、ランディさんの部屋に戻った。

 ランディさんは不機嫌そうな表情で身体を起こしていた。


「殿下が、ランディさんによく休んでくださいって仰ってました」

「魔力の供給をしたのはお前か」

「えっ、あ、その……殿下がそうすればランディさんが早く元気になるって……!!」

「そうか、手間をかけた」

「手間って……それは全然!! むしろお手間をお掛けしたのは私ですから……!!」


 ランディさんの言葉はごくごく自然。

 よかった、これだと手にキスしたのも、きっとばれていない!!

 寝込みを襲ったわけでもないし不本意だったら申し訳ないとおもっていたけど、気付かれていないのであればこのままこっそり黙っておこう。

 でも誰が魔力供給をしたのかわかるのであれば、もしも殿下がされていてもランディさん、すぐに気が付いたんだろうな。ランディさんが気に病む可能性があるなら、やっぱり私がやって正解だったんだ。


「殿下から二日はここで養生するよう、ランディさんに伝えるようにと申し受けました」

「申し受けるな」

「そんな無茶な」


 ああ、これ、殿下が仰ったことじゃなければすぐに部屋に戻っていたな。

 いまもすごい目で睨まれているけど、私だって伝言係なのだから我慢していただきたい。


「とりあえず、私はお屋敷で夕食をつくってきますね。着替えも必要ですよね」

「マークが把握してる」

「わかりました、じゃあマークさんに準備してもらってきます。ほかに欲しいものはありますか?」

「特にない」


 ランディさんの返事に私はほっとした。

 帰ると再び言われることもなく、そして夕食についてもいらないと言われることもなかった。不機嫌さは隠していないので、ご飯もいらないと言われるかと少しだけドキドキしていたけど、無用の心配になったことにはほっとした。


「……どうかしたか」

「いえ、すぐに作ってきますから! ちゃんと寝ていてくださいね」


 そして私は部屋を出ようとしたが、呼び止められた。


「どうされました?」

「お前、一人でうろつくのか」

「え? ええ」


 たしかにランディさんと出会って以降、外ではランディさんの護衛付きだったから一人でうろうろしていたのは完璧防御の屋敷の中だけだ。窮屈な思いはしないので気にしてないけど、なかなか厳重な警戒態勢だったのだなと改めて思ってしまう。


「……ギルバードを呼べ」

「大丈夫ですよ。お城の中から勝手に出たりしませんし、すぐにお部屋に戻ったらそのままお屋敷に行きますから」

「それ以前に、お前は一人で俺の部屋に入れない」


 そういえば、セキュリティがあったんだっけ。

 いまだ私自身を警戒されているわけではないかもしれないけど、ランディさんの部屋っていってもお城の中だから私を勝手に出入りできるようにするのはよくないかもしれない。いや、単に不便がないから忘れていただけかもしれないけれど。


「……呼ぶつもりがないなら貸してやる」

「え、って、これは?」

「鍵」


 ランディさんから投げ寄越されたのは指輪だった。


「これで自由に出入りできるんですか?」

「ああ」

「ギルバードさんや殿下って、指輪なんてされていましたっけ」

「ギルバードはピアス、殿下は腕輪だ。別にどんな形状でも効力が同じならいい」


 つまりは本人にとって邪魔にならないものであれば、どのようなものでも作れるというのだろうか。


「じゃあ、遠慮なくお借りしますね」


 指にはめてみるけど、思ったよりもぶかぶかだ。

 落とさないように握りこぶしを作って私は急いで部屋に戻り、そして屋敷に帰った。


 お屋敷でマークさんにランディさんの着替えを用意してもらい、私は私で早速ご飯を作り始めた。


 リゾットは普通お米から炊くのは私も知っているけど、炊いたお米でもお家ごはんでは十分だよね。お弁当用に炊いているごはんが少し残っているから、それを使うほうが早くできるし。

 まずはフライパンにバターを溶かして、タマネギを炒める。次に入れるのはベーコンもいいんだけど、今日は消化の良さを優先して鶏の胸肉だ。そこにご飯とコンソメスープを加えてしばらく待機。水分が減ったところで牛乳と粉チーズを混ぜいれれば完成だ。

 心もち味は薄めにしているけど、それでも美味しく仕上がった……はずだ。


 それをお湯で温めておいた器に移し替えてカゴに入れ、着替えを抱えて私は再びランディさんの元へと急いだ。


 戻った先でランディさんは大人しく寝て――いなかった。


「何をしているんですか」


 身体を起こしたままだったランディさんは、その身体の前に魔法陣を浮かび上がらせていた。この人休養しろって言われてるのにどうして魔術を使っているの!! しかしランディさんに悪びれる様子はなかった。


「少し感覚を確かめていただけだ」

「そうですか。もう、とりあえず冷める前にご飯をどうぞ」


 サイドテーブルにリゾットを置き、一緒に持ってきたコップに水を注いだ。

 本当はコップだけ持ってきて魔術で水を作れないかなぁと思ったんだけど、ここで水を作ってるのを誰かに見られたら約束破りになっちゃうからね。でも、実はこっそりお風呂で練習したりはしているし、氷の魔術は毎日使うからだいぶコントロールもできるようになっている。

 無言でリゾットを食べるランディさんは、少し猫舌なので丁寧に冷めるようにスプーンですくったものに息を吹きかけながら食べていた。


「味、大丈夫そうですか?」

「ああ」


 そうそう簡単に「おいしい」は何度も引きだせなかったかと思いつつ、それでも食べるのをやめていないことからそう思ってくれていることは想像できる。よかった、好みに合って。

 それにしても、最初の頃とは違って本当に食事をしてくれているんだなと思う。お皿の縁を押さえてスプーンで食べる姿など、最初のランディさんの様子からは想像もできなかった。


「ねぇ、ランディさん。明日から朝ごはんも食べてみます?」

「……あるなら、食べないこともない」

「わかりました」


 欲しいという言葉まではでなかったけど、意地っ張りのことを考えればそれも仕方がないことだ。ハニーシュガートーストでも作ってもってきてみようか、なんて思っていると、ランディさんは私の方をじっと見ていた。


「どうなさいました?」

「似ているな、と思ってな」

「誰にですか」

「祖母に」


 まさかのおばあちゃん認定されたよ!!

 でも、それも一瞬の衝撃で、すぐにそれは別の衝撃に上書きされた。

 ランディさんが肉親のことを話すのは初めてだ。


「見た目が、ですか?」

「いや」


 そうして口を濁したランディさんの手は止まっていた。


「祖母もそんな笑い方をしていたと思っただけだ。食事を作ることを楽しんでいた。看取れなかったがな」

「じゃあ……二日間の休養命令が解けたら、お墓参りにいきましょうか。ついでに、ランディさんが初料理に挑戦してみてもいいと思いますよ」


 よほど大事な人だったのだろうことはその表情から理解できる。

 でも、よく考えれば……それだけおばあさんの味を好んでいたなら自分でそれを再現するなり、再現してもらうように人に頼んだりもランディさんならできたはずだ。だって、お金をすごく持っているのは何となくわかる。

 どうしてだろうと思っていると、ランディさんは自重するような笑みを浮かべていた。


「どうせマズイし、喜ばれない。幾度か作ったことはあったが、とても食べられる味じゃなかった」

「練習すれば大丈夫ですし、手伝いますよ」

「不要だ。それにせっかくゆっくり休まれている。苦労ばかりかけた者が行っても、気休めにもならないだろう」

「そんなことないでしょう」


 確かに今のランディさんはなかなか偏屈だから幼くても手がかかっただろうとは思うし、めちゃくちゃ不味ければ迷惑もかかるだろうが、不味さについては味見をしていればクリアできるはずだ。

 しかし、ランディさんは深く溜息をついた。


「田舎はこちらより魔術に対して恐怖心が強い。だから教わりもしないのに幼少時から多属性の魔術が使えた俺は森に捨てられた。それを拾ってくれたのが、血のつながりもない自称『祖母』だ」

「え……?」


 突然の告白に私は思わず息を止めた。


「だが、森に魔術師の子供が捨てられたと噂が人攫いの耳に入った。祖母と俺の住んでいた場所は襲われ、俺は攫われた。希少な魔術師であるがゆえに殺される恐れはなかったが、扱いはひどく、使えたといっても未熟な魔術しか使えなかった俺はすぐに逃亡できなかった。捕まっていた同類とともに逃げ出した日も、たまたま殿下主導の救出部隊がこちらに来てくれていなかったら、死んでいてもおかしくなかった。その日で、攫われてから二年が経過していた」

「それで、おばあさんは……」

「祖母は攫われた時に傷を負ったが、それ自体はすでに治っていた。けれど、俺に『孫を待つ話』をしながら孫の喜ぶ食事を用意し、毎日森に孫を探しに行く人になってしまっていた。俺のことは認識できなくなっていた」

「……帰ってきたランディさんのことは、どう思われていたのですか」

「ただの隣人だと思われ、孫の話をよく聞かせてもらった」


 そう言ったランディさんの表情にはなにも浮かんでいない。


「別に傷が原因ということはなかったらしい。医者に見せても年齢ゆえの症状だと言われはした。そしてほどなくして祖母は、この世を去った。残していたのは、孫のために用意していた食事だけだった」


 そんな中で同時に殿下の『そういうこと』という言葉が浮かんだ。


「もしかして……ランディさん、もしかしてその味を忘れたくなかったから、食事を取らなかったのですか」

「食事をとらなかったわけじゃない。それに正直、味はもうよく覚えていない。ただ、何を食っても美味いと思わず、味気なかった。気づけば食わなくても魔力摂取で生きられることに気付き、それきり面倒になった」


 そしてランディさんはスプーンでリゾットをひと掬いした。


「攫われたから祖母が死んだわけではないし、加齢故の症状であれば、いずれそうなっていたのかもしれないと思わないでもない。だが、ひたすら俺を探すことに囚われたのは俺が原因だ。それなのに帰ったことすら伝えられないことに歯がゆさを感じた」


 やりきれないという感覚が近いのだろうか?

 ランディさんはそのままスプーンのなかのものを口に運び、ゆっくりと咀嚼し、飲みこんだ。


「その後は殿下の元で魔術を学び、以降十年お仕えてしているが……どうしてこんな話になった」

「し、知りませんって……!!」


 私としてもランディさんのお話を聞けるとは思っていなかったので、説明を求められても困ってしまう。えっと、たしか、私がおばあさんに似ているという話から……だったっけ?


「変な話をしたな。忘れろ」


 ランディさんとしてもこんな話をするつもりがなかったはずだ。

 ただ、それは隠したかったと同義ではないのだと思う。だって、怒るでもなく、不機嫌になるでもなく、ただ淡々としていた。

 だから、私は堂々と言った。


「その命令は聞けませんね」

「覚えていてなんになる」

「だって、やっぱりランディさんもおばあさんの味のご飯、作れるようにならなきゃですから」

「なぜそうなる」

「だって、おばあさんは孫にその味を食べさせたかったんでしょう。だからいつでも食べれるように頑張りましょう。味、今は忘れちゃってるって思ってらっしゃるかもしれませんけど、似た味を食べたらきっと思い出しますよ」


 もちろん示されたヒントがまったくないので、近い味になるかどうかはわからない。けれど、もしもおばあさんが作っていた味に近いものを作ることができれば、それはとても幸せの味がすると思う。

 だって、それほどランディさんが大事に思っているおばあさんが作っていた料理なのだ。


 ランディさんが抱いている自分を責める気持ちを昇華することは容易ではないと思う。でも、それだけ心配してくれたおばあさんだってランディさんが無事だったことを知れば絶食なんて望まないと思う。

 ならば、私は今までと変わらず、せめて興味を持ってもらえるような食事を用意していくだけだ。

 おばあさんの食事がそれに該当するなら、それに挑戦したい。それはランディさんのためだけではなく、私もそんな素敵なおばあさんの食事がどんなものだったのか、気になるという想いからでもある。


 でも、いまのお話を聞いて私は自分が思っていた以上にランディさんに信頼してもらえていたんだと思った。だってランディさんは『忘れろ』と言った割には重ねて命じるわけでもなく、話したことを気にした様子ではない。けれど、このような話を軽々しく話す人でもないと思う。だからこの話したことを気にしていない状態こそ信頼してもらえているんだなって思えてくる。

 それから今のお話で、私はランディさんが意地っ張りでよかったなって、ちょっとだけ思ってしまった。たぶん、ランディさんの中でも今のお話が心の中にしこりになっていたのは気づいていたのだと思う。でも、そうとは言わず『食べるのがめんどくさい』って言っていたからこそ、ギルバードさんが『めんどくさくない食べ物』を探して、私のところまでお話がやってきてくれたんだと思う。

 あと、もしかして防衛術に傾倒しているのも、殿下への恩義もあるけど、その過去が大きかったのかなとも感じた。


 私がそんなことを考えている間もランディさんは返事をすることなく食事を再開していた。

 何のことだとか、勝手に言っていろとか、そういう言葉はひとつもなかった。聞こえていないふりかもしれないけど、それならそれで私が思ったことをしていくまでだ。覚悟していてくださいよね?


 そう思ったとき、部屋をノックする音が耳に届いた。

 来客はギルバードさんか殿下だろうか? そう思ったけれど、ランディさんが嫌な顔を浮かべて「開けなくていい」と非常に迷惑そうに言っていた。それは今までギルバードさんに対して浮かべていたものに輪をかけたような感じであった。

 しかしノックは一定時間を保ちつつも鳴り止まない。ランディさんのいらいらも徐々に募るばかりだろうが、これはどうやら予想した二人ではないと思った。そもそも殿下であればお待たせしないし、ギルバードさんなら今みたいに開くのを待たなさそうだ。

 だが、このノックをしていたものの、ついに入室の許可を得ることなくドアを開けた。


「失礼いたしますランディ様。御加減が悪いとお聞きして、メアリーがお見舞いに参りましたわ」


 その言葉とともに部屋に入ってきたのは、金髪碧眼のお姫様のような人だった。





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